第六十六話 人を信じ切れず

 笠斎から、衝撃の事実を突きつけられた柚月達。

 あの七大将軍の中に、裏切り者がいたというのだ。

 それも、撫子の片腕である濠嵐が。


「まさか、濠嵐さんが……」


――やはり、そういう事だったか……。


 朧は愕然としている。

 当然であろう。

 朧は、陸丸達と旅をしている時、濠嵐に何度も、助けられたのだ。

 それゆえに、朧は、濠嵐を尊敬している。

 その濠嵐が、裏切っていたなどと信じたくないだろう。

 だが、柚月は、察していたようだ。

 誰かが、自分達や撫子を裏切っていたと。

 それが、濠蘭だったとは、気付かなかったようだが。


「そうだ。濠嵐は、お前達の敵だ。あいつは、お前達をここへおびき寄せて、殺そうとしていたってわけだ」


「殺そうとしていたのは、貴方でしょ?」


 綾姫が、核心に迫る。

 濠嵐は、確かに裏切っていた。

 それは、まぎれもない事実であろう。

 だが、殺そうとしていたのは、笠斎のように思える。

 光焔に刃を向けていたのだから。

 それゆえに、綾姫は、笠斎に対して、嫌悪感を抱いた。


「まぁ、そうだな」


 綾姫に意表をつかれても、笠斎は、動じることなく堂々とうなずく。

 本当に柚月達を殺すつもりだったようだ。

 光焔を傷つけてまでも。


「なぜだ。なぜなのだ?そなたは、人間の味方だったはず……」


 光焔は、声を震わせて、笠斎に真意を問う。

 未だ、信じられないようだ。

 光焔が、覚えているのは、常に、人間の身を案じる笠斎の姿だ。

 おぼろげながらに、残っている記憶の一つ。

 それが、偽りだったとでもいいたいのだろうか。


「それは、昔の話だ。千年もたてば、わしだって考えを変える」


 笠斎は、昔の自分は、人の味方であったと認めた。

 だが、それは、千年も前の事。

 千年間、和ノ国の現状を目の当たりにして、考えが変わってしまったのだろう。

 欲望にまみれた世を嘆いて。


「人は、愚かだ。それを、思い知らされたんだよ」


「そ、そのようなことはない!断じてだ!」


 自分の欲望の為なら、平気でうそをつき、裏切り、傷つける。

 そんな負の感情をまき散らす人を見て、笠斎は、決意したのだ。

 世を変えなければならないのだと。

 だから、静居に加担したとでもいうのだろうか。

 光焔は、首を横に振り、叫ぶ。

 人は、愚かではないと。

 信じているのだろう、人を。


「いいや。こんな世の中になっちまったのは、人のせいなんだよ。何にもしてねぇのに、妖達は、命を奪われた。妖は、人の命を奪う危険な存在だって、恐れられてな」


 笠斎は、思い返し始める。

 千年間の出来事を。

 恐怖で、逃げ惑う妖達。

 その妖達を、殺したのは、間違いなく人だ。

 天鬼に命じられ、人々を殺そうとした妖達もいるのも確か。

 だが、何も知らないで、妖は悪だと決めつけ、命を奪った人を許せないのだろう。


「まぁ、ちがいねぇだろうけどよ。それは、一部の妖だ。全員が、そうとは、限らねぇだろ!」


 確かに、人の命を奪うものもいた。

 天鬼や四天王、そして、九十九もだった。

 だが、それは、一部の妖のみ。

 他の妖達は、静かに暮らしたい。

 そう願っていたのだ。

 その願望を壊したのは、他でもない人だ。

 そう思うと、笠斎は、怒りを抑えきれず、思わず声を上げた。


「本当、人を信じようだなんて、馬鹿な事、誰が、思ったんだかな」


 笠斎は、後悔しているようだ。

 千年前、人を信じてきた自分を。

 もしかしたら、何度も、絶望を繰り返したのかもしれない。

 人を信じようとし、その度に、妖達が、傷つけられ、嘆きの声が聞こえ、最後には、命を奪われる。 

 それを千年もの間、繰り返し、目にし、聞いてきたのであれば、笠斎も考えを変えてしまったのかもしれない。

 悪は、妖ではなく、人だと。

 光焔は、心が痛んだ。

 気付かないうちに、笠斎の心は、傷ついてしまったのだと。


「だが、そんな時だ。少し前に、黄泉の神と静居が、ここを訪れたのは。あいつらの思想を聞いた時、わしは、希望を持てた気がした」


 絶望に陥れられた笠斎。

 自分の無力さを何度も呪ってきた。

 だが、そんな時だった。

 静居と黄泉の神・夜深が、彼の前に現れたのだ。

 柚月達が、九十九と千里を復活させている間に、笠斎に接触していたのだ。

 はじめは、彼らを警戒し、深淵の門を開こうとしなかった笠斎。

 だが、静居と夜深は、自分達の思想を話し始める。 

 すると、どうだろうか。

 その思想は、笠斎にとって救いの手のように感じたのだろう。

 笠斎は、彼らと手を組むことを決意し、深淵の門を開け、深淵の囚人を解放させてしまったのだ。


「だが、和ノ国は、滅ぶ!わらわ達も、滅んでしまうぞ!」


「それは、人だけなんだよ!」


「なんだと!?」


 光焔は、説得するように訴える。

 もし、和ノ国が滅んでしまったら、妖達でさえも、滅んでしまうことになる。

 それでいいのかと。

 だが、笠斎は、意外な言葉を口にする。

 なんと、滅ぶのは、人だけだという。

 これには、柚月も、驚きを隠せなかった。


「わしら、妖は、生まれ変わるんだ。黄泉の僕としてな。もう、殺されることはない。わしらは、生まれ変わるべきだ!」


 笠斎は、妖は、生まれ変わると告げた。

 だが、黄泉の神の僕としてだ。

 彼女の僕となれば、妖達が殺されることはない。

 そう考えたのだろう。

 この悲劇の連鎖を食い止めるために、妖は生まれ変わるべきなのだと。

 しかし……。


「ま、間違ってる!」


「何?」


 今まで、柚月達に刃を向けていた妖が、反論する。

 笠斎の考えは、間違っていると。

 笠斎は、眉をひそめ、妖をにらみつける。

 自分の考えを否定された事が屈辱的だったのだろう。

 それでも、妖は、ひるむことはなかった。

 深淵の番人に反旗を翻すように。


「本当に、生まれ変われるとは思えない。ならば、なぜ、深淵の囚人は、解放されたんだ?あいつは、我らにとっても、危険でしかない!」


 妖が、反論したのには、理由がある。

 深淵の囚人は、決して解放してはならない。

 それは、笠斎が、妖達にずっと言い聞かせていた事だ。

 妖達も、深淵の囚人の恐ろしさを知っている。

 だからこそ、従ってきた。

 だが、静居は、その笠斎に深淵の門を開かせ、深淵の囚人の封印を解放させた。

 笠斎は、明らかにそそのかされている。

 そうとしか思えなかった。


「お前達まで言うのか?戦力を拡大すれば、こいつらを殺せる。そう考えたのさ」


 笠斎は、異を唱える。

 深淵の囚人の封印を解いた理由は、柚月達を確実に殺すためだ。

 決して、静居にそそのかされたのではないと言いたいのだろう。


「けど、妖達は、操られている。本当に、生まれ変われるとは……」


「黙れ!!」


 妖達は、戸惑いながらも、さらに反論する。

 静居は、妖達までも、操り始めている事に気付いたからだ。

 利用されているとしか思えない。

 反論され続けた笠斎は、堪忍袋の緒が切れ、声を荒げた。

 同時に妖気を発した為、妖気が、風圧のごとく柚月達に襲い掛かる。

 柚月達は、目の前で、両手を交差させ、風圧に耐えた。


「お前達まで、わしに逆らうのか?ならば、この手で、殺してやる」


 笠斎は、瞳に殺気を宿す。

 共に過ごしてきた妖達でさえも、殺そうとしているようだ。

 その時だ。

 光焔が、意を決したかのように、笠斎の前に出て両手を広げる。

 まるで、柚月達を守ろうとするかのように。


「何のつもりだ?光焔」


「確かに、人は、欲深い生き物かもしれぬ。だが、懸命に生きる者たちだっていた。わらわは、知ってる!それは、柚月達だけじゃない!」


 笠斎は、殺気を光焔に向けて放つ。

 それでも、光焔は、恐怖におののくことはなく、説得を試みる。

 光焔はある光景を思いだしていたからだ。

 美しい青年二人のことを。

 それは、きっと、遠い過去の事だ。

 千年前に出会ったのだろう。

 光焔は、今でも覚えている。

 それは、偽りの記憶かもしれない。

 それでも、信じたかった。

 人々を、柚月達を。


「それは、偽りだと言っているだろう!」


「だとしても、わらわは、信じたいのだ!」


「貴様!」


 笠斎は、吼えるように叫ぶ。

 だが、光焔が、偽りの記憶だとしても、信じたかった。

 それだけは、譲れないのだ。

 笠斎は、形相の顔で、光焔をにらみつけ、鞘から刀を抜き、光焔に斬りかかろうとした。

 しかし、柚月と朧が、光焔の前に出て、刀を抜き、笠斎に切っ先を向けた。

 笠斎は、そこで動きを止めてしまう。

 二人から気迫を感じ取ったからだ。


「笠斎、お前のたくらみは俺たちが止める」


「光焔を殺すって言うんなら、俺達が守る!」


 柚月と朧は、堂々と宣言する。

 笠斎と刃を交える事を。

 そうするしか、道はないと察したからだ。

 笠斎は、後退し、柚月と朧から距離をとり、構えた。


「ならば、わしと戦って、勝ってみせよ!」


 笠斎は、妖気と殺気を発する。

 柚月達を殺すために。

 柚月達も、笠斎と交戦するために、光焔を守るために、構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る