第六十五話 欲望を満たすために

 裏切り者が濠嵐だと発覚し、撫子は、濠嵐をにらみつける。

 怒りを抑えきれずに。


「まさか、あんさん、あてらを裏切ったったんどすか?」


 撫子は、静かに、怒りを込めて濠嵐に問いただす。

 濠嵐とは、今まで、信じて共に戦ってきた仲間であり戦友だ。

 そして、彼は、撫子の右腕的存在であった。

 彼女を影から支え続けてきたのだ。

 その濠嵐が、裏切っていたというのだ。

 怒りを抑えきれないわけがない。

 悲しみよりも、怒りが増しているようだ。


「……聞いていたでごわすか?」


「……そうどす。全部、聞いておりました」


 濠嵐は、恐る恐る尋ねる。

 まだ、信じられないのであろう。

 まさか、撫子に、全て聞かれていたなどと。

 だが、撫子は、答える。

 全て、筒抜けであったと。


「ならば、仕方がありませんなぁ」


 全てを聞かれたと知った濠嵐は、口をゆがませる。

 まるで、悪人のようだ。

 これが、彼の本性なのだろうか。

 息を飲む撫子。

 もはや、彼は、仲間ではなく、裏切り者。

 静居側に着いた人間であり、自分の敵だと判断したからであった。


「そうでごわす。私は、裏切り者でごわすよ」


「なんで、そんなことをしはりましたん?」


 ついに、濠嵐が本性を表わす。

 自分は、裏切り者だと撫子に告げて。

 そんな彼に対して、撫子は、問いただす。

 意図がつかめないからだ。

 なぜ、裏切ったのか。


「あなたも、わかっておいででしょう?あのお方に逆らう事は許されないでごわす。死ぬくらいなら、あのお方についた方がいいと判断したのでごわすよ。帝にもなれますし」


 濠嵐は、淡々と撫子の問いに答える。

 静居に抵抗した所で待っているのは、死のみ。

 生き延びる保証などありはしない。

 だからこそ、濠嵐は、生き延びる為に、静居側に着いたのだという。

 だが、裏切った理由は、それだけではない。

 平皇京の帝となるためだ。

 帝になれるのは、皇族の血筋を持つ者のみ。

 だが、撫子に子供はいない。

 妹の牡丹にも、子供はいない。

 ならば、撫子さえ、殺してしまえば、帝になれる。

 濠嵐は、そう、考えていたのだろう。

 静居側につけば、生き延びるだけでなく、平皇京の帝になれると確信を得て。


「だから、藤代に、情報をつかませたんでごわす。うその情報を」


「嘘の?」


「もう、深淵の囚人は、解放されているでごわす」


「っ!」


 濠嵐は、さらなる真実を打ち明ける。

 深淵の囚人の封印は、解かれていると。

 撫子は、絶句してしまった。

 思いもよらなかったのだろう。

 まさか、すでに、深淵の囚人の封印が解かれていたなどと。


「な、何の為に……」


「戦力を削ぐために」


「そういう事どすか。柚月達を深淵の界に、閉じ込める為、どすな」


「そうでごわす」


 なぜ、濠嵐は、嘘の情報を藤代につかませ、柚月達に流させたのか、理解できない。

 何のためだというのだろうか。

 濠嵐曰く、柚月達の戦力を削ぐためだ。

 柚月は、三種の神器を手にし、朧は、憑依化を可能としている。

 九十九と千里は、脅威だ。

 なぜなら、たまもひめの力と龍神王の力をその身に宿しているのだから。

 彼らは、静居にとっても、驚異的なのだろう。

 だからこそ、深淵の界に向かわせたのだ。

 柚月達を深淵の界に閉じ込める為に。

 治癒能力と結界術を持つ綾姫と憑依化が可能な瑠璃も、深淵の界に向かったことは予想外であったが、都合がよかった。

 自分達にとって。


「残念でごわすな、帝」


 濠嵐は、不敵な笑みを浮かべたまま、鞘から、日輪を抜く。

 その目に、殺気を宿して。


「知られてしまっては、致し方ない。ここで、死んでもらいましょう」


 濠嵐は、ここで、撫子を殺すつもりのようだ。

 正体を知られたからであろう。

 撫子も、濠嵐の殺気を感じ、神薙を手にする。

 もはや、戦いは、避けられないようだ。

 濠嵐は、容赦なく、撫子に斬りかかった。

 だが、それは、できなかった。

 なぜなら、糸が日輪に絡みつき、振り下ろすことができなかったからだ。


「何やつ!?」


 濠嵐は、驚愕し、振り返る。

 すると、ある人物達が、姿を現した。


「やっぱ、そういう事だったんかい」


「ここに残っておいて、良かったっすね」


「おう、念のためにな」


 彼の前に現れたのは、透馬、真登、和泉だ。

 日輪に絡みついた糸は、和泉の麗線だ。

 撫子を守るために、繰り出したのだろう。

 濠嵐が、解こうと、もがいても、麗線からは、逃れられない。

 麗線を斬ることさえも、不可能であった。


「お、お前達、戻ったはずでは……」


 濠嵐は、戸惑いを隠せない。

 彼らと藤代の会話を聞いていたのは、濠嵐だったからだ。

 濠嵐は、透馬達が、光城へ戻った事を確認した後、静居と通信をしていたのだ。

 正体が、ばれることはないと、確信を得て。


「そうしようかと思ったんだけど、なーんか、危ない視線を感じてさ。様子をうかがってたんだよなぁ」


「まぁ、予想は、当たってたっすね」


「ちっ」


 透馬と真登は、ここに留まった理由を明かす。

 それも、わざとらしく。

 まるで、裏切り者がここにいると知ったうえで、ここに来たようだ。

 そう感じた濠嵐は、苛立ちを隠せず、舌打ちをした。


「さあ、観念しなよ」


「すると思っているのか!」


 和泉は、麗線をぐいっと引っ張る。

 このまま、濠嵐を捕らえる為だ。

 誰にも、麗線は、斬れない。

 たとえ、濠嵐が、日輪から、手を放したとしても、和泉は、麗線で濠嵐を捕らえるつもりだ。

 だが、濠嵐は、怒りに身を任せ、なんと、日輪獅子丸を発動し、刀から獅子を召喚してしまった。


「召喚!?」


「まじかよ……」


 透馬も真登も、驚愕し、あっけにとられている。

 まさか、ここで、獅子を召喚するとは、思ってもみなかったのであろう。

 これには、さすがの撫子も予想外のようだ。

 濠嵐は、追い詰められたと感じ、焦燥に駆られたのだろう。


「ここで、召喚しないとでも思ったか?甘いでごわすよ。私は、もう、手段を選ばないでごわす!」


「帝!」


 濠嵐は、獅子を撫子の元へと向かわせる。

 獅子は、怒りに駆られ、撫子へと襲い掛かっていく。

 このまま、撫子を殺すつもりだ。

 透馬達も、反応がやや遅れてしまい、撫子の元へ駆け付けようとするも、間に合わない。

 獅子の牙が、撫子を食い殺そうとしていた。

 しかし……。


「っ!」


「ここは、通さんでごぜぇやす!」


「り、陸丸!?」


 獅子が、寸前のところで、立ち止まる。

 いや、遮られたのだ。

 なぜなら、突如、高清が、撫子の前に現れ、素手で獅子の口を押さえこみ、動きを止めたていたからだ。

 これには、濠嵐も、撫子も、驚きを隠せない。


「い、いつから……」


「最初っからだよ」


 濠嵐は、声を震わせて、問いただす。

 いつの間に、撫子の前にいたというのであろうか。

 姿と気配を消していくことは、不可能だ。

 ゆえに、見当もつかない。

 だが、どこからか、声がする。

 飄々とした声が。

 そう思うと、高清の隣に、布をかぶった男が突然現れた。

 何の前触れもなく。

 その男は、真登を憑依させる。

 そう、その男の正体は、柘榴であった。


「そらっ!」


 真登を憑依させた柘榴は、容赦なく、獅子を斬りつける。

 獅子は、雄たけびを上げながら、消滅し、日輪へと戻っていった。


「ざ、柘榴か!?なぜ……」


「そりゃあ、裏切り者をあぶりだすためでしょ」


「な、最初から、疑われていたのか!?」


「まぁね」


 柘榴まで姿を現したことにより、濠嵐は、混乱し始める。

 なぜ、彼らは、どうやって、今まで、身を隠していたのだろうか。

 柘榴は、飄々とした様子で、答える。

 裏切り者を見つけるためだ。

 つまり、彼らは、裏切り者がいると踏んで、平皇京を訪れていたのであった。


「だって、あんな重要な情報を簡単に手に入れられるなんて、おかしいでしょ?こりゃあ、何かあるって柚君が言うから、平皇京に言って、裏切り者をあぶりだそうって、提案したわけ」


 柘榴達が、裏切り者がいると踏んでいたのには、理由がある。

 深淵の囚人を解放をもくろんでいるという情報は、有力であるが、そんな機密情報を簡単に手に入れられるはずがない。

 柚月は、勘ぐっていたようだ。

 何か、裏があると。

 ゆえに、少人数で深淵の界に向かう事を提案したのであろう。

 柘榴達に、裏切り者をあぶりだすよう指示して。


「まぁ、こんなにも大勢で言ったら、勘ぐられちゃうから、俺と高清さんは、姿を消してたんだけどね。この霧隠で」


 柚月に任された柘榴達は、五人で平皇京に行くことを決めたのだが、人数が多いと、察してしまう可能性がある。

 ゆえに、柘榴と高清は、先ほどまで、姿を隠していたのだ。

 柘榴が、発動できる霧脈によって。

 そして、何も、気付いていない濠嵐は、まんまと柘榴達の策略に引っかかり、自ら正体を明かしたという事であった。

 呆然とする濠嵐。

 召喚した獅子も、倒され、もはや、追い詰められたも同然であった。


「動くんじゃないよ。殺されたくなかったらね」


「観念しぃや。濠嵐」


 和泉は、まだ、麗線を緩めようとはしない。

 緩めるはずがないだろう。

 逃がすわけにはいかないのだから。

 撫子も、神薙を構える。

 濠嵐を捕らえるつもりだ。

 しかし……。


「ふふふ、ははははは!」


「何が、おかしいんだよ!」


 濠嵐は、高笑いをし始める。

 その様子は、不気味だ。

 まだ、何か、企んでいるのだろうか。

 透馬は、背筋に悪寒が走るが、感情を押し殺して、問い詰めた。


「私を追い詰められたと思っているでごわすか?つくづく甘いでござる」


「何?」


「ここは、もう、終わりでごわすよ。柚月達が、深淵の界に行った時点で」


「ま、まさか!!」


 濠嵐は、不敵な笑みを浮かべて、語り始める。

 その言葉が、何を意味しているのか、柘榴は、察したようで、目を見開いて、驚いていた。


「そのまさかでごわすよ。静居様は、こちらに向かわれてるでごわす。平皇京を制圧するために!」


 濠嵐の言葉は、柘榴達に、衝撃を与えた。

 なんと、静居は、進軍を開始していたのだ。

 平皇京をのっとるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る