第五十話 再び、美しき命火を灯して

――もう、大丈夫よ。だから、安心なさい。九尾の炎も、命を削らずに使えるわ。


「何、言ってるんだよ……」


 九十九は、明枇の言葉を理解できない。

 なぜ、命を削らず九尾の炎を発動できると言い切れるのだろうか。

 しかも、どうやって、復活できるのかさえ、疑問だ。

 明枇は、そのことに関して答えようとしない。

 何をしようとしているのだろう。

 思考を巡らせる九十九であったが、明枇から、ある力を感じ取った。

 それは、神の力と九尾の炎の力だ。

 しかも、九尾の炎は、自分や明枇よりも強く、神秘的な力のように思える。

 この力を明枇は、宿しているようだ。

 しかし、なぜ、明枇は、力を宿しているのだろうか。

 ますます、混乱する九十九。

 だが、その時だ。

 明枇が、目を閉じ、九十九の魂を一つになろうとしたのは。


「ま、待てよ!」


 九十九は、無理やり、明枇を遠ざける。

 明枇が、何をしようとしているか、察してしまったからだ。


「まさか、自分を犠牲にするつもりじゃねぇだろうな?」


 九十九は、気付いてしまった。 

 明枇は、力を宿したまま、魂を九十九にささげるつもりなのだと。

 気付いてしまったからこそ、九十九は、明枇に問いただす。

 声を荒げて。

 だが、明枇は、答えようとしなかった。

 肯定も、否定もできないまま。


「図星かよ……」


 九十九は、確信を得た。

 明枇は、自分を犠牲にするつもりなのだと。

 九十九は、うつむき、嘆く。

 また、明枇を犠牲にしなければならないのかと。

 かつて、九十九が、幼いとき、明枇をこの手で刺したように。

 今度は、明枇は、完全に消えてしまう。

 九十九は、それだけは、許せなかった。


「だったら、俺は、復活しねぇ。絶対に」


――貴方は、復活するべきよ。柚月達は、貴方を待ってる。


「母さんの魂まで、犠牲にしろって言うのかよ!」


 九十九は、拒絶する。

 明枇を守るためだ。

 明枇を犠牲にしてまで、復活するつもりなど毛頭ない。

 だが、明枇は、九十九を説得し始める。

 柚月達のためにも、戻ってほしいと。

 だからと言って、明枇を犠牲にしたくない。

 九十九は、声を荒げた。

 感情任せに。

 しかし、明枇は、そんな九十九の頬に優しく触れて、穏やかな表情を向けていた。


――犠牲になるつもりはないわ。貴方と共に生きるんだから。


「なんで、そんな事……頼んでもねぇのに……」


 明枇は、九十九を諭す。

 自分は、犠牲になると思っていない。

 ただ、九十九と共に生きるだけなのだ。

 だからこそ、明枇は、九十九に自分の魂をささげようと決意したのだ。

 九十九が、生きていけるように。

 だが、それこそ、九十九にとって辛い事なのだ。

 九十九は、そんな事を願ってなどいなかった。


――貴方の苦しむ姿はもう見たくないの。だから、お願い……あの子達の所に戻ってあげて。


「母さん……わかった……」


 九十九の気持ちは、明枇は、十分に理解している。

 自分の魂を九十九にささげる事は、九十九にとって、どれほど辛く、傷つけてしまうかを。

 それでも、明枇は、九十九を説得した。

 柚月達と共に、生きてほしいと願ったからだ。

 これ以上、苦しい想いをしなくて済むようにと。

 それが、母親として、九十九にしてあげられる事なのだ。

 九十九は、明枇の心情を感じ取り、こぶしを握りしめながら、うなずいた。

 本当は、承諾したくないと心の中で叫びながら。


――ごめんなさいね。私が、もっと、強かったら。貴方は、辛い思いをしなくて済んだのに……。


 明枇は、九十九に謝罪する。

 ずっと、後悔していたのだろう。

 もし、自分が強ければ、九十九を守れたのにと。

 九十九に自分を殺させるような事、明枇だってしたくなかったが、それしか、方法がなかったのだ。

 九十九が、生き残るためには、最善の策だと。

 だが、明枇は、心の中で、自分を責め続けていたのだ。

 九十九を傷つけてしまったと。


「俺は、過去を否定するつもりはねぇ。過酷で、残酷だったかもしれねぇけど、俺のを過去をあいつらは、受け入れてくれた。だから、母さん、あんたは、もう、自分を責めるのをやめろ」


――九十九……。


 九十九は、明枇に語る。

 確かに、思い返せば、過酷で残酷な日々だった。

 だが、自分の過去を拒絶するつもりなど毛頭ない。

 あの過去があったからこそ、椿に出会い、互いに愛し合い、柚月達と共に生きてきたのだ。

 それも、柚月達は、自分の過去を受け入れてくれて。

 だからこそ、明枇に対して、責めるなと告げたのだろう。

 責めてほしくなかったのだ。

 九十九の本音を聞いた明枇は、静かにうなずいた。


「ありがとう。俺は、母さんと父さんの息子として、生まれてよかった。嘘じゃねぇぞ」


――それくらいわかるわよ。貴方の、母親なんだから。


「おう」


 九十九は、明枇にお礼を告げる。

 それは、心の底から、常に思っていた事だ。

 だが、明枇も、わかっていた。

 九十九の事を。

 なぜなら、明枇は、九十九の母親だからだ。

 九十九は、満面の笑みを浮かべてうなずき、明枇は、九十九を優しく抱きしめた。


――ありがとう。九十九……。


 明枇は、目を閉じ、九十九の魂を一つになり始める。

 九十九も、目を閉じ、彼女を受け入れた。

 明枇の分まで、生きていくと、柚月達と共に、戦うと決意して。


――八雲様、貴方の元へ行けなくてごめんなさい……。私は、この子と共に生きてくわ。だから……見守ってて……。愛してるわ。ずっと……。


 明枇は、最後に、八雲に告げる。

 八雲の元へ行けない事を謝罪し、九十九と共に生きていくと決意して。

 そして、明枇は、八雲に愛の言葉を告げ、九十九の魂と一つになった。



 その直後、柚月の中から光が出現し、宙に浮き始める。

 柚月達は、その光を見上げた。


「九十九が……出てきたのか?」


 柚月は、その光が九十九だと確信していた。

 そして、光は、九十九の姿へと見る見るうちに、変わっていく。

 ついに、九十九は、復活を遂げたのだ。

 だが、九十九は、以前の姿とは異なっていた。

 白銀の毛皮を右肩に纏っているからだ。

 完全なる妖狐へと覚醒した瞬間であった。

 復活した九十九は、目を閉じたまま、そのまま、下降していった。


「九十九!」


 柚月は、九十九の元へと駆け付け、九十九を抱きかかえ、しゃがみ込む。

 朧達も、すぐさま、九十九の元へと集まった。

 九十九は、意識を取り戻したのか、ゆっくりと目を開ける。

 はじめは、視界もぼやけていたが、少しずつ、視界が回復していったのか、柚月達の姿が、はっきりと見えてきた。


「皆……」

 

 柚月達は、不安に駆られた様子で九十九の顔を覗き込む。

 柚月達の姿を目にした九十九は、自分は、戻ってきたのだと理解する。

 だが、同時に喪失感が生まれた。

 明枇を失ってしまった。

 自分を助ける為に……。

 そう思うと、九十九は、無意識のうちに一筋の涙をこぼした。


「また、母さんを犠牲にしちまった……。そんなつもり、なかったのに……」


 九十九は、悔やんだ。

 明枇を犠牲にしたと思い込んで。

 涙が止まらない。

 柚月達の元に戻ってこれたというのに、悔やんでも悔やみきれなかった。


「明枇は、犠牲になったつもりはない。言ったんだろう?お前と共に生きると」


「……おう」


 柚月は、九十九に語りかける。

 明枇は、犠牲になったのではないと。

 九十九と共に生きる決心をしたのだと。

 柚月の言葉に救われたのか、九十九は、穏やかな表情で涙を流しながら、うなずいた。


「お帰り、九十九……」


「朧……なんて、顔しやがるんだよ」


 朧は、九十九に話しかけるが、涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。

 喜んでいるのだろう。

 九十九が、戻ってきたことを。

 朧は、九十九の一番の親友なのだから。

 九十九は、声を震わせながら、朧の頬に滴る涙をぬぐう。

 あの頃のように。


「それ、九十九が、言える言葉じゃないからな」


「……そうだよな」


 朧は、九十九に反論してみせる。

 声を震わせながら。

 懐かしいやり取りだ。

 もう、二度とできないと思っていた。

 だが、また、共に生きることができる。

 そう思うと、朧は、涙が止まらなかった。


「ありがとうな……柚月、皆」


「ああ……お帰り……」


「おう、ただいま……」


 九十九は、柚月達に感謝の言葉を述べる。

 柚月は、うなずき、九十九に語りかけた。

 一筋の涙を流しながら。

 九十九は、にっと笑いながらも、涙を流し、うなずいた。

 耐え切れなくなったのだろう。

 綾姫達も、涙を流し始める。

 九十九と再会できたことが嬉しくて。

 朧は、顔を下に向け、嗚咽を漏らし、柚月は、穏やかな表情で涙を流し続けた。


「ありがとう、母さん……」


 九十九は、明枇にお礼を言う。

 ここに戻ってこれた事、柚月達と再会できたことを心の底から嬉しく思いながら。

 その時だ。

 明枇を宿していた妖刀は、光の粒となって消滅し始めた。

 まるで、役目を終えたように。

 九十九に見送られながら……。

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