恵の定食屋#5
「実に美味しかった。ご馳走様」
ライが先月まで働いていた喫茶店のマスターのオレンジさんはとても満足そうな表情で言った。
「ただ……」
オレンジさんは突然声のトーンを落としてミケと共に食器の片付けを行っているライを見つめた。
「マスター何ですか? ライはマスターと同じようにコーヒーを淹れていますよ」
「バカモノ」
メグはバカモノなんて言う人を初めて見た。
「私はライムが自分自身のコーヒーを淹れることが出来ると確信したから独立を認めたというのに、私のコーヒーの淹れ方のまま客に提供するとは恥ずかしくないのか?」
「だって、美味しくなかったら嫌だし」
「はぁ」
オレンジさんは大きな溜息を吐きながら小銭を取り出していた。
「金なら払う。ライム、他の誰とも違うお前だけのコーヒーを淹れろ」
「マスター、その注文は高くつきますよ」
オレンジさんの注文に本気を出したライはさっきの弱音が嘘のように堂々とそう言い放っていつも以上に真剣な表情でコーヒーを淹れ始めた。
「はい」
「いただこう」
メグが自分のことでは無いというのに心臓がはじけそうなほど緊張していた。
「バカモノだな」
「え?」
ライは泣きそうな声で呟いた。メグも泣きそうになった。
「こんなうまいコーヒーが淹れられるのに私の真似をしたコーヒーをひと月もお客様に提供していたのか」
「それって」
「褒めたんだ。それくらい言わなくてもわかるだろう」
「やったー!」
「おい、やめろ」
ライは涙を流しながらオレンジさんに抱きついた。オレンジさんは口では嫌がりながらもその表情は嬉しそうだった。
7月31日 弐本八柳恵
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