第192話 異変の片鱗

 ダンジョンの中へ足を一歩踏み入れると、そこは少し前に来た時の記憶であるダンジョンとは、全く別の世界が広がっていた。


 天井が果てしなく高く、僕たちが横一列で並び歩いても向こうから歩いてきた同じような人たちの邪魔に全くならないほどの横幅は以前と変わりないのだが、ダンジョンに一番初めに入った時に感じた秘境にありそうな洞窟のような物々しさが、可愛く思えるほど、まるで話にならないぐらい濃厚な禍々しさが漂っていた。


 端的に言い表さなければいけないとしたら、ゲームで言うところのラスボスの直前のような感じだ。


「これは予想以上だね……」


 僕たちより数歩前に出て、ざっと周囲の雰囲気を見回した後のウィルのそれは、不味いという意味でのやばさが滲み出ている声だった。


「――――」


 予想以上、ウィルは先ほどそう言った。と言うことは、何故ダンジョンがこれほどまでの異変を起こしているのか、ウィルにはおおよそでも見当がついているのではないだろうか。そうした疑問が胸にぽとんと落ちてきたとき、遠方からドタバタと砂煙が立ち上り、それらはこちらに近付いてきているのが目に見えた。


 一本道しかないこの階層の通路で、出口を背にしている僕たちと、目の前から迫ってくる何らかの集団とは接触するのはほぼ確実で、後は時間の問題だけだった。


「何か来る!」


「しゃー!」


 さくらの緊迫した声と、猫であるみゃーこの威嚇の声、その二つからは既に何が来ても戦う準備が出来ていることを告げており、迎え撃つも逃げるも、どちらにせよすぐにでも行動が起こせるようだった。


「いや、待つんだ」


 僕もいよいよと剣に手を掛けたところで、近付いてくる大量の煙を数メートル先でじっと見ていたウィルから、掌をこちらに向けながらストップの声が掛かる。


「――――」


 気付いた時はまだ小さかったが徐々に大きくなってくる砂煙、そして地鳴りと共に身体を揺らすほどの地震を感じるようになった頃、ウィルが僕たちとの間数メートルを後ろ向きのままひとっ飛びし、僕らと並ぶ。


「冒険者が魔物に追われてる……僕たちが助けないとおそらく「助けよう!」」


 事実の発表とそれに対しての僕たちの選択肢と、徐々に尻すぼみになっていくウィルの声を遮るように、さくらは追われている人たちを助けるとそう言った。そして同意を求めるように、僕の顔を見たので、


「もちろん助けるよ、どっちみち避けては通れないからね」


 魔物に追われている冒険者は僕たちが仮に助けないでこのまま入り口まで戻ったとしても、見捨てた僕たちを恨むようなことは決してないだろう。ダンジョン内で魔物に殺される、それは誰かの悪意に嵌められた時以外は皆、覚悟しているから。


 加えて、僕たちが助けたとして、その助けた人たちが100%悪い人たちでは無いと言い切れない。そのため、魔物と挟み撃ちにされた挙げ句略奪のために後ろから攻撃される事だって可能性としては十分あり得る。


 だから、こういう場合は君子危うきに近寄らずを守り大人しく入り口に戻り、魔物はダンジョンから原則出られないためダンジョン外でやり過ごすのが、追いかけられている冒険者の力が未知数の場合、定石になる。

 しかし、さくらは性質上そういうのは見過ごせないと分かっていた。それに僕も、もし純粋に力不足であったため魔物達から逃げているなど、そんな理由から悪い人たちではなかった場合、夢見心地が悪いこと請け合いだろう。加えて、通常の場合ならともかく、そうした可能性がこの異常事態のため多少上がっているとも考えられる。


「じゃあ僕が先陣切るから、さくらたちは援護お願い」


 時間が無いため作戦をざっと話した後、今一度振り向くとテレビで見るような規模の砂嵐は目前にまで迫っていた。


「に、逃げろーー!!」


 死に物狂い、その言葉以外に形容出来る言葉が見つからないほど必死にひた走る三人で構成されるパーティーの先頭の男性が、僕たちを見るや否やありったけ叫んだ。雰囲気からしておそらくは声を発したこの人がリーダーと思われるが、パーティーのどの人も装備はほとんど無いに等しく、外見的な格差が全く見えない。


 この人達は、ただ逃げているだけだ。そう確信するのは僕たちに対して逃げろと言ったこと、それから装備の具合、その二つだけで十分だった。


「――――」


 僕は男性の言葉を無視し、逆らうように砂嵐を引き連れているパーティーに向けて加速を掛けた。そして、あっという間に両者の距離が、腕を最大まで伸ばし剣の切っ先を向ければ首まで届くまでに近付いたその瞬間、


「――――ッ!!」


 リーダーの男性と後ろの二人の、死に物狂いの中、思わず驚愕が出てきてしまったような、複雑な表情を眼下に見下ろしながら、僕は何処まで続いているか分からない魔物の大群を飛び越すため跳躍した。


「思ったよりは多くないな……」


 パーティーを飛びこえ、二、三秒宙を浮いていた後に、僕は魔物の大群の尻尾に当たる場所へと右足一本で降り立った。そして、跳躍の流れに沿うように、あるいは魔物の流れに倣うように、身体の向きを降り立った右足を軸にして左足を振る勢いで転回すると、前の獲物しか向いておらず、こちらを一瞥さえしない本能のままに生きる魔物を後ろから蹂躙し始める。


「――――」


 魔物の数は空中にいたときにざっと数えており、およそ40体ほど。文字通りモンスタートレインと言える魔物の列を最後尾から切っていくのは、魔物達が目の前の圧倒的弱者を追いかけているだけのため容易だった。


 そのおかげで数秒経つ頃には、追いかけられていた冒険者達の背中が見えるまで列車は後続車両を目減りさせており、さすがと言うべきかさくらはその人達に回復魔法を掛けてあげたらしく、必死が故に効率が落ちていた走り方が通常の状態に戻っていた。


【火の玉!】


 残り数体となったところで、さくらの魔法を唱える言葉が聞こえてきたため、今までの勢いをバク宙をする要領で殺し、そのまま後ろへと飛び去った。


「――――!」


 さくらの魔法――火の玉の影響で起こされた爆風や爆煙と共に、襲いかかってくる熱風を剣で切ると、瞬く間に視界が晴れ、魔物の大群がひしめいていた前方にはもう味方以外の誰もが居ない状況となっていた。


「ふぅ……ッ!!」


 ダンジョンの異変、その片鱗を見せるように普段では考えられない低階層でのモンスターの多さ、そして記憶とは全く違うこの階層での魔物への手応えに息をつくと、すぐ後ろから殺気が肩を叩くように間近から感じられた。


「真冬!」


 さくらの呼ぶ声に釣られて視線をさくらの方へと向けると、目の前からもの凄い勢いで火の玉一つが一直線に僕目掛けて迫っていた。徐々に迫ってくる圧倒的な熱を持つ火の玉の陽炎の先で、さくらが僕の目を見ながら一回頷くのが見えた。


「そういうこと、ね!」


 僕は迫り来る火の玉を唐竹割りの上下逆、下から剣を振り上げる形で僕の身体を中心に左右真っ二つに切り裂いた。


「――――」


 くす玉のように綺麗に二つに割れた火の玉は、僕の肩数センチとすぐそこまで迫っていた魔物の顔面を超高温で焼きながら跳ね返していき、数メートル後方で爆音を立てて爆発した。


「――――」


 最初に使った火の玉は、爆発を着弾と同時にすることで多数へのつまり範囲攻撃となり、今の火の玉は当たってから時間を置いた後に爆発することで、少数または単体への攻撃を可能にしていたのだろう。


 さくらの咄嗟の判断力とそれに応えられる魔法の腕が、急激に上がりすぎていて、僕は感謝と同時に驚きも禁じ得なかった。

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