第132話  調停者(ベルーゼ視点)

 ――こちらに向かってくる薄ぼんやりとしていて、今にも消えてしまいそうなほど儚い光を見ながらベルーゼは考えていた。



 ダンジョンの壁を抉り取り禁忌を犯した少年。それは奇しくも自分の手駒にしていたガンダを打ち倒した少年だった。


 ガンダには下界、つまりダンジョン周辺に魔神復活を目論む者がいないか監視の任務を与えていた。そして、それはガンダの入っている集団の先代、先々代と綿々と受け継がせているものだ。むしろそのために集団を作らせたと言っても良いほど、魔神復活は阻止しなくてはならないということだ。


 そのことから、少しでも不穏な動きをする者がいたら逐一報告しろと命令しており、その命令に従ってガンダは驚異的な速度で成長していく件の少年の情報を寄越した。

 その情報を元にダンジョン内で軽く小手調べをした結果、ガンダが持ってきた情報以上の成長振りを見せ、そしてその少年の中には神の因子が宿っていることが判明した。


 神の因子と言っても、神は数え切れないほどいることから、この世界では稀に持っている者もいるため、人の寿命とは比べものにならないぐらい長い時を生きる自分たちからしたらそれほど不思議なことではない。

 そして、何としても復活を阻止し続けなければいけない魔神のことだが、名前に神とつくものの、実際の所あれは神ではないためそのような因子を持っていないと考えられる。


 しかし、引っかかることが一つだけあった。


 神の因子の出所が、まるで解けない鍵を掛けられたみたいに調べることが出来ないのだ。


 神の因子は通常、どの世界にも最低一柱はいるであろう神と、転移しかり転生しかり、何かしらの契約を交わした際に自動的に取り込まれてしまう、言わば契約履歴のようなものだ。

 また契約の際には、契約を結ぶ両者の魂のレベルが同程度ではないといけないというルールがあり、因子を取り込ませることによってそのレベルを一時的に埋めることが出来る、という副産物もある。いやむしろそちらの方がメインなのだろうか。


 どれがメインなどという些細なことはさておき、契約履歴と言うからには、どの神が契約を行なったかその者に取り込まれている因子を見ることによっておおよそ分かるようになっているう。だが、件の少年の場合それが分からない。

 そうなると簡単には見過ごすことは出来まい。調停者として。


 だから、ガンダに新しい命令を下した。少年の実力を量れ、と。


 そして、ガンダは少年の実力を量るため少年が一番大事にしている者、傍らにいた少女を誘拐し、アジトへと少年をおびき寄せた。ステータスだけで言えばダンジョンに入ってくるトップクラスと言われる者たちとも引けを取らないガンダだったが、最終的にはあっさりと敗北を喫した。光の大精霊の介入によって。



 結局少年の本来の実力は分からず仕舞いとなってしまったそれからしばらく経ったある時、ある者がダンジョンの破壊という禁忌を犯した。


 初めて人間にダンジョンを傷つけられたのだが、傷はたいしたことが無く、瞬時に修繕可能な程度だったので正直なところ見ない振りも出来たが、何の因果かその者は件の少年だった。

 渡りに船と思い神が定めたルールに乗っ取り、少年を自分が支配する領域に無条件で連れて来ることが出来た。そして、そのおかげで直接話しをする機会が設けられた。


 その中で少年が、一目見て分かるほどの邪悪な魔力を漂わせる何者かの手によって、この世界に連れてこさせられたことを知った。こちらも因子の時と同様、記憶にロックが掛けられており不鮮明にしか見ることが出来なかったが、その者は確かに、空けてしまったら世界が終末を向かえてしまうとされるパンドラの箱のような、身の毛もよだつほどの恐ろしい力を秘めていた。


 それを知った瞬間、目の前の少年を殺さなければいけない、とそう直感した。もしここで殺さなければまたあの悪夢が、あの災厄が再び起こってしまうから。


 しかし、それは彼のことをいたく気に入っている光の大精霊の手によって防がれた。曰くこの少年ならば神が束で掛かっても完全に殺せなかったやつを倒せるかもしれないと。


 いかに光の大精霊が言うことだろうと、到底信じられなかった。信じ難かった。神が倒せなかったのに、矮小で非力で欲深いちっぽけな人間ごときが敵うわけがないだろう、と。


 普段であれば、あるいは光の大精霊の言葉がなければ、少年のことなど問答無用で殺していたはずだ。いや殺すだけでは飽き足らん。魂さえも二度と復活出来ないように完全に抹消したはずだ。


 だが、光の大精霊に免じて試練を行なうことにした。不合格なら死ぬ、一見過酷のように思えるが、死んだのならその器ではなかったということになるだけだ。


 試練では光の大精霊のおかげでもあるが、少年はなかなか脱落しなかった。絶望しなかった。


 だから選択肢を与えることにした。合格するための選択肢を。


 一つだけ正解のルートがある、三択。そのただ一つの正解は敢えて一番簡単なルートにした。理由はなんとなく、だ。本当に只の気まぐれ。

 残り二つは抜けられれば最後に、掛けられた制限の中で残っている力を余すことなく込めた本命の暴食がある。


 その三択を少年ははずし、不正解を選んだ。だが、その中でも決して間違ってはいなかった。


 少年が一番簡単なルートを真っ先に選んでいたら、直接対決が行なわれていたはずだ。その時の勝率はお互い五分五分と言うところだろう。どちらが勝っても、負けてもおかしくない。

 次に一番難しいルート、それはおそらく抜けることが出来ずに途中で死んでいただろう。正直なところ、万全では無いものの自分でさえ抜けられる保証が出来ないほど難易度は困難を極めている。


 そして、彼が選んだ上ルート。抜ける難易度は他二つの中間ぐらいにしており、今の少年ならば頑張ればギリギリ抜けられる程度。抜けた先に現状最大火力の暴食が待っているが、上に登るということは重力を使えるということに繋がる。


 重力を使い剣を投げてきたのはあくまでも結果論にしか過ぎないが、驚くべき幸運の持ち主だ。


 少年はおそらく直感で選んだのだろう、このルートを。抜けられる可能性がゼロに等しいルートと、抜けたとしてもコインの裏表を決める確率に等しい戦いをするルート。そのどちらでもなく、まるで最初から筋書きが用意されていたかのように上のルートを選ぶことを。


 少年と我は一応敵対者という扱いになるのだが、敵ながらあっぱれだ。


 ――反動から少しも動けないベルーゼは、小指の爪程度しか残っていない剣の残骸を頬に掠らせた。


「少年よ、その幸運と光の大精霊に免じて今回は逃がしてやるとしよう。しかし、次回は実力で我を認めさせてみよ」


 ベルーゼは力を蓄えるために眠りに入った。

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