第101話 扉の前

「いっぱい買ったねー」


 持てるように計算し尽くしたほど大量の食べ物が入った紙袋を両手で抱えているさくらはそう言った。種類で言うと十種類は軽く越えているだろう。

 そして、もちろんさくらだけに物を持たせているわけではなく、僕もみゃーこが食べたいとおねだりしてきた食べ物の袋を前方が見えない程までに抱えている。見て分かる通りその数と重さはさくらを優に上回っているだろう。


 砂上の楼閣と称するに相応しいほど基礎とその上のバランスが合っていない僕の手持ちは、今にもその均衡を崩し、儚く崩壊してしまいそうだ。


「早く……行きたいんだけど……ッ!」


 優秀すぎるほど優秀なスキルであるナビーの、文字通りナビのおかげで、人通りが少なくある程度ふらついても何にもぶつからずに歩けて、かつ治安的な意味で安全と言える道を通ってカイトの家の前まで何事もなく無事にこれたが、ナビーがいなかったら運ぶ以前に、ここまでの食べ物は購入することが出来なかっただろう。

 そんな事を思い、心の中でこれまでで一番の感謝の念をナビーに向けて贈った。


「みゃーこ……扉をノックしてくれる……かな……ッ」


 ほくほく顔の満足げな様子を先ほどからずっと覗かせながら僕の頭上に乗っているみゃーこに指示した。みゃーこが動くことで辛うじて保っている楼閣が倒壊する心配はあるが、現状両手が塞がっているさくらと、コメディチックなほど物を抱えている僕には扉をノックすることは土台無理なお話なので、一番手の空いているみゃーこしかいなかった。


「みゃー!」


 みゃーこは返事をした後すぐに僕の頭から扉のノブへと音もなく、跳んで移動した。その手並みはさすが猫だ、身を固めて心配していたほど僕の手元への影響は少なく、それどころかほとんど無かったと思えた。むしろ今は風が吹いた方が甚大な影響を及ぼすだろう。


 ペシペシ


 みゃーこがドアノブの上で扉を叩くと、そんな間が抜けた音が返事として帰って来た。


「「…………」」


(ご主人様、どうすれば良いにゃ?)


 肉球が扉にぶつかる音と言い、みゃーこの振り向いて、どうしよう?と尋ねるときの少し困ったような表情と言い、通常ならば可愛いとただひたすらに和むのだが、今はそれどころではない――


(爪出しても良いからどうにかこうにか音出して……)


 コンコン


 みゃーこは意を得たりと軽く頷いた後、いつもは仕舞ってある爪を出してすぐさま扉を叩いた。

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