第90話 感化
「それじゃあ、カイトまた明日来るね」
静かな寝息を立てながら眠るさくらをおんぶしながら、僕はカイトに告げた。
「俺は真冬なら大丈夫だって信じてた……これからが本当の本番だと思うが、信じてる。――またな」
カイトはそう言うと、炉に向かっていった。おそらくこれから鍛冶のスキルアップを図るのだろう。以前よりも炉の火力は高くなっている、とナビーがお墨を付けるぐらいなので、強化前よりもやれることの幅は圧倒的に増えているだろう。一先ずさくらの現時点の最高を詰め込んだ努力も無駄にはならないようだ。
(さくらは大丈夫かにゃ?)
僕たちが泊まっている場所に向けて歩いている途中、みゃーこが心配そうな顔で僕の顔を見上げながら念話で尋ねてきた。さくらは魔力を使い果たすすんでの所で、ウィルに強制的に止められたから心配はもちろんしているが、おそらく心身共に何の影響も無いだろう。今は疲れて眠っているが、明日になればいつも通りのさくらに戻っているはずだ。
起きたときに失敗した事を重く引きずっているようなら、掛ける言葉はその時にまた考えれば良い。
そのことをみゃーこに伝えると、
(それなら良かったにゃ。ところでご主人様、ダンジョンに行ってきていいかにゃ?)
返答にみゃーこはおずおずと聞いてきた。申し訳なさそうな顔をしながらそう聞いてきた理由は大体だが予想がつく。
それは今現在のさくらの具合はあまり優れないのに、自分だけさくらのそばから離れても良いのかと、みゃーこなりにダンジョンに行って自分を鍛えたいけどさくらのことも心配で出来ればそばにいてあげたい、というある種のジレンマを抱えているのだろう。そして、それを自分で決めあぐねているため、僕にその判断を委ねたのが不安げに聞いてきた大まかな理由だと推測している。
それに対する僕の答えは既に決まっていた。
みゃーこはさくらの姿を見て、自分も頑張らないとと感化されレベルアップをしたいと考えているようだ。実際僕もあの姿を第三者として見ていたらすぐにでも飛び出していたほどさくらのあの姿には人に熱量を与える何かが確かに存在していた。
しかし僕は第三者としてではなく、当事者としてさくらの姿を見たため、みゃーこのように琴線に触れられ、触発されることは辛うじて無かったのだろう。だがみゃーこは第三者としてあの場に居合わせさくらの頑張りを目に焼き付けてしまった。その結果先述のジレンマを抱えることとなったのだ。
さくらが起きていたら、みゃーこに何と返すのだろう。もし僕がさくらの立場にいたらダンジョンに行く行かないの是非はどう下しただろうか。考えなくても決まっているだろう。さくらは自分がどうなっていようと、どうなろうといつでも他人を優先させるお人好しだ。ましてや自分の所為で火が付いたと聞いては否が応でも是と返すだろう。
(行ってきて良いよ!)
僕は背中ですやすやと静かな寝息を立てているさくらがとびっきりの笑顔で頷いているような気がしているのを感じながら、みゃーこにそう答えた。
(ありがとにゃ!絶対つよくなるにゃ)
みゃーこは念話で言いながら溢れかえる人々の雑踏の中を縫うように走り抜け、ダンジョンの方向に消えていった。一人で行かせて不安と言えば不安だが、何かしらの方法でナビーが監視、あるいはサポートをしていてくれていると思うので、余り深刻に考えないことにし、宿舎へと歩みを速めた。
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