第62話 弟

 ナビーが24層に付与魔法を習得できるものがあると教えてくれたので、現在そこへ向かってフランさん、みゃーこ、僕で行軍している。


 みゃーこが付いてきた経緯については、いつもどおり表情や身振り手振りで行くと示していたので、連れてきた次第だ。


「ところでフランさん、この外套どうやって手に入れたんです?」


 カイト曰く、アーティファクト級の代物で、現在も羽織っている外套を摘みながら続ける。


「カイトに聞いたんですが、どうやらこれアーティファクトらしくて……まだこれ貰った時は出会って間もない頃だったので、それほど良い物だと思ってなかったのですが」


 僕がそう聞くとフランさんは「んー……」と顎に手をやり、記憶を探るような素振りを見せながら、


「確かウィルちゃんみたいな小さな女の子が、これオススメですって声を掛けて来た気がするんだけど……何故だかあんまりはっきり覚えてないんだよね」


 ウィルみたいな、ではなく僕は直感的に他の誰でもないウィル自身なんだと思った。


 そもそもアーティファクト何て代物を、普通の小さな女の子が所持できるはずがない。


「それをどうして僕に?」


 外套の入手経路よりも本当に聞きたかった本命の質問はこっちだ。


 フランさんは時折、どう言い繕っても赤の他人同士である冒険者と専属受付嬢の関係とは到底思えないほど、大変良くしてもらっている。


 そういった感情を持たれる根底の部分をずっと考えているのだが、皆目見当がつかない。とても嬉しいし助かっていて感謝もしているのだが、その感情の発露点を知らないので素直に受け取ることが難しい。


 謂れのない好意は感謝と同時に、申し訳なさも感じてしまうものなのだろうか。


「えーっと……話すと長くなるから、そこで休憩ついでに聞いてくれる?」


 フランさんはボス部屋の扉の前を指差す。大きな扉は淡く白光しているので、中では戦闘が繰り広げられているのだろう。故に僕たちが中に入れるまでは多少の時間を要するので、休憩がてらフランさんの話を聞かせてもらうことにする。


「ぜひ、聞かせてください」



 扉の開閉に邪魔にならない端のほうで腰を下ろし、くつろげるように装備を外し終え、座って壁に体を預けていると隣に同じような格好で座っているフランさんはおもむろに話し始めた。


「私ね、5歳年下の弟がいたの」


 "いた"という過去形から、つまりはそういうことだろうと思わず生唾を飲み込んでしまう。


 そんな僕とは目も合わせず、フランさんはその頃を思い出すように遠い目をしながら話を続ける。


「その弟はね、皆が夢見て憧れるような凄い冒険者になって、エルフの皆を見返すんだって意気込んでたの」


 フランさんは弟さんの姿を思い出しているのだろうか、先ほどよりも心なしか顔を綻ばせながら話す。


「それに私も感化されて受付嬢始めることになって、最初はたまにやってくる純エルフの人から疎まれたけど、弟が名を上げるにつれてそういう扱いも徐々に薄れていったの」


「――――」


「弟は実力を疑われないために、ってずっとソロでダンジョンに潜ってたの。最初は私は止めたし、他の冒険者も無謀、無茶、無鉄砲って言った。それでも前々回より前回、前回より今回、今回よりも次回はもっと、って到達階層を伸ばしていって、日に日に立派になっていくドロップアイテムと魔石、装備と顔つきにギルド全体はそれに比例するように熱気を上げていったわ。そんな盛り上がりに圧された私は、いつからか不安も心配も忘れてたの。きっと帰ってくるだろうって。それでようやくこの街で混血エルフの差別がなくなった頃――」


 綻ばせていた顔つきが鬼の形相もかくやというほど険しい形相になり、一言。


「――弟は死んだの」


 フランさんの方を向くと、静かにただただ行き場のない怒りが滲むように、目から感情を流していた。僕は、前にさくらと一緒に抱きしめられたときに見たフランさんの涙とは全く違う種類の涙に、どうするべきか分からずに戸惑っていると、フランさんは寄りかかるように頭を僕の肩に預けてきた。


「少しだけ肩貸して」


 吹けば消えそうなほど余りに弱々しい声に対して、僕は咄嗟に言葉が浮かんで来ず、数回頷くしか他なかった。


「ギルドの調査では事故死って処理するしかなかったの。でもそれは絶対に有り得ない。弟が48層で死ぬなんて有り得ない。私はそう思って原因を究明するために、寝食も忘れてダンジョンに潜った。でも何一つ分からないまま限界に達し、ついにはダンジョンで倒れた」


「――――」


「そうして地上に帰ってきて茫然自失と生きていると、小さな女の子がその外套を勧めてきたの"守りたい人にこれをあげて"って」


「――――」


「それから2年ぐらい経ってようやく気持ちを立て直した頃、君が現れた。弟に瓜二つな真冬くんが。今回は守んなきゃって、絶対に失いたくないって思ったら、その外套を勧められたときの誘い文句を思い出して、真冬くんに渡したんだ」


 フランさんが話し終えたとき、丁度ボス部屋への扉が発光を止めリポップを示した。


「さ、ボスに挑も!」


 地面に接していた場所を手で払いながらそう言ったフランさんは、火を見るよりも明らかに空元気なのが分かったが、最適解の言葉が上手く出てこない。

 物語の主人公ならば、ここでフランさんが一番欲しい言葉を一番欲しいタイミングで言えるのだろうけど、僕は生憎物語の主人公でもなければ、超能力者でもないので言葉もタイミングも分からない。

 だけど、僕は僕なりに、弟に似ているただの登場人物Aなりに、0点の言葉を放つ。


「僕は決して死にません。最後にはフランさんの元に絶対に帰って来ます」


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