第60話 形

「何しよっか……」


 本格的に手持ち無沙汰を拗らせてしまったことで、空に流れる雲のように行く当てもなくただ歩いていると、心の底からその言葉が漏れてきた。


(それでしたら、ダンジョンに潜って付与魔法習得に動いてみてはどうですか?ちょうど同行してくれそうなお方たちも来たようですし)


 ダンジョンについては名案だと思うが、同行者については疑問を浮かべていると、目の前に広がっている人混みが、あたかもモーゼが切り開いた海のように割れていき、一際美しい女性と男性が息を切らしながらこちらに向かって走ってきた。


「真冬くん!!」


 どこかで聞いたことのあるような美声に呼ばれたことで心地良い気持ちを感じながら、名前を呼んできた件の一向に目を向ける。


 よく目を凝らして見てみると、前で先導していたのは白い猫。その後ろを淡い水色の髪色で柔らかい雰囲気の女性と、金髪で蒼い目の男性、二人はまさに絵に描いたようなエルフまんまの姿――


「――みゃーこに、フランさん。それにアルフさんも!?」


「真冬くんたちのお部屋に行ったらいなくて、アルフさんと一緒に探しに行こうとしたら、付いてこいと言わんばかりに鳴いてて……」


 みゃーこはドヤ顔……としか思えないような表情をしていて、頭を撫でろと言っているように思えたので頭を撫でながら、フランさんとアルフに謝る。


「朝起きたらさくらがカイトに用事あると言ったので、出てきちゃいました。何も言わずに、すいません」


「無事だったなら大丈夫なんだけど……」


 フランさんはおそらく、前にあったさくらが飛び出して僕が追いかけて出て行った時みたいに、再度何か悪いことが起きてしまっているのではないか、と心配で探しに来てくれたのだろう。似たようなことを何度もしてしまっているので、本当に頭が上がらない思いだ。


「それはそうと真冬くん、何か良いことあったのかな?」


 申し訳なさによる自責の念に胸を突かれていると、アルフさんが何とも漠然とした事を尋ねてきた。


「僕、何か変わりました?」


「うん……何というか上手く言えないんだけど、鬼に金棒……という感じかな」


 鬼に金棒とは、ただでさえ強い鬼に、金棒を持たせたことから、強い者により一層強い要素が加わることという意味だ。

 そんな感じで言葉の意味自体は分かるが、時として言葉は辞書に載っている意味では使われないことがあり、今回の場合は多分そっちだろうと、アルフさんが言った意味について考えていると、フランさんが口を開く。


「真冬くんにとっての金棒は、多分さくらちゃん何だろうね……悔しいけど」


 最後の言葉はぼそぼそと呟いていたので上手く聞き取れなかったが、フランさんが今述べた前文でアルフさんが言った鬼に金棒の意味がようやく分かった気がした。


 ――僕はまだ心の何処かさくらに依存している節があって、付いてきてくれると知った時にまた一緒にいられることに心強さを感じているんだ。だから僕の場合は差し詰め、強者に金棒ではなく、弱者に相棒といった所なのではないだろうか。


「道具だけに依存することはもちろん駄目だが、道具も自分の力の一つだってことは頭に入れといた方が良いだろう」


 心を見透かしたようなアルフさんの表情に心臓がドクンと跳ねるのを感じたが、それとは裏腹にその言葉はストンと心に落ちて入っていった。


 昔教科書で読んだ“形”という小説を思い出す。その話は、ある大豪の士の武具のお話だ。



 ある日、槍中村と猫も杓子も知っている武士の元に、目を掛けていたうら若き侍が初陣で活躍したいと申し出てきた。目を掛けていたから当然、槍中村こと中村新兵衛はそれを快諾し、自分の象徴とも言える猩々緋と唐冠の兜を貸し出す。


 その明くる日、若い侍は貸して貰った猩々緋と唐冠の兜を着て、敵陣へと威勢良く乗り行った。そして、自分が今着ている武具一式の持ち主に恥じないような凄まじい戦いっぷりを見せていた。


 一方、いつもとは違う黒皮縅の冑を着て南蛮鉄の兜を被っていた元持ち主、槍中村は自分が育てたと言っても過言ではない若い侍が、自分の持ち物で活躍している姿に触発され、自分もと敵陣に殺到した。が、相手は、自分がいつもの格好で戦っていた時とそれを着た若いサムライに見せていた、怖じ気や狼狽えなど戦いにおいて不利になる要素が微塵も無く、それに虚を突かれてしまった槍中村は、ついに力を十二分発揮している敵に脾腹を突かれてしまった。



 この話だが、僕が最初に読んだときに思ったことは、道具が全てではないが道具も己の力の一部ということを思わせられた。


 昨今の社会では、本当に実力のある人は道具にこだわらないとか、安物でもいつものプレーが出来るはずだとしばしば評されることがある。それは確かに一理あると思う。

 だが、オーダーメードの道具や普段使っていて使い慣れているものには自分の魂が宿り、それがまた己の力を引き出してくれるんじゃないかな、とも思う。


 つまりは道具に依存することは是として評されないが、頼るのは信頼していることと同義なので、非と評されないと言うことと解釈が出来るのでは無いだろうか。


 そう考えると、心が軽くなるのを感じた。


「そうですね……ありがとうございます」


 そう伝えるとアルフさんは満足げな表情をして、かるく頷いた。


「では、僕はダンジョンに行かなくてはならないので、これで失礼します」


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