第53話 清算
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――赤髪の青年は、自分の罪である過去を清算するように思い出していた。決して平坦とは言えない道のりを。
カイトは、先祖代々、鍛冶師として名を馳せてきた一族の末っ子として、この世に生を受けた。
家族構成は、年の割には若く見られることが多い両親と、小さい頃から剣を学びたいと言い出し、8歳の頃に家を出て行ったらしい姉が1人に、鍛冶と剣術と魔法全てに精通していた兄2人の、計6人家族。
カイトが家族構成を知ったとき、つまり物心付いた時から両親は二人揃って、自分たちが受け継ぎ発展させてきた鍛冶のノウハウを余すことなく全て叩き込んできた。よくよく考えれば、まだ幼い精神的にも、小さい身体的にも、どちらにも身に余るほどのスパルタ振りだったな、と今では思う。
過剰なまでのスパルタを受けていた頃は、べらぼうに大変な思いを感じており、四六時中逃げ出すことばかりで頭がいっぱいだったが、熱血指導のおかげで歳が10個重なる頃には、両親からもう教えることはないと免許皆伝を言い渡された。その結果、自分で武具を販売できる権利を発行して貰い、幼いながらも慎ましやかな贅沢が出来る程まで、鍛冶師の界隈に名を轟かせていた。
だが、事実は小説よりも奇なり。ということわざがあるように、チート主人公や無双系主人公などの俺TUEEEE小説のように、何の苦労もなく順風満帆な人生を送るなど、現実では、雲を掴みその掴んだ雲の上に乗るのと同じくらい不可能に近い。
いつも通り、鍛冶で使う素材調達と鍛冶関係のスキルアップのため、ダンジョンに潜った或る日のこと。
今日は、普段と違ってやけに
――それが不幸の始まりとは露知らずに。
兄二人は先述の通り、鍛冶だけに飽き足らず戦いの才能もその大きな体格に見合うほど有しており、二人の後ろで金魚の糞をしていれば中層の50層までは万が一、億が一にも死ぬはずがないほど余裕綽々な具合だった。
しかし、いつもは鼻歌を交じれるほどの余裕を感じていた階層だったが、その日だけは全てが何もかも違った。
――42層の周囲が木と草に囲まれた森林区域で、9が8個並ぶほど大丈夫なはずだった布陣が物の見事に最悪の1を引いてしまい、通用しなくなってしまったのだ。
多数の敵に会敵した際には、普段通りならば一番弱いカイトを真ん中に置き、それを守るように実力のある兄二人が背中合わせで陣を張っていたのだが、この日だけは、長兄がいくらヘイトを自分に集めようと善処しようが、次兄がカイトを守ろうとどんな隙を晒してしまおうが、そんな二人には目もくれず、まるで親の敵のように真ん中に佇むただ1人だけを執拗に狙って、攻撃を仕掛け続けてきた。
その影響で、目まぐるしく攻撃の向きを変えてくる魔物相手に、最善手だったその陣はあっけなく崩され、その中心で自分だけが狙われている状況を飲み込めなかったカイトは、なし崩し的に二人から離されてしまった。それでも、二人に磁石のようにくっ付いてきては、そこらの冒険者よりもレベルの高い戦闘を誰よりも間近で見ていたカイトは、兄二人から離されてしまっても、ギリギリ持ち堪えられるほどの戦いは出来ていた。
カイトが離されては、次兄が長兄を、長兄が次兄を的確にアシストし、カイトの方にどちらかが付けるような状態を瞬く間に作り出していた。
――そんな両者一歩も譲らない状態が続いていたその時、後ろで戦いの趨勢を見守っている群れのリーダーは、本能的に打開策を見つけ出した。この手強い二人に戦力の大半を集中させて先に倒してしまえば、自分たちの”親”と同じような匂いを放つ少年を、誰に邪魔されることもなく確実に殺せる、と。
中層からは闇雲で無鉄砲に突っ込むことなどせずに、拙いながらも作戦を立てることが出来る程度の知能を持ち始める魔物たちは、その中でも頭数個分賢いリーダーの指示に従い、数匹の仲間を懐かしい匂いを発する少年に宛がい、残り大多数の戦力を青年二人に向けた。
そして、青年二人に次々と倒される仲間を上回る以上の戦力を、遠吠えでのべつ幕無しに呼び出し、誰かが誰かの手助けを出来ないような戦況を常にコントロールし始めた。
まさしく多勢に無勢、じり貧状態。
そんな十中九十
自分は現在相手している3匹の魔物で、精も手も一杯一杯。少し離れたところでは、兄たちが無数に犇めく魔物に囲まれ、今にもやられそうになっている。
――これはもう……と、諦めかけたその時、
「――お前たちでも逃げろ」
長兄の悔しげな叫び声が、
あれほど辺りを埋め尽くしていた魔物は一瞬にして灰燼に帰し、魔物がいた土嬢だった地面は一瞬にして液体と化し、それは煮込み料理のようにすぐさまグツグツと煮え
そんな地獄をも思わせるほどの中、直接火を吸っているのかと思うほどの高温の空気によって、肺が焼かれているような感覚が文字通り胸を占めていた。それを必死に堪えている――否、内側から焼かれる痛みの所為で身動きが取れないでいると、唐突に胸を抑えていた腕が力強く引かれ、熱源である長兄から遠ざかるように引きずられる。
腕を引いているのが誰なのか、目の前に見えている状況から察するのは容易なことだった。
引きずられ、業火から驚異的な勢いで遠ざかる最中、優しく時に厳しく接してくれた、まさに理想の兄であった長兄――ジンに向かって、子どもが
「――待って!ジン兄ちゃん!!!やだよ!!!!!」
自分の声が長兄の耳に届いたのか、燃え盛る木々の隙間から兄が確かにこちらを向き、何かを呟くのが見える。目視で100mほど距離を離され、木々の燃える音と地面が煮える音がこの世界を埋め尽くしていて、空気を伝うか弱い振動など届くはずもないのに、見送るような様な顔をするジン兄ちゃんが何を伝えたかったのか、不思議なことにカイトは一瞬にして分かった。
――カイト、生きろよ。
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