第49話 石→金剛石?
「ここにある材料は全て使っても構わないんだな?」
カイトの鋭い眼光は、もう職人のそれとしか見えないもので、素材の吟味をしながら訪ねてきた。
「うん、大丈夫だよ。他に必要なものとかある?」
なぜこれ以外に必要かどうかを聞いたのかと言うと、これらの素材たちは全てダンジョンの低層から手に入ったものだけで構成されているからだ。
低層ということは、モンスターが弱いことはもちろんのこと、それに比例して素材の方もお粗末なものばかりだろうと思っている。
「いいや、これだけで充分だ。むしろこんなにあって悩んでいるぐらいだ。……てかそんなことより、こんな高品質な素材みたこと無いぞ……何層まで行ったんだ?」
その問いかけは、僕が危惧していた事と全く逆方向のことだった。
僕は、ただの路傍の石ころだと思っていた物が、実はダイヤモンドだったみたいな感覚に陥る。
「何層だったんだろう……確かあの時だから……」
あの時とは、さくらが独断先行し独りで強くなるためにダンジョンに駆け込んでいった時のことだ。
その時のことは僕も我を忘れて必死に探していたから、記憶の引き出しを全て空けていっても、何層まで行ったかは全然出てこなかった。
何回か大きな扉を壊していった気がするんだけど……あれ、僕もしかしてやらかしてる……?
(34階層まで潜っています。ちなみに扉に関してはボスがリポップすると同時に修復されますので、安心してください)
(そっか、ありがとう)
さすがナビーだ。
引きこもって反応してくれなくても、僕たちのことはちゃんと見ていてくれたみたいだ。
(引きこもり呼ばわりとは心外です。私も色々悩んでいたんです)
そう言えば結構な間、接していなかったから忘れていたけど、ナビーは僕の心が読めるんだったっけ。
(そろそろ泣きますよ!?)
僕の頭に響くその声は本当に泣きそうな、いや、半分泣いていると言っても良いぐらいなものだったので、慌てて謝罪の意を述べる。
僕は女の子を泣かす趣味など、持ち合わせてないからだ。
(ごめんごめん!ちょっとからかい過ぎた……反省してるよ)
(分かれば良いんです!一応、神ですから!偉いんですよ)
何故だろうか、ナビーの姿形は見たことも聞いたことも一切無いのだが、金髪で容姿端麗な妙齢の女性が、頭に響くその声で、ドヤ顔をしながらそんなことを
その女性は圧倒的な神々しさと存在感を放ち、見る者の心をたちまち鷲掴みする風貌をしていて、一目見ただけなのに人類とは一線を画す存在――神様の類いだと知らしめるのに、ドヤ顔とセットの表情は、子どもが親に褒めて欲しくて自慢するようなそれだったので、直感的にナビーだと分かった。
今までは、どこか事務的と思わざるを得ないほどの機械的な反応だったので、厳密に言えば人では無いけど、人間味のある反応をしてくれたことがやっと心が繋がった気がして、すごく嬉しくなる。けど、ちょっとだけ恥ずかしくも感じるので、
(はいはい、分かってるよ)
(絶対分かってな――)
とりあえず後ろでわちゃわちゃ騒いでいる女神様は放っておいて、その騒がしい女神様にさっき教えて貰ったことをそのままカイトに伝える。
「34層ぐらいで手に入ったやつみたい」
僕がカイトに質問の答えを返した途端、喧しいBGMと化していたナビーの声は聞こえなくなった。多分空気を読んでくれたんだろう。
「一応言っとくが、34層は低層じゃないからな……。それにしてもこの素材はすごいものだ。これまで市場やオークションで見たものとは格が……いや、次元が違う。今までギリギリで扱っていた素材が、正直おもちゃにしか見えない位だ……」
そのカイトの言うおもちゃで作った物でさえあんなに切れ味を出していたのに、これで作ったらとんでもない物が出来るよね……
そんなことを考えながら期待に胸を膨らませていると、カイトの表情がだんだんと険しい物に変わっていった。そして終いには、顎に手をやり悩ましい素振りをし出してしまった。
時間が経つにつれて難しい顔を深めていく様子を見せるカイトに、僕は言いしれぬ不安を抱く。
その不安の元凶は、カイトが今し方口に出した“今までに扱っていた最高級がおもちゃにしか見えない”という発言だ。小さい子どもがおもちゃの包丁をうまく使えると言っても、本物の包丁を扱える訳はないことと同じようなことだろうか。
とどのつまり、カイトはこれらの素材を使って何かを作ることが出来るレベルにまだ達してない、という可能性が高いということだ。
「すまん……今更だとは思うが、俺じゃまだ作れない。期待させて悪かったな……」
カイトは力不足のことだけで無く、期待させてしまったことも含めての謝罪をした。
その声と表情には、自分の力不足さを恨むような、期待に応えられなかったやるせなさがこれ以上に無いくらい詰まっていて、いつものカイトからは想像も出来ないほど弱々しかった。
「俺より適任者を紹介するから、その人に頼んでくれ……」
カイトは自分の恥と外聞だけにあらず、誇りさえもかなぐり捨てて、何がさくらの一番になるかを熟慮してくれた上で、その提案をしてくれた。
職人というものは謙遜が必要なのはもちろんのこと、さらに自分が一番良い物をお客様に提供できるといった、ある種の傲慢さや自負心を持ち続けなければ続けてやってはいけないだろう。
それは自分の作る物より上位の物、つまり上位互換の物を作れる人が存在している、と完全に認めてしまったら最後、自分が物作りをする価値が皆無に等しくなってしまうからだ。
武具はアートでは無くツールなので、作った人個人の個性は全くと言って良いほど必要無い。
ただ切れ味が良ければ良い。ただ刃こぼれしなければ良い。ただ扱いやすければ良い。――ただそれだけのことだ。
しかし己を殺せず個性を出しそのどれかを突き詰めた結果、切れ味は良いが脆い。刃こぼれはしないが切れない……など惨憺たる評価しかされないだろう。
かと言って、平均的に伸ばしたとしても誰かの下位互換と、評されることがあるかもしれない。そうなれば名実ともに、その職人はその界隈から淘汰され、泣こうが喚こうが引退を余儀なくされる。
扱いやすく値段も手を伸ばしやすいのであれば、ビギナーなどには買われるだろう。
もっとも、そんな上昇志向を持ち合わせていない者に、その先があるかは明白だが。
少々話が脱線してしまったが、言いたいことは鍛冶職人にとって他の鍛冶職人を紹介するということは、普通の神経をしていたら出来ないと言うことだ。
そのことをカイトは、もちろん知っているだろうし理解もしているはずだ。
もしかしたら何人もの人がそうなっていくのを、その目で実際に見ているかもしれない。
その上で上客になるであろうさくらに、他人の紹介を提案した。自分の不利益を度外視で、だ。
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