第44話 大事な話

 数回、深呼吸をしてるような大きな呼吸音が聞こえてきたその後、意を決したような声でさくらは答える。


「――単刀直入に言うけど、このままこの世界のことは忘れて…………地球に帰ろ?」


 さくらが発したその話は、先ほどまで僕の頭の中に思っていた通りのことだった。


 ウィルからされた話は、この世界の根幹にすら関わると言っても過言ではないほど、スケールの大きい話で、大人であるアルフさんやフランさんでさえ混乱していたのだから、ましてや、僕たち高校生には荷が重過ぎる話だろう。

 

 考えてみて欲しい。妄想の範疇ではなく、実際世界を救う云々の問題を、齢17の高校生が解決できるかどうか。


 答えはーー否。


 自分が失敗をすれば地球が無くなる、と言われて、誰が存分に力を発揮できるのだろうか。誰が逃げ出したいという気持ちを押し込めるだろうか。誰が他の人に任せたいと思わないで居られるだろうか。

 

 僕はライトノベルの主人公でもなければ、アニメのヒーローでもない、強敵を倒せず普通に死ぬことだってあり得る。

 最初の1度目は負けるが、何かのきっかけで主人公がパワーアップし、最終的には勝つ。そんなことはあり得ない。たった1回でも負けてしまえば、死ぬ世界ゲームオーバーなんだ。



 だが、僕はもう、誰かに縋って助けを待っている昔の僕ではない。三歳児のように運ばれるのをテーブルで待っているような僕ではない。


 今の僕が出す答えは――


「ごめん、それはできない」


「――ッ!な、なんで!?」


 さくらは、心の底から心配していると誰もが分かるような、僕の答えによって受けた魂の痛みを必死に堪えるような、そんな感情がない交ぜになった今にも泣きそうな声で、その理由を聞いてきた。


「昔の弱かった僕なら、二つ返事でその話に乗っていたと思う」


「ーーじゃあどうして!!!どうしてなの!?」


 さくらは、自分が今裸だということも忘れ、こっちを向いて叫んだ。


「――この世界の人を、僕が守りたい。アルフさんやフランさんはもちろんのこと、カイトだって食堂のココさんだって。あと、僕たちのことを心配して探すのを手伝ってくれたギルドのみんなだって。昔の僕なら、自分を守ることで精一杯だったと思う。いや、自分さえも守れていなかった。でも、今は人を助けられるだけの力があって、神アテナのナビーもいて、大精霊のウィルだっている。なら、もうやれることをやってみるだけの価値のある武器が揃っていると思う」


 少し前までの僕は、殻に籠もって、心と体の痛みに蓋をして、優しい誰かがそこから助け出してくれるのをずっと懇願し続けてきた。

 願って、願って、願って、願い続けて、いつしかそんな自分が、自分だけが世界で一番可哀想で不幸な奴、誰にも助けて貰えない恵まれない奴、違う場所でなら本当はもっと出来る奴なんだって思い始めて、遂には、助けを求めることさえ止めて、唯一守ってくれている殻を厚くすることだけに専念していた。


 そんな分厚い殻に閉じこもって世界の全てを無視していた僕で、この世界に来る前の最初は、抜け出すためのひびを分厚い殻に入れて貰ったけど、その罅を直さずに、ちゃんと心の痛みとして、体の痛みとして受け入れて、罅を作らないように、もし仮に入っても大丈夫なように、ではなくて、罅を痛みとして受け入れることが出来るようになったんだ。誰もがみんな藻掻き苦しむようなそんな中でも、頑張っているんだって気づけたんだ。


「だからって話を聞く限りじゃ、大精霊も神様でさえ大勢いても仕留められなかった相手なんだよ!?今度こそ本当に死んじゃうかもしれないんだよ!?」


 確かにさくらの言うとおりだ。神様がいても大精霊がいても多大な犠牲を出しても、最終的には追い詰めただけだった。

 チートを貰い、そのおかげで幾分かマシになった心構えを持っているとしても“あいつ”には到底敵わないかも知れない。むしろ今のままじゃ瞬殺さえもが関の山だろう。



 だとしても――


「だとしても、死ぬかもしれなくても、みすみす自分たちだけ帰って、平和に暮らすことなんてできないよ!僕が死ぬことでこの世界の皆が救われるなら、喜んでこの命を差し出す。けど、僕は簡単に死なないし、みんなも死なせない。最後まで藻掻き苦しむ頑張るよ」



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