祥玲は首を回して、おもいっきり欠伸をした。

 動じる気配は、微塵もない。


「どうして、そう思うのです?」

「それ以外、考えられないからです。私がこの寺に出入りしていることを知っているのは極一部の人間ですから。もしかしたら、貴方と、王英が協力したのかもしれませんが」

「……なるほど。動機はないとしても、一理はある」

「えっ?」

「貴方は私のことを見ていましたよね? あの時、私は森の奥にいました。あそこで貴方を見かけました」

「――あっ!」


 もしかして……。

 いや、もしかしなくても、その言葉からして、祥玲はあの影の男のようだ。

 莉央が狙われた森の中、遥か遠くに垣間見えた男。


 ――暗殺者を去らせた男……。 


「私が貴方と顔を合わせなかった最大の理由はそれでした。顔を見られていたら、厄介だったんですよねえ。貴方は覚えていなかったみたいですけど」

「……貴方があの刺客を去らせたんですか?」


 祥玲は小さく頷いた。


「私はすべてに対して、軽い気持ちだったことは認めます。でも、今は、貴方を救うことが出来て良かったと……心底思っているんです」

「……そうですか」


 何だか、疲れてしまった。

 莉央がぐったりしていると、祥玲は語調を強めて念を押した。


「本当です」

「分かりました」


 嘘なのか、本音なのか。いや、もう大切なのは、そんなことではない。

 残念ながら、今までの祥玲との会話で教えられたことだった。


「じゃあ、一体、犯人は誰なのでしょうか?」

「知りたいのですか。莉央さんは……?」

「貴方はそんなことを知って、どうするのか……と、私に問いたいのでしょう。話す気はないのですね」

「まあ、現時点では。色々と誤解を生みそうなのでね」


(埒があかない……)


 本当は、莉央にも分かっていた。

 祥玲が話したがらないということは、きっと、犯人は莉央の身近にいる人物なのだ。


 そして、そんな人物はやはり、一人しかいないような気がする。


 ―――王英しか……。


「――風は?」

「えっ?」

「昨日の風。作物の被害はどうでしたか?」

「はあ」


 莉央は溜息交じりに返事をした。


「大丈夫なようでしたよ」

「それは良かった」


 話を逸らしている割には、あどけない子供のような顔をした。

 この男にとって、一番大切なことは、これだったのかもしれない。

 整った顔立ちに人懐っこい笑顔が浮かぶ。ぐしゃぐしゃの髪が残念だった。


(これだけは、ちょっと) 


 莉央は耐えられず、手を伸ばした。

 気がついたら、祥玲の柔らかい髪に指先が届いていた。


「莉央さん?」

「…………髪が」


 祥玲の前にかかっていた髪を、莉央は丁寧に後ろに持っていく。

 黒々とした瞳を、正面からちゃんと覗き込むことが出来て、莉央はすっきりした。

 ――が。

 直後に、祥玲の表情を見てから、激しく後悔をした。


「有……難う……ござい……ます」


 礼は述べているが、祥玲は呆然としていた。


「す、すいません。つい、気になってしまって」

「ああ、そうですね。確かに、年頃の娘さんに会うのに酷い格好でした。失礼しました」


 祥玲は照れくさそうに、自ら頭を撫でて、胡坐をやめて、正座に座りなおした。


「貴方は、本当に愉快な人ですね。莉央さん。単純な行動をするかと思えば、こちらもよめないような行動を起こす」

「そうですか……」


 莉央はうっかり愛想笑いをしてしまってから、そんな自分に呆れ果てていた。

 ……一体、自分はこの男と何を話したかったのか?


「一緒に、旅に行ける日が待ち遠しいですね?」

「旅? ま、まさか。あれは、本気の言葉だったんですか!?」

「もちろんです」 


 祥玲は莉央の剣幕を余所に、ずいっと上体を前にずらして、莉央に顔を近づけた。


「ねえ、どうでしょう? やっぱり、都の維領いりょうですかね? それとも、エスティアにも行ってみますかね? あそこは凄いですよ。女子供も剣術を習っている凄まじい国です」

「行くなんて、一言も言っていませんよ」


 しかし、祥玲はこの一言すら聞いていなかった。


「エスティアは嫌ですか。じゃあ、まずは宋禮領を知ることですよね。領内の外れ、エスティアと接している拝県はいけん辺りが良いですかね?」

「いい加減にして下さい。祥玲様」


 至近距離にいる祥玲の顔から逃れるために、莉央はそっぽを向いた。

 やはり、この男を相手にはうまく話を展開させることが出来ない。面と向かってみれば、違うかと思っていたが、そんなことはなかった。


「――私は、もう二度とここには来ないつもりです」

「何故?」

「貴方と私は、出会うべきではなかったと思うのです」

「残念ながら、私はそう思いません」

「私がここに来れば、翠塾内での貴方の立場さえ悪くなるかもしれませんよ」

「私のことを心配しているのですか? 前領主の家臣に、貴方と私が親しくしていることがバレたら、まずいとか? ないない。有り得ないですよ。どうせ、そういう人たちは、王英がとっくに、どうにかしてしてますって」

「だからこそ。何があるか分からないのではないですか。貴方のことを全面的に信用するわけにはいきません。まだ、貴方は私に隠していることが山ほどあるはずですよ」

「確かに、私は貴方に隠し事をしています。最大で、最悪なことを口にしていない。でも、莉央さん、それは私が貴方のことを好きだからです」

「はい?」

「分かってくれとは、言いませんけど」

「いえ。私には分かりました。貴方が心底、理解出来ない人だということは……」


 莉央があからさまな渋面を向けると、祥玲は肩を落として呟いた。


「やはり、信じてくれていないようですね」

「貴方の何を、信じれば……」


 言いかけて、咳き込みそうになったので、莉央は慌てて言葉を飲み込んだ。

 この部屋の状況に慣れているのか、はたまた、体がどうかしているのか、祥玲はけろっとしている。


「嘘はつきますよ。私は目的のために。でも、嘘の中にも必ず本音を潜ませています。人はね。完全に誰かを欺くことなんて、なかなか出来ないものなんですから」

「そうでしょうか。私には、貴方が分かりません。まるで、煙に撒かれているようです」

「――煙、……煙ですか。莉央さんは、うまいですね。ははっ。確かに、この部屋は本当埃っぽいですよね。ここで生きていたら、私も長生きはできないような気はします。我ながら上手いなあ……」


 めちゃくちゃに……。


(はぐらかされてる)


 莉央は憤然と、立ち上がった。

 分からないことは多数あるが、この男も王英と同じ人種なのだ。どうせ理解できない。


「祥玲様。お体のためにも掃除をして下さい。末永く、お元気で」

「――へえ。心配して下さるんですか? じゃあ、莉央さん。また、来てくださいね」

「もう絶対、来ません」

「そう言わずに。ね? 貴方が今度訪ねて来るときは、多少、綺麗にしておきますよ」


 祥玲は、ゆらりと立ち上がる。

 莉央を見下ろす小さな顔は、嫌味なくらい優しかった。

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