「彼女、宋禮領主に、一度お会いできて良かったというのは、本音だよ」


 回廊を歩きながら、キアノは志雄にエスティア語で語りかけてきた。


 一つに結った金髪が歩きにあわせて大きく光を描く。

 一方で、彫りの深い顔は、陰影を深く刻んでいた。


 ーーキアノは、今日初めて会った男だ。


 王英に接待をまかされたのは、本当だし、志雄は予めキアノがここに来ることすら、まったく知らなかった。

 初対面とは思えないくらい、貴賓室でぺらぺらと、喋り倒されて、勝手に友人扱いされてしまったが、志雄は精一杯一線を引いて対応していた。


「一体、貴方様は、何のおつもりで宋禮にいらしたのです?」

「新領主のお手並みを拝見したくてね。皇帝陛下には無理を言った」

「それで?」

「ああ、まあ、まだ未知数かな。さすがにあれだけじゃ、分からないよ。幼いというのは弱点だけど、裏を返せば彼女の側に強力な助っ人がいたということ。助っ人を側に置いておけるのは、彼女自身に魅力があるということだ。まあ、美人だとは思ったけどね?」

「しかし、あの方は……」


 傀儡かいらいです……と言いかけて、志雄は口を押さえた。いくら言葉が分かる者が自分以外いないとはいえ、ここでその台詞を口にするのは、怖かった。


「君の言わんとしていることは分かるけれど、まだ即位して半月じゃないか。領主様だって、これからだろう」

「……はあ」


 とりあえず、首肯しておく。


「ふーん。もしかして、君のその意見、そのままあのお方に報告してしまったのかな。大変なことになるよ。即位したての我が国王様は血気盛んだから」

「はっ?」


 志雄はとぼけてみせたものの、無駄だったらしい。


「将軍から、同志の話を聞いてね。君だろう? 同志というのは。一度君を見ておきたくてね。わざわざ無理を言ってエスティアから出て来たんだ。敵情視察も兼ねてね」

「…………声が大きいですよ。キアノ副官」

「大丈夫だよ。ここにエスティア語が出来る人間はいない。あの怖い大宰殿だって、喋れやしないんだ」

「……しかし」

「まあ、アイツがいたら危ないけど」

「…………アイツ、ですか」

「祥玲という男でね。宋禮の人間は彼以外知り合いがいないけれど、本当、何につけても、ろくでもない男だったなあ……」


 志雄は瞳を細めた。

 祥玲という青年のことは、志雄も知っている。

 初めて会った時の……人をくったような、祥玲の笑顔が脳裏に浮かび上がった。

 何もかも知っていそうで、何もかも知らないような。

 要するに、何を考えているのかさっぱり分からない男だった。


(祥玲様と、キアノが知り合い?)


 志雄は複雑な内心に蓋をして、キアノに尋ねた。


「その友人の祥玲様には、会っていかれないんですか?」

「いや、今は駄目だな。アイツに会ったら、大変な事になりそうだから。やめておくよ」

「大変?」

「丸めこまれるかも……」


 キアノは、あっけらかんと告げた。


「確かに、あの方は人の上に立っても、おかしくない空気は持っているかもしれません」

「しかし、人の上には立つまい」

「立つ……かもしれませんよ。緊急事態となったら、さすがに傍観はしないでしょう」

「それを君は阻止する? いや、支援するのかな。そうすれば、宋禮の内部はガタガタになる」

「私は、命令に従うだけです。余計なことをするなと厳命されていますし」

「ふーん。まあ、人にはそれぞれ性分がある。彼は賢い男だ。己の性分を心得ているだろうからね。君や、君の上司が考えているように動くかどうか……」


 志雄が羨ましくなるような、大きな瞳が志雄を覗き込んでいた。


「そして、君もね……」

「キアノ……副官?」

「君のその性分が、果たしてアイツの下にいて、役に立つのかな?」

「…………私は」


 志雄は言い返すことが出来なかった。

 分からない。けれども、志雄はこの道しか選べなかったのだ。


(仕方ないじゃないか……)


 去って行く、太陽のように陽気な純白の衣を見つめながら、志雄は腹を立てていた。

 出来れば、キアノ副官も連れて行きたかったが、仕方ない。

 キアノの友人である祥玲に、志雄は今から会いに行かなければなるまい。


 ―――これは、王英からの命令だった。

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