230話 突然の邂逅


「さて、手分けするっつったはいいけどよ……」


 俺は龍帝とやらを探すため、リィナ達と別れて森の中へと進みはじめた……のはいいんだが。


「こりゃマジで右も左もわかんねーな。初めての大陸で土地勘もねぇし」


 もともと俺は子供のころから森や山に踏み入ることはしょっちゅうだったから、見知らぬ土地だろうとそれなりに動けるつもりではいたんだが……。

 気候の違いはもちろん、生えてる植物もこの熱帯で育った見たこともねぇものだらけだし、踏みしめる土の感覚すらまるで違ってやがる。おまけにちょっとでも道を外れたら凶暴な魔物がうじゃうじゃ寄ってくるから油断できねぇ。


 それに加えて、龍帝捜索には何一つ手がかりがないときたもんだ。


「やっぱ、一人で捜索するなんて無茶だったってか……。いや、これは俺が言い出したことだ。あいつらが俺を信頼してくれたってのに弱音を吐いてどうすんだってんだよ」


 今更冷静になっても遅いってのに、俺は何をうじうじとだらしねぇこと言ってんだ。


 だが、ここで立ち往生していても刻一刻と時が過ぎていくだけだ。日が暮れるまでには街に戻っておきたいから焦って迷うわけにもいかねぇ。


「……焦り、か。やっぱり俺、焦ってんだろうな」


 リィナに指摘されたように俺はムゲンが知ってるっつー"真実"が知りたくてたまらない。けどよ、それはなんでだ? どうしてそこまでして俺はその"真実"を追い求める……。

 なにより、俺自身いったいどんな"真実"を望んでるっていうんだ? アリスティウスの語った話が嘘だという確信を得て、今までの恨みに決着をつけたいからか? それともあいつの話が本当あることを望み、すべてを許して綺麗に終わらせたいからなのか?


 ……どれだけ自問自答しても、俺の中にはいまだにその答えが見つからないでいる。


「だあああああ! 考えれば考えるほど頭ん中が真っ白になりやがる!」


 そもそも、俺はもともと頭を使うタイプじゃねぇんだからいくら考えたって答えが見つかるわけもねぇんだよ。……だからこそ、俺は"真実"が知りたい。俺の中の答えはきっと、それを知った先にあるはずだ。


「そのためにもまず、ムゲンの依頼をちゃっちゃと終わらせる……。っつっても、やっぱ龍帝捜索に当たって手がかりの一つもねぇのは……ん? まてよ、手がかりといやぁ」


 そういや龍帝が不在なのは森に逃げ込んだ奴を捜してるからって話だったよな。

 っつーことは、先にそいつをこっちで確保しちまえば龍帝も森を彷徨う必要はなくなるってこった。一人より二人のどちらかを見つけりゃいいんだからそれだけ確率も上がるはずだよな。


「もしかして今日の俺は冴えてんじゃねぇか……とも思ったが」


 その逃走してるっつー魔導師も俺は顔を知らねえ。ただ、こんな一般人には危険な森をうろついてる人間なんてそういねぇだろうし、人を見かけりゃそれだけで可能性はある。

 まぁ要するにドラゴンっぽいやつと魔導師っぽいやつを探しゃいいんだ、簡単なこった。


「しっかし、森の中を結構進んだつもりだが人っ子一人いやしねぇな。このままだとすぐに日が暮れちまいそうだぜ」


 俺は鼻が利くから迷うことはねぇが、この暑さのせいで体力が予想以上に削られるのが問題だな。夜になりゃ少しはマシになるんだろうが、月明かりだけで人探しは難しい。


「とりあえずこの辺りにマーキングして今日は切り上げるとすっか……」


 言っとくがションベンじゃねーぞ。鼻が利く亜人のために作られた、こすると強い匂いを発生させる使い捨ての固形物があるんだよ。これを近くの木にこすりつけてマーキング完了だ。


「そんじゃ、今日は帰ると……ん?」


 街までの帰路に着こうとしたその瞬間だった。森の奥から何か、俺の方に向かって近づいてくる気配を感じ身構える。

 どうやらその気配は脇目も降らず一心不乱に走ってるみてぇだ、俺の存在になんかまるで気づいちゃいねぇぞ。


 そのままあと十メートル……五メートル……ここだ!


「くそおおおおお! 私はいったいいつまで逃げ続ければいいんだ! もう逃げるのも限か……」


「獲った! チェストおおおおお!」


「んなぁ!? いきなり視界が反転し……ぐええええ!?」


 あ? 人間じゃねぇか? てっきり暴れてる魔物だと思ったから盛大に投げ飛ばしちまったぜ。

 ただ、なんでこいつはあんな必死になって走ってやがったんだ?


「おーい、大丈夫かあんた?」


 しっかしよく見るとこいつ森の中を進むにしちゃおかしな恰好してんな。動きづらそうな煌びやかな服……だったんだろうが、あちこちボロボロで穴だらけ、装飾もくすんでら。髪の毛もぼさぼさで泥だらけ、まるで何日間も森を彷徨ってたみてぇだ。


 ……ん? ちょっと待て……森を何日間も彷徨ったボロボロの男?


「き、貴様! いったい何者だ! なぜ私の邪魔をする!? こうしてる間にも奴が迫っているというのに!」


 それによく感覚を研ぎ澄ましてみりゃ、この男の体からは魔術の反応が感じられる。そういや結構走るスピード早かったからな、強化の魔術でも使ってたのかもな。

 まぁんなことはどうでもいい……とにかく重要なのは。


「おいテメェ、魔導師だろ。それも龍帝とかいうやつに追われてる」


「た、確かにそうだが貴様はいったい……」


 よっしゃー! やっぱり今日の俺は冴えてるし運もいいぜ!

 これでこいつを街まで連行すりゃ、逃走者が捕まったって大陸中に広がって龍帝も諦めて戻ってくる。そうすりゃ任務達成だ。

 まさかたった一日でここまでことが上手く運ぶなんて思ってもみなかったぜ。絶対に数日はかかると思ってたからな。


「よーし大人しくしろよ。これからお前を魔導師ギルドに連行すっからな」


「ま、魔導師ギルド!? つ、つまり私の窮地を救うためついに魔導師ギルドが本腰挙げてくれたということなのですね! は、ははは……やった、私はついに助かったのだ!」


 なんかこいつ勘違いしてねぇか? いや、というより魔導師ギルドが新しくなったことすら知らねえみてぇだなこりゃ。ま、いちいち説明すんのもだりぃしこのまま勘違いさせといて連れてくか。


「ほれ立て、とりあえず街まで戻んぞ」


「おお、つまり街も我らの手に戻ったということですか。早く向かいましょう! 奴に気づかれる前に!」


「奴……? そいつはいったいな……ッ!?」



ドォオオオオオオン!!



 ……俺がその言葉に疑問を持つと同時だった。瞬間背筋に感じたその強烈なまでの闘気に俺の体は反射的に動き、魔導師の男を突き飛ばし俺自身も瞬時にその場から飛び退いていた。

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、段々と土煙が晴れようやく状況を理解できたぜ。


「ひ、ひぃいいいいい!? どうしてもうこんなことろまで追いついているんだあああああ!」


 魔導師の男が怯える視線の先には、先ほどまで俺達が立っていた地面が完全に陥没しており、そこに一人の大男が立っている。そいつはゆっくりと顔をあげると俺達へと向き直り……。


「ふむ、どのような事情かは知らぬが……獣の青年よ、我はその男に用がある。済まないがこちらに引き渡してはもらえぬか」


 まるで何事もなかったかのようにあっさりとした態度でこっちに向かってきやがる。何者だか知らねえが、どうやら狙いはこの魔導師みてぇだが……。


「悪いが、そいつはできねぇ相談だぜオッサン」


 どういうつもりかは知らねえが、こちとらせっかく見つけた任務の鍵だ……そう易々と渡してたまるかってんだ。


「ううむ、我はまだオッサンという歳ではないのだがな。それはそうと、穏便に済ませられればそれに越したことはないのだが……どうやらどうしても譲る気はないと見える」


「当たり前だ。こちとら必死なんだよ」


 どうもあのオッサンも譲る気がねぇ以上、実力行使で奪い取る気満々らしいな。ま、そういうのわかりやすくて嫌いじゃねぇけどよ。

 ただ……強ぇなこのオッサン。身長二メートル以上は確実にある巨体に屈強な肉体から見てもただ者じゃねぇ。何の亜人かはわからねぇが頭に黒い角が生えててトカゲみてーな尻尾も生えてんな。

 極めつけは……奴の纏う闘気だ。感覚の鋭い俺だからこそわかるが、魔力とは別に得体の知れねぇ"強さ"みてーなもんがひしひしと伝わってきやがる。


 だが、俺はもう引き下がらねぇって決めたんだ……たとえ誰が相手であろうとな。


「……」


「……」


 それ以上俺とオッサンは言葉を交わすこともなくお互いに構えをとる。ああ、もう言葉はいらねぇ……勝者はすべてを手にし、敗者はすべてを失う。単純でわかりやすくていいじゃねぇか。


 互いの間に流れる緊張感……俺もオッサンも動かず相手がどう動くかを伺ってる。ま、互いにどんな戦い方をするのか知らねぇんだから当然だ。

 ……けどよ、やっぱ待ってるだけってのは俺の性に合わねぇぜ!


「くるか……」


 オッサンも場の空気が変わったのを感じ取ったのか、俺の先制攻撃に備え始める。が、俺だってそんなのは承知の上だ。

 この一撃……受け止められるなら受けてみやがれ!


「怪我しても恨むなよ! 獣王流地ノ章、"一ノ型"『牙点ガテン』!」


「……!? これは!」


 弾丸のように飛び出した俺の肉体は高速で相手の体の中心めがけて飛び、鋭い槍のごとき足突きが正確にオッサンの急所を捉えた! と、完全に決まったと思った一撃はいつの間にか構えられていた腕により防御されていた。しかもこの腕……。


「か……堅ぇ!?」


「ぬうう……ハッ!」


 クソっ、普通なら防御したはずの腕がぶっ飛ぶほどの貫通力を誇る『牙点ガテン』があっさり防がれた上にそのまま弾かれちまった。


「うむ、いい一撃だ。まさか我のスケイルにここまでの衝撃を与えるとは。それに大した速さだ……速さだけならばこれまで我が相対した者の中でも一、二を争うであろう。ふむ、これはどうやら稽古をつけるというレベルに留まりそうにないか」


 こっちは結構本気の一撃だったってのに余裕ぶりやがって。しかも……なんだあの腕? なんか鱗みてーのに覆われて、手にも爪が生えてるぞ?

 まぁんなことはどうでもいい。とにかくこのまま舐められっぱなしってのも気分が悪ぃ。こうなったら何としても本気を出させてやる。


「いつまでも余裕そうな顔でいられると思うなよ……『雷動ライドウ』!」


「さらに速さを上げてくるか。だが、お主の武器がその速さと理解した以上、後れを取る我ではないぞ」


 ハッ! さっきの一撃で俺の戦い方理解したってか? 言うだけなら誰にでもできるぜ。テメェはまだ『獣王流』のすべてを理解してねぇ、こいつをくらってもまだ同じことが言えるか!


「むっ……後ろか!」


「かかったなオッサン! 今だ、"四ノ型"『四肢猿断シシエンダン』!」


 四ノ型は相手の集中をすべて背後に向けさせた隙を狙い、ほぼ同時に四方向から跳びかかるように相手の四肢を破壊する技だ。

 そこに俺のスピードを合わせれば不意を突かれた状態での対処はまず不可の……。


「詰めが甘いな若者よ」


「なっ!?」


 不意を突かれたってのにこのオッサンは何一つ動じることなく俺の連撃を一つひとつ丁寧に受け流しやがった。勢いあまってバランスを崩した俺の体は当然のように地面に投げ出されて……。


「ぐえっ! クソっ、なんであんな正確に……しかも俺のスピードについてこれるなんて……」


「我が『龍感覚ドラグセンス』をもってすればお主がどこからどの順番で攻撃をしてくるかを読むなど造作もない。さらに、お主の速さは中々のものだが、こと密着するまで近づきさえすれば最小限の動きによる我の最大速で充分に対応可能だ」


 マジで俺のやること全部お見通しってことかよ。このオッサンはいったい何者なんだ、この俺がまるで手も足もでねぇなんて……。


(受け流した……とはいうものの、受けた部分が若干痺れている。この者の持ち味は速さだけでなく攻撃の正確さも併せ持っているか。しかもその攻撃の一つひとつが真っ直ぐな想いが込められている。このような者がなぜあの悪党をかばうのか……)


 しかし、スピードを活かした攻撃が利かないってのは厄介だ。いや、そもそも俺の攻撃はあのオッサンに届くのか……。クソっ、俺はこんなところでつまづいてる場合じゃねぇんだ……俺は、早く真実に……。


「若者よ、拳に迷いが見えるぞ」


「ッ!?」


「拳の迷いは心の迷い……お主の中には大きな心の揺らぎがあり、それに答えを出せないでいる。そうであろう」


「んなことテメェにゃ関係ねぇだろ。それともなんだ? 俺を動揺させようっていうこすズルい戦略なんかか」


「違う、我が言いたいのは……そのような迷いのある拳では我に届くことはないということだ」


 ……言ってくれるじゃねぇか。確かに俺ん中には迷いが一杯だ、今でも頭ん中にそのことがちらついて離れねぇ。

 けどな、だからっつって俺のやるべきことが変わるわけじゃねぇ。


「俺の中に迷いがあるなんて自分が一番よくわかってんだよ。その迷いにどう決着をつけるべきかもまるで答えなんて出てこねぇ……。だったら、ただ真っ直ぐ進むしかねぇじゃねぇか!」


(闘気が膨れ上がっていく。いやこれは……あの者の獣としての本能が覚醒しているのか!)


「俺の未来は俺が決める! いくぜ、『獣深化ジュウシンカ』ぁ!!」


 さぁ! ここからが本番だぜ、オッサンよぉ!


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