134話 気まずい同居生活


 そう、彼女の名はセフィラフィリス……この中央大陸に存在する大国『シント王国』内でその実権を握る“女神政権”の象徴、"女神"その人なのである。

 “女神政権”……それは世界中で浸透する"人族主義"の大本ともなった存在であり、私は幾度となくその手の息のかかった問題の関係に関わってきた。

 それらによって多くの悲しみを生み出された者を見てきた私にとっては、奴らは許容することのできない存在だ。

 ……なのだが。


「「いただきます」」


 なぜ私は今、その親玉ともいえるセフィラと二人きりで食卓を囲み、彼女が作った料理を食べているのだろうか……。


「……美味いな」


「当たり前じゃない。誰が作ったと思ってるのよ」


 相変わらず態度の大きい奴だが、料理に関して言えば本当に美味いので文句も出ない。

 そして、再び沈黙が訪れる……。


モグモグ……


 響くのは、食器の擦れる金属音と微かな租借音だけ……。


((き、気まずい!))


 そもそもなんでこんな何事もなかったかのように普通に食事することになってんだ!

 いや、もっと話すべきことはたくさんある、きっと。


(でもその話題になるとまた口論になりそうだしなぁ)


 というか、あちらも戸惑っている様子なのは見ていて明らかだ。

 だからこそ、他愛もない会話を途切れ途切れ続けるしかなくなっている。


「……ソース、あるか?」


「……はい、これ」


「サンキュ……」


カチャカチャ……


(あああああ! なんなのよもう! なんでこういきなり帰って来るのよ! いや、あたしとしては願ったり叶ったりだけど……こうもあっさりされてちゃこっちもどう対応していいかわかんないわよ!)


 なんだかセフィラの表情が愉快なことになっている。

 いや、うん……これは私も悪いと思っている。セフィラにしてみれば警戒されて当然と思っていただろうし、こんな自然な形で帰還されるなんて思ってもみなかったはずだ。


 いやだってさ、あそこまでされたらこいつももう帰るしかないんじゃないかって思ったし……。

 本当に一人寂しくお留守番してるなんて思ってなかったからさ。


(ってことはこいつ、この寮で一ヶ月近く一人で過ごしてたのか……?)


 そう思うとなんだか……ちょっと可哀想になってきた。フィオさん達もたまにやってきていたとは思うが、こいつにはこの街で他に行く当てなんてなかっただろうし……。

 毎日食堂で働いて、買い物を済まして帰宅する日々……。


(でも、そうなるキッカケを作ったのは私なわけで……)


 うぐぐぐぐ……いやな、違うんだよ。私だってそんな可哀想な孤独少女を作り出すためにそんなことしたわけじゃないんだよ!

 ああ、でもなんか罪悪感ががが……。


(あいつなんであんな苦しそうな顔してるんだろ……)


 ……気まずい、非常に気まずい。

 なんだろう、この世界に戻ってきて今一番の難関に差し掛かってる感じは。

 焦るんじゃない、私は腹が減っているだけなんだ。とりあえず食べよう……。


「……」

「……」


モグモグ……


 ……美味い。うん、文句のつけようもない出来栄えで箸が止まらない。味も日本食風にアレンジされているために私の舌にも絶妙に合う。

 だが不味い……飯がという意味ではなくて。これが少しでも微妙な出来栄えなら文句の一つでも言ってやってから別の方向に話を進ませるか……とか考えてもいたんだが。


(どうして料理はこんなに上手いんだよ……いい嫁さんになれそうだな)


 ではなく……。ああ、このまま再び硬直状態に……。


「ワウン(あのー……これ以上グダグダするのも面倒くさいんで割って入っていいっすか)」


「「……!?」」


 いつの間にかご飯を食べ終えていた犬が「やれやれ……」というような表情で私達を見ている。


「ワウワウ(確かにぼく達にはこれまで色々あったから気まずいのはわかるっす。でもこのままじゃいけねっす……ここはもう一度しっかりとと腹を割って話すべき時が来たと考えるべきっす)」


「……お、おう。確かに」


 というかお前そんなキャラだったか……? なんか妙にキリッとしてるし。

 まぁしかし犬の言うことはもっともだ。

 初対面の印象は最悪だったセフィラだったが、いつまでもそれを引きずるほど私は頭が固いわけじゃない。


 むしろ私としては、セフィラの方にキチンと話し合う意思があるのか気になるところなんだが……。


「わ、わかったわ。一度、ちゃんと話し合いましょう……。前は……その……あたしもちょっと無神経だったかな……って思ってるし」


 ……んん? なんだ、どうした……え、なんか急にしおらしくなってない?

 いやまぁちょっと萎縮してしゅんとしてる姿には中々に保護欲をかきたてられる……って違う。今は真面目な場面だから。


 もしかして私の油断を誘って何か狙っている……なんてことがあるのかねぇ。

 今までのセフィラを見ている限りではそこまで頭が回るようには感じられないんだが……。


「え、なにお前? ほんとにあのポンコツ女神? 物分かりよすぎない? 頭大丈夫? 誰かが化けてない?」


「ちょっと、せっかくこっちが折れてあげてるっていうのに何よその言い草は! あたしの頭はいつだって正常よ。それに、このあたしの美しき造形をマネするなんて誰にもできないわ。オーラが違うの、オーラが!」


 あ、いつもの調子に戻った。

 まぁしかし、それならどんな心境の変化があったのか気になるところではあるが、今は置いておこう。


 話すべきことは他にある。私は箸を置いてセフィラに向き直る。


「セフィラ、お前の目的は新魔族の滅亡……だったな」


「……そう、奴らの目的はあたしを消すこと。だから、奴らを根絶しないとあたしはいつまでも……」


 そう話しながら体を小刻みに震わせるセフィラ。自分の命を狙う者達への恐怖……か。

 しかし、私としてはこのセフィラの意見には多少反論したいものがある。


「お前の言い分は確かにわかる。だが、すべての新魔族を根絶するという点に関しては納得しかねないな」


「ッ……なんで! 奴らはあたしを消すためにそのすべてをこちらに転移させたの! それほどまでにあたしを消したがってるのに!」


「だが、それは2000年前のことだ。新魔族の寿命はまちまちだと聞いているが、当時の考え方を持っている奴なんてほとんどいないだろう? こちらの世界に移り、世代交代を果たして考え方が変わる者だっているはずだ」


 新魔族すべてが同じ意思で動いているわけではない。私は実際にその例を見ている。

 サティアだ、彼女は新魔族でありながらこの世界の人間達と共存していくことを選んだ。

 それと同様に、新魔族にも昔と違う新しい考えを持つ者が生まれているとは考えられないだろうか。


「だからこそ、対処すべきは"新魔族すべて"ではなく、"セフィラの命を狙う者"に絞るべきじゃないのか?」


 まぁ新魔族はこの世界を自分達のものにしようと動く邪な輩もいるが、それとセフィラの命を狙うことと直結してるわけではないだろうし、そこはこの世界に生きる者達が対処すべきことだろう。


「まぁ……私だって不本意ではあるがこうして巻き込まれたわけだし、元の世界に帰るために協力してくれるっていうなら戦いに積極的じゃない新魔族と交渉や過激的な奴らを抑え込むことに協力するのもやぶさかじゃ……」


「違うの!」


 突然、セフィラが机を叩き立ち上がる。

 その表情は、どこか焦っているというか……鬼気迫るものを感じさせた。

 まるで、私には見えていないものを見ているようで……。


「あいつらは殺さないといけないの! 根絶やしにしないと駄目なの! じゃないと、この世界も……!」


「……なに?」


 今セフィラはなんと言った? 「この世界も」と確かに言った。

 わからない、セフィラの語る話は今の私では理解が追い付いていかない。


 先ほどの言葉以降、セフィラは立ち尽くして黙ってしまう。

 私は思わず立ち上がり、セフィラの肩に掴みかかった。


「おい、どういうことだ。一体何が起こるというんだ! 噓偽りなくすべて答えろ!」


 ここまできたらもう無視できない。すべてを聞くまでセフィラを逃がすまいと意気込む……が。


「え……! あ、あれ……な、何よそんな怖い顔して。……って痛い! ちょっと、痛いってば!」


「あ、ああ……すまん」


 なんだ……セフィラの態度が急に変わった? いや、これは戻ったというべきか。

 ともかく、先ほどまでの狂気的な空気が今のセフィラからはまるで感じられない。


 だが、先ほどの出来事や聞いたことは決して私の気のせいではないはず……。


「セフィラ、答えろ。この世界がどうなるというんだ、新魔族を根絶やしにしないといけないのはなぜだ」


「え、え? あ、あたし、そんなこと言った?」


「ああ、確かに言った、新魔族は根絶やしにしなければいけない……そうじゃないとこの世界も……と」


「なにかの聞き間違いじゃないの?」


「ワウ(いいや、ぼくもしっかり聞いたっすよ)」


「うそ……」


 これは……一体どういうことだ? この様子、嘘はついてない……ように感じる。

 つまり、先ほどの発言はセフィラの意思ではなかった?

 ……駄目だ、今は考えても何も浮かばない、情報量が少なすぎる。


「とにかくだ。セフィラは新魔族すべてがこの世界から根絶するという意見は変わらないんだな」


「そう、そうじゃないとあたしは安心できない」


 これ以上この話題を進めても平行線になりそうだな……。となれば、話はまた別方向へ持っていかなきゃならんな。


「ハッキリ言ってお前の考え方には賛同できかねる。……だが、条件しだいではそちら側につくことも考えないわけじゃない」


「え?」


「私は今異次元へのゲートを開く装置を完成させつつある。だが、それで日本に帰ることはできない。どうしても座標が合わないんだ」


 前回の魔石採掘によって、確かに魔導ゲートは完成した。この世界の七元素を輪として円の内側の力を外側に漏らさないように、そして異世界へ繋がる空間術式を内側に発動させて扉を作る。

 そこまでは理論上うまくいってるんだが……無造作に作った空間の道など何処に繋がってるかわかったもんじゃない。

 通った先はまた別の世界や、もしかしたら人の生きていられる環境じゃないところに飛ばされる可能性だってある。

 しかも一方通行で帰って来ることはできない……。私はそんな確率の低い賭けなど毛頭するつもりはない。


「お前に協力することは、新魔族に近づくということにもなる。ついでにお前の転移能力についても少々調べさせてもらおう……ってことだ」


「……ちょっと待って。それってもしかしてあたしの体を調べるってこと? ……いや! この変態! あたしのこの汚れない美しい肌をどうしようっていうの!」


「フフフフフ……私の研究から逃げられると思うなよ? 貴様のその体を舐めまわすように調べつくしてあられもなくしてやるぜぇ~」


 半分冗談のつもりだったが、なんかちょっと楽しくなってきた。


「くっ! どれだけ汚されても……心までは屈しないんだから!」


 お前もノリいいな……。


「ワウン(茶番はそのくらいにして、今日のところはひとまずお開きにしようっす)」


 犬のやつ完全に進行役になっていたな。こいつも妙なところで変な才能発揮するよな。

 ま、ともかく、私も旅から帰ってきたばかりで疲れているし、この議題に関しては後日じっくりと話し合うことにしよう。意外とその時間はありそうだし。


「そんじゃ、私は部屋に戻って休むとしますかね」


「ちょっと、汗くらい流しなさいよ、少し臭うわよ」


 確かに……ここ数日は良くて水浴びしただけで相当不衛生のはずだ。

 となると風呂の用意をしないといかんのか……うーむ、疲れと面倒くささが私のやる気を削いでいく。


「お風呂ならもう湧いてると思うから、さっさと入りなさいよ。後がつっかえてるんだから」


 ほんと……いい嫁さんになりそう。


「そんじゃ行ってきますか。あ、それとも一緒に入るか! 背中を流してくれるとなお嬉し……」


「さっさと行け」

「ワウ(さっさと行くっす)」






 こうして風呂にも入ってさっぱりと疲れを癒した私は自室で今後の行動を改めて考えることにした。


「ワウ?(それで、ご主人はこれから結局どうするんすか?)」


「魔導ゲートに関しては後は組み立てを終えれば完成する。……しかし先ほども言ったように日本の座標を掴むことができない」


 その要素だけがどうしても完成しないのだ。

 だからこそセフィラの扱う次元転移の能力の究明や、行きたい場所に特異点の道を発生させる技術を持つ新魔族への接触を試みたいと思っている。


「なので、形だけでもセフィラに協力するのは悪くないとは思うんだが……」


「ワン?(何か気になることでもあるんすか?)」


「そりゃ……今までのわだかまりとか、あいつが妙に物分かりがよかったとか疑問はあるしな……」


 それにあの時の……セフィラのあまりにも怯えた表情だ。私にはあれが、セフィラの意思とは違う別の何かがあるように感じた……気がする。

 それを私が気にしたところで、何がどうなるというわけでもないとは思うが。


「ワウワウ(まぁつまり、セフィラさんのことが気になってるってことっすよね)」


「否定はしない……というより今の私ってなんか主人公っぽい役回りじゃね?」


 最初は嫌い合っていた二人が時間をかけてただならぬ雰囲気へと向かっていくストーリー……。

 いけるのか!? これはそういう物語だったりするのか!?

 私としては自分では抑えきれない恐怖に怯えるセフィラヒロインを私が支える立場になって、問題解決後に二人で幸せに日本で暮らすルートを希望します。


「ワウ……(またご主人はあり得ない妄想を……)」


コンコン


 おや、こんな時間に来客か? とはいっても現在この寮には私と犬とセフィラしかいないので、必然的に来訪者は特定できるとは思うが。


「はいはい今開けますよっと……」


 扉を開けると小柄な人物が一人、私の部屋の前でたたずんでいた。


「……こんばんは」


 そこにはセフィラがどこか不安そうな表情で私を見つめ、立っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る