116話 希望の裏側で
さて、あれから現在私達は村に辿り着き熱烈な歓迎を受けている真っ最中だ。
いきなりそんな状況からスタートされて困惑すると思うが、特に面白い場面も無かったので割愛。
まぁざっくり簡潔に説明すると、到着→話を聞く(大体前回聞いた話と一致)→エリオットが名乗りを上げる→村人が「おお……あの噂の……」。
といった感じで、エリオットの知名度のお陰で村の人達も少し希望が湧いてきたようだ。
若い娘なんて「お願い、私を悪竜から守って!」と童顔イケメンに群がる群がる。
「ワウ? ワウン(ご主人はあそこに混ざらなくていーんすか? あわよくばご主人のとても見つけにくい魅力に惹かれる女の子もいないでもないかもしれないっすよ)」
「イケメンのおこぼれにあやかるほど落ちぶれたつもりはないんでな。出発までは好きにさせてもらうさ」
つーか犬、お前私を褒めてんのか貶してんのかどっちなの?
今日はもう日も落ちてきたので悪竜討伐ツアーは明日決行となった。
エリオットが演説中私は暇なので、こうして今夜泊まらせてもらう家の中で一人黙々と魔導ゲートに使用するエネルギータンク制作のための図面を引いているところだ。
「僕はこの"
窓の向こうでは自慢の大剣を掲げ決意表明を宣言するエリオット。
まぁ村の空気は全体的に暗かったし、こうして盛り上げてくれるのは悪いことじゃない。
「ワウン? ワン(けどあの剣って本当に竜に対して有効な武器なんすかね? 前の魔物との戦じゃよくわからなかったっすけど)」
「いやいや、ただ単にドラゴン相手にすることが多かっただけだろ。あの剣にそんな特性ありゃしないっての」
「ワウ(あ、やっぱなんか知ってるんすね)」
気づいたのは昼間の戦闘時だ。
私の知っているものとは少々形が変わっていたが、長い年月をかけて装飾やらが変わっいったと思えば確かに前世で知ってるものだと確信できた。
「あれは前世で生きていた時代に私の下で作られたドム爺最高駄作の一つだな」
「ワウ?(ドム爺?)」
「前世の仲間の一人で私達が扱う武具の最高責任者だった人間だ」
ドム爺はドワーフ族最高の工匠であり、彼の作る武器なくして私達はあの時代を生き残ることができなかったと言えるほどの人物。
酒好きのドワーフ族の中でも特に酒豪でもあったため、私とはよく共に晩酌をする仲でもあった。
「ワウン(ドワーフってことは以前出会ったあのミーコちゃんとおんなじってことっすね)」
「そうだな。とはいってもドム爺は本当にずんぐりむっくりで眉毛髭ボーボーの日本でよく知られる『これぞドワーフ!』感バリバリの爺さんだったけどな」
昔はどこに行っても鍛冶場で金槌を叩いていたドワーフ達も、今ではすっかり見かけなくなってしまった。
ブルーメの街でたまに姿を見かけることもあるがその数は数えるほどしかいない。
数年前にもミーコが暮らしていた国も近隣の帝国に飲み込まれたそうだし、今の時代では彼らの技術が日の目を見る機会は本当に少なくなっているようだ。
「ワウワウ(しかしなんなんすか、その最高"駄作"っていうのは)」
「それはまんまあの剣の性能のことを言っている。ドム爺いわく『人の成長を止める剣』だそうだ」
そう、あれは今の時代の使い手が扱えばほとんどの者はそんなことは絶対に思わない一品にはなる。
あの剣の特性、それは『使い手の体内のマナを勝手に調整してある程度まで技量を引き上げる』という至ってシンプルなもの。
しかし"ある程度"というのが問題であり、最高でも中型の竜型魔物を普通に倒せるレベルである。
今の時代、竜型魔物を倒せる人間はそこそこしかいない。
そう、そこそこなのだ……昔なら魔力と回路が整い始めた者ならば倒せるほどの魔物に。
「ワウン(でもエリオットくんは剣のおかげであそこまで強くなったって風潮してるっすし、そこまで悪いものでもないんじゃ)」
「そこがあれを最高駄作と言わしめた最大の由縁なんだ……」
あれの最大の特徴、それは使い手が剣を使用している時に『どんな戦闘でも自分が同じレベルで戦っていることに気づかない』ということだ。
それ故にあれの特性を知らず使い続けている使用者は、自分がそれ以上強くなれることを理解できずに一生を終える。
以前、私が自分の団を作り出した間もない頃、資金源としてさまざまな武具を生産し紛争中の諸国に売りさばいていた。
そんな中堕落し誰もが魔法の鍛錬を怠っていた国が戦争の危機に瀕した際、その国の王がこの剣をいたく気に入り量産を求めてきた。
ドム爺は渋っていたが活動資金のためにとしぶしぶ作ってくれた。
……結果、その国は他国と同等かそれ以上の兵力を得た……が、その栄光は数年も持たず崩壊する。
剣の力に頼りきり自らの能力を育てる努力を怠ったため、他国の成長についていけず結局侵略されることとなった。
「そん時に全部廃棄されたと思ったんだがな、思いがけないところで出くわすもんだ」
「ワウ~(ほへ~、それじゃあエリオットくんもいつかは壁にぶつかる時がくるってことっすか)」
「そういうこった。まぁそれを剣のせいにしろ自分のせいにしろ、自ら気づいて別の成長の仕方に気づかなければそこで終わりだ」
私はそれを教えてやる義理も義務もないのでスルーさせてもらう。
あるいは今回の悪竜討伐においてその時がくるかもしれないが、どう対処するかはすべてエリオットが決めることだ。
「さて」
ガチャ
「……ん? なんだ、あんたここにいたの」
設計の図面もキリのいいところまで仕上げ一息ついていたところで外に出てみたところ、家の壁にもたれかかるように立つ人物が一人。
“氷結の魔剣”ミネルヴァ……今回のメンバーの中で未だ謎多き美少女である。
「そっちこそ一人か? 他の連中はどうしたんだ?」
「まだあっちの方で馬鹿みたいに騒いでるわよ」
指し示された方向を見てみると、ミネルヴァの言うとおりエリオットがまだまだ女子からキャーキャー騒がれ年配方からは拝むように崇められている。
「ああいう騒がしいのは好きじゃないから、非難してきたの」
「その割にはエリオット達にはついていくんだな」
「……」
この質問はNGってとこか。
ますますこの子が何を考えているかわからないな。
借りを返すとは言うものの、そこまで大きな借りとも思えないし、彼女の性格からしてエリオットの側に留まる理由があるとも考えにくい。
ヘヴィアを除く他のメンバーのようにただエリオットに好意を寄せているから……という理由であればただ単にクーデレなだけとして納得はするが。
「……ねぇ、あいつらと一緒にいるわたしは……幸福に見える?」
「それはどういう……」
「ごめん、今のナシ。忘れなさい」
っておいおい、自分から質問しておいてそれはないでしょうに。
……しかし、少々意味深な質問だな『自分が幸福に見えるか』などと。
まるで本当は不幸だと言わんばかり……いや、というよりは不幸なのに他人からは幸福に見えていたいと言っているように聞こえるのは私の考えすぎだろうか。
彼女に対してそこまで考えてしまう理由は……。
「バケモノ……だったか?」
「忘れなさいって言ったでしょ……」
どうやらミネルヴァはこの話を蒸し返されることに相当ご立腹のようだ。
だが、それでもなぜか気になる。
何か、胸の奥がとてもざわつくような……そんな違和感が今の私の感情を突き動かしている。
"彼女を放ってはいけない"、誰かが心の中で囁いているような……。
「そうだな、ほんの少しだがおかしいと思う点はここまでにあった。ミネルヴァ、お前は私をエリオットのパーティから追い出そうとしてないか?」
自主的についてきたヘヴィアと違い、私はこのパーティに半ばしぶしぶついてきたようなものだ。
そんな私に対してだけの警告のような物言いや、私にのみ危険が及びそうになる攻撃の仕方。
「違う、ただ私の側にいると危険だと警告しただけよ」
「同時期に加わったヘヴィアもいるのに、わざわざ私だけか?」
思えば最初から彼女は私を自分たちに関わわせないようにしていたようにも思える。
酒場の一件にしても、今思えば大衆の前であれ以上揉め事が起きないよう誘導していたようにも見える。
「つまり、自らパーティに入るような者にあからさまに警告をするとマズイ……パーティ内の空気が極端に悪くなるのを避けていた?」
「ちょっと、妄想もそこまでいくと言いがかり……」
「そして先ほどの質問の意味から考察していくと……。自分が幸福に見える状態と、それに関わる人間を限りなく抑え……周囲を巻き込む自らの不幸の被害を最小限に……」
ヒュッ……
瞬間、私の鼻の先を鋭いものがかすめる。
見れば、ミネルヴァの手には大鎌が握られており、それを振るったのだと理解できた。
その表情は悪鬼の如き怒りを露にし、目に見えるものすべてを切り伏せるかのような気迫を纏わせていた。
「それ以上喋ったら……殺すから」
その瞳は今まで何事にも冷たい印象の彼女からは見たこともないような熱い殺気を放っている。
底が見えないほどの果てしない怒り、たった十数年しか生きていないように見える少女がここまでの殺気を放てるものだろうか……。
しかし、少し踏み込みすぎたか。
これが彼女の本気だとしたら、強い。
言葉にしてみれば単純のように思えるが、彼女の強さは他を圧倒している。
気迫だけで言えば新魔族、それも七皇凶魔に匹敵するのではないかと思えるほどに。
これほどの力をどうやって手に入れたのかと聞きたいが、これ以上口を開けば今度は先ほどの一閃が私の首に飛んできそうだ。
(さて、どうしたものか)
下手に刺激するのもやぶへびになりそうな予感もするし、ここは黙って退却……。
「わー! すごーい! おねえちゃんかっこいいー!」
「「!?」」
突然聞こえた第三者の声。
私とミネルヴァは同時に驚いて声の方へ戦闘態勢を整える……が、そこにいたのは。
「ねーねー、おねえちゃんもあっちのおにいさんといっしょにわるいドラゴンをやっつけにいくんだよね!」
「え、いや……その」
私の守備範囲にには収まらないロリっ子、いやこれはもうペドっ子と言っていい幼女オブ幼女が立っていた。
殺伐とした雰囲気を微塵も感じ取れないその無垢なる感性はミネルヴァの鎌を構える格好から悪竜討伐メンバーだと認識したようだ。
「おねえちゃんおねがいします。どうかわるいドラゴンをやっつけて、みんながまたえがおでわらえるようにしてください」
「笑……顔?」
「うん、わるいドラゴンがやってきてからみんなずっとしたみてるの。でもね! おねえさんたちがきてまたみんなえがおになったの!」
だから、悪竜が討伐されればこれからも村人に笑顔が戻ってくると信じているのだろう。
「おとーさんがね、このままだとみんなむらからいなくなっちゃうかもって言ってたの。あたし、そんなのやだなぁ……」
それは、全員が村を捨てて他の土地へ移住するという意味なのか、はたまた悪竜にすべてを奪われると言う意味合いなのか。
どちらにせよ、この歳の子供には辛いものがある。
「……」
心なしか、ミネルヴァの表情に辛さが浮かんでいるような、どこか悲しんでいるような、そんな感情が垣間見えたような気がした。
「だからおねがいします。どうかわるいドラゴンをやっつけてください」
そう言いながら差し出されたのは可愛らしい一輪の真っ白な花だった。
純白の白……これは不純のないまっすぐな心の表れであり、その者の純粋な気持ちが反映された証。
「あなた、村の人達のこと……好き?」
少女から花を受け取りながら質問するミネルヴァ。
「うん、おとーさんもおかーさんもおじいちゃんもおばあちゃんもおともだちみんなもだいすきだよ」
「そう……」
その言葉を聞いたミネルヴァはどこか満足したような顔をすると、鎌を収め少女の頭を優しく撫でる。
ミネルヴァはこの少女に一体何を見ているのか、もしかしたら彼女の過去に何か関係しているのかもしれない。
だが今はよそう、この穏やかな空気をぶち壊すほど私は空気の読めない人間じゃないんでな。
「ね、おねえちゃんもあっちいこ! ドラゴンとうばつのまえいわい? なんだって。おいしいたべものもたくさんあるよ!」
「わ、わかったから引っ張らないで……」
少女に引かれながらこの場を後にするミネルヴァ。
その手には先ほど少女から手渡された魔色花が白い花弁を揺らしていた。
しかし……。
(少女が持っていた時とは違い根本が黒い……か)
根本が黒いのはその心の奥に底知れない怒りや恐怖、そして絶望を抱えているから……。
ミネルヴァは悪い人間ではないいうことは魔色花の表層の色からしてもわかる。
しかし、彼女の抱える"何か"がきっとあの時私に対して向けた強烈な怒りの権化なのだろう。
「しっかし、私もどうしてそこまで気にかかってしまうんだろうな」
この世界に戻ってきてから度々感じるこの感覚。
なぜだか気にかかる者というのはこれまでに何人も会ってきた。
「はぁ、これも考えてもわからんな。この話はもうやめやめ」
さて、気持ちを切り替えて……これからどうするか。
ミネルヴァと少女が離れていく中私はまたもや犬とこうしてポツンと寂しくしてるわけだが。
「あ、いたいた。ムゲンさん、こんなところにいたんですね」
ミネルヴァとすれ違うようにやって来たヘヴィアが私を見つけて駆けつけてくる。
「こんな私を気にかけてくれるなんてあなたは天使かなにかですか」
「いや、ちょっ何言ってるか意味わからないんですけど」
まぁ馬鹿な会話はここまでにしておいて。
ヘヴィアも姿が見えない私とミネルヴァを探しに来てくれたらしく、少女に連れられてくるミネルヴァを見てこちらを気にかけてくれたようだ。
「それじゃあ私達も行くとしますか」
「……」
「ヘヴィア?」
「え? あ、はい、行きましょう」
何やらボーっとどこかを見ているようだったが……。
視線の先には……ミネルヴァか、そういやこの二人が絡むことってほとんどないな。
「ふふ、どうやらミネルヴァさんも楽しんでるみたいですね。私あの人とそんなに接点ないですし、道中もずっと不機嫌でしたから私が何かマズいことでもしちゃったのかと不安だったんですよ」
楽しそう……か。
ヘヴィアにそう見られているってことは、今ミネルヴァは他人から見たら幸福な状態に見えるのかもしれない。
それが彼女に何をもたらすのかは、私は知らない。
「ムゲンさんどうしました? そんな難しい顔をして」
「ん、なんでもない。それじゃあ行こうか」
今回の旅もまた一筋縄ではいかない、そんな気がしていたのだった。
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