108.5話 お国の勇者と放浪の勇者


-剣斗達のその後-


 やぁみんな! 俺は第四大陸『チャトゥヴァル』にある首都『グレーデン』の"勇者"ケントさ。

 実は……俺はこの世界『アステリム』に五年前“女神”って名乗る怪しくて可愛い女の子の力で呼び出された現代日本人……いわゆるトリッパーってやつなんだ。

 

 でも俺はあえてイバラの道を進むことを決めたんだ、あえてね。

 そう、権力者からの援助を受けないドン底からのサクセス・ストーリーってやつに憧れててね。

 まぁあのロリ巨乳女神ちゃんと仲良くなる機会は失ったけど、なんとか『シント王国』を抜けだした俺は新たなる地を求めて大陸を渡る事を決意した。


「あのー……ケント様は先程からブツブツと一体誰に向かってご説明してるのでしょうか?」


 俺を不思議そうに見つめるこの気品あふれる美少女の名前はクレア・クラムシェル。

 俺がこの第四大陸に降り立って初めて出会った……というか助けた女の子だ。

 なんとビックリ、助けたこの子はこのグレーデンの第二王女だったんだ。

 この時は「まさか本当にこんなテンプレ展開が起こるなんて」って心の中で大はしゃぎしちまったぜ。


「ケントの不思議な行動は今に始まったことでもないだろう?」


 そう言って現れた大人の魅力あふれるこの女性はリネリカ・ナーランダさん。

 俺が勇者として活動を始めた頃は、まだ認めてくれなくて何度も目の敵にされてた。

 けれど、強大な魔物を相手にピンチになっていた騎士団を、これまたテンプレの如く颯爽とこの勇者ケント様が助けたら、リネリカさんも俺のことを認めてくれた。

 今では良き理解者として、共に俺達を支えてくれている。


「異世界人って皆こんな感じだったりするのかな? あ、でも星夜くんはそうでもなかったかな」


 ぴょこぴょこと面白そうな話題を聞きつけやって来たのはエルフ族の少女、ラン・ラスター。

 見た目は幼い少女だけど、俺のパーティの中では最年長なんだ。

 彼女はエルフ族でも少々変わり者で、一年ほど前に俺の噂を聞きつけて里から降りてきたんだ。

 それ以来ずっと俺の後をついてきて、今では隙あらば抱きついてくるスキンシップの激しい子だ。


 そんな彼女達と過ごして数年、俺もすっかりこの世界のあり方や厳しさをわかったかなって思っていたところになんとビックリ!

 その昔、俺と同時に異世界人召喚された日本人、佰手 星夜|(はくしゅ せいや)が城の前で待ち構えていたんだ。

 しかも、俺達以外のもう一人の異世界人を連れて……いやー、焦ったねあれは。


 あいつらとの出会いを得て、俺は自分の正体を皆に打ち明けることを決意したんだ。

 いつもの三人はモチロン、信頼の置けるこの国の宰相であるメレス、そしてその婚約者でありクレアの姉でもある第一王女ラフィナール・クラムシェルさん。

 それから王様や王妃様をはじめとした俺が信頼できると思った人達に正体を明かすことにしたんだ……星夜やムゲンが異世界人であることも同時にな。

 ……でも、それが悲劇の始まりだったんだ。


「ケント様、早くお姉様の下へ参りましょう」


「ラフィナには早く元気になってもらいたいからね。アタシ達でなんとかしなきゃ」


 そう、ラフィナさんはこの前の事件で心に深い傷を負ってしまった……。

 彼女の婚約者だったメレス……新魔族メフィストフェレスは、嘘の姿と気持ちでラフィナさんを騙し続け俺達異世界人を抹殺するための人質にまで仕立てあげた。

 五年間も一緒だったんだ、俺達も彼のことは信じきっていたし気づくことなんて、そんなこと夢にも思っていなかった。


 けれどラフィナさんにとってはメレスがすべてだったから……。


「お姉様、入りますよ」


 扉を開けるとそこには静かに窓際に腰掛けるラフィナさんの姿があった。

 メイドさん達の話ではご飯は少量だけどキチンと食べてるらしいけど……それでも少しやつれたように見える。


「調子はどうだいラフィナ」


「……別に」


 そっけない返事、最近のラフィナさんは誰に対してもこんな感じだ。

 なんていうか……心を閉ざしてしまった、っつー感じかな。


「お姉様、今日は快晴ですよ。お外の庭園にも綺麗なバラが咲いたので見に行きませんか」


「……行かないわ」


「ラフィナ、街の広場に今話題の曲芸団が来ているだ。見に行ってみないか」


「……どうせ、何を見てもつまらないわ」


 やっぱり駄目だ……毎日こうして外へ連れだそうとするけどガードが硬すぎる。


「もう! ラフィっちってばそんなに意固地にならなくてもいいじゃん! もうあんな男のことなんて忘れてさ、自由なんだからパーッと明るくいこうよ」


 ああ、ラフィナさんの頑固さについにランも我慢の限界がきちゃったよ。

 でもちょっとこのパターンはまずそう。


「……あなた達には、わたくしの気持ちなんて一生わからないでしょうね。だってあなた達には勇者様がいるんですもの」


 その冷たい一言に場の空気が凍る。


「お姉様……あんなことがあってお辛いでしょうけど、わたくし達は少しでもお姉様のために……」


「クレア、例え妹であるあなたでもこの気持は理解できないわ。わたくしは知ってしまったの、絶望の底というものを……」


 誰も言葉を発することができない。

 だってラフィナさんの言う通りだから、ここには彼女以上に心が傷ついた経験を共感できる奴なんていないから。


「あなた達はもし勇者様が自分達を騙していて、自分の好意を利用されているだけかもしれない……なんて考えたことがありますか?」


「そんなこと……わたくし達はケント様を信じて」


「わたくしも彼を信じて、疑いもしてませんでした」


 ヤバイって、これじゃあいつも以上に険悪なムードになっちまう。


「ま、まぁまぁ……二人共そんなに険悪にならないで。ラフィナさん、俺達はただあなたにちょっとでも元気になってもらいたいだけなんだ。皆ラフィナさんのことが好きで心配してるんですから」


 どーよこの主人公力。

 流石に五年間もやってると自然にこういう言葉が出てくるもんなんだよ。

 とりあえず今回はこれで二人共一歩引いてくれれば……。


「なら……勇者様、あなたがわたくしを慰めてくれますか。あの人の代わりに」


「え、そ……それは」


 や、やべ……矛先がこっちに向いてきた時の対処はしてなかった。

 慰めるって……そういうことだよな。

 うう、なんていうか今のラフィナさんにそういう気を起こすってのは物凄い罪悪感が……。

 とにかく俺には無理だ。


「……もういいです、出て行ってください」




 彼女の一言を最後に俺達は部屋を追い出された。

 ……今日の説得も失敗、というかより状況は悪くなった気もする。


「やっぱり、俺達じゃ無理なのかな」


 やはり、ラフィナさんの心を理解できるのは、彼女と同じように心に深い傷を……絶望を知った者じゃないといけないのか?

 いや……それだけじゃ駄目だ、絶望だけじゃ。

 本当に必要なのは、絶望を経験したさらに先の希望を見つけた人でないと。


「やっぱり、新しい恋……ですか?」


「ん? あれ、俺声に出してた?」


「思いっきし出してたよー。でもなぁ、あのお姫様の心を開ける人なんて中々いないよ」


 そうなんだよなぁ……。

 絶望の後に希望を見出した奴なんてそうそういないだろうし……。

 いや、でも転生ものの主人公っていうのは絶望や後悔を残して死んでから新しい人生に希望を見出してるってパターンが多いよな。


 だとしたらムゲン……? いや、あいつはなんかそういうのは超越してるかんじだよな。


「あーあ、どっかに都合のいい転生者が颯爽とラフィナさんを救ってくれねーかな」


 でも俺らの年齢に近くて壮絶な過去を経験した転生者なんて万が一にもいるかどうかわかんねーよなぁ……。


「テンセイシャ? またケントのよくわからない言葉が増えたね」


「でもでも、こういう時って大抵ケントくんのそういう言葉がヒントになって解決するよね」


「そうですね、分かりましたケント様! そのテンセイシャという方を探せば良いのですね!」


「え? あれ? そ、そうだな……頑張ろう」


 こうして俺達の新しい目標(?)が決まった。

 なんだか変なことになっちゃったけど……ま、これも主人公の運命さだめってやつかね。






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-星夜達のその後-


ィィィイイイン……キィ


「ふぅ……」


 ヘルメットを外し、顔に新鮮な空気が当たる感覚が心地よい爽快感を与えてくれる。


 あのレースから数日後、"仲間"達との別れの後に、オレ達はアテのない旅を続けていた。


「いやー速いね。一月もしないで大陸の半分近くまで進んじゃうなんて。これなら第四大陸制覇も時間の問題だね」


 レースからはじまり、今ではオレ達の旅には無くてはならなくなったこの単車バイク。

 今まで乗ったどの乗り物よりもしっくりと馴染むうえ、フローラもこの機体のエンジンに宿っている。


「近くに村があるな、機体のメンテナンスも兼ねて一度腰を落ち着けよう」


「りょかい……です」


「もー、ミーコちゃんったら久しぶりにお風呂に入れるからってそんなにウキウキしなくてもいいじゃない」


「ち……ちが……!」


 これも、最近ではよくあることだが、フローラがミーコの意思を読み取れるので今まで以上にミーコの言いたいことがはっきりわかるようになった。

 今まででそれなりに意思疎通はできていたとは思うが、これからはさらにミーコの要望に耳を傾けてやれる。


「んでんで、宿に着いたらあたしも一緒でいいから三人でラブラブちゅっちゅしたいですう~、だって!」


「それはないな」


「……です」


 まぁ、時々ふざけてミーコが思ってもいないことを冗談で誇張してくる、これももう慣れたものだが。


「むぅ~、最近星夜引っ掛からなくなったよね」


「最近のお前のことならよくわかるからな」


「え、そ、それってあたしのことが好きだから目が離せないってこと! もう、星夜ったら……でもでも、あたしは星夜にならいつでも準備万端っていうか……あ、でもそういうのは人目のつかないところで……」


 さて、行くか。

 [map]上でも確認したが村はそれほど広くない。

 この範囲ならばどこに駐車してもフローラなら村中飛びまわれるだろう。


「……でもね星夜、やっぱりムードっていうのは大事だと思うの。だからここは夜まで待って……」


「まだやってたのか、行くぞ」


 未だ妄想の世界に浸っているフローラに声を掛け、エンジンの出力を上げる。


「へ? あ、星夜ちょっとま……にょわー!? いきなり走り出さないでー! 引っ張られるー!」




 数分後、オレ達は村へと到着した。

 が、なにやら雰囲気がおかしいな。


「ふへぇ~……もう、星夜ったら走る前には一声掛けてよ!」


「言ったぞ。それと少し静かにしろ、村の様子がどこかおかしい」


「せや……さま、あち……です」


 ミーコの指差す方向に目を向けると、何やら人だかりができている。

 そしてその先には、ガラの悪い連中が数人と縄で縛られた少女の姿があった。


「あー、なんか面倒くさい時に来ちゃった感じ?」


「ようだな。仕方がない、一瞬で片づけるぞ」


「えー、ここはかっこよく「ちょっと待った!」って声かけて、正義の味方登場! ってやらない?」


「やらん」


 限や剣斗ならばそういう演出は好きでほぼ確実にやるだろうが、オレにとってはそういう段取りは時間の無駄だ。

 迅速に、かつ的確に仕事をこなすことにのみ神経を注ぐ。


「りょーかい。じゃ、あたしは上からやるから、後はよろしくね」


「ああ、頼む」




「やめてください! その子に手を出すのだけは!」


「うるせぇババァ! オラ、もっと食料と金品を出しな! さもなくばこいつがどうなるか……」


 男が腕をスッと上げると、後ろにいる部下であろう男がナイフの切っ先を少女の喉に突き立てる。


「も、もうこの村にあるものはこれで全部じゃ。お願いだからこれでどうか……その子を離してくだされ」


 成す術ない村人に賊の頭はニヤリと笑みを浮かべ。


「そうかぁ……じゃあしょうがない、代わりにこの娘も貰っていくとするか」


「そんな! やめてください、娘だけは、娘だけは……!」


 必死にすがりつく娘の母親だが、賊の頭はそれを不機嫌そうに見下し。


「邪魔なんだよこのクソが! おい、このババァの首を跳ねちまいな」


「いやぁ! お母さん!」


 非常にも頭はその母親を蹴り飛ばし、部下に断頭を命じるのだった。


「誰でもいいから……誰かお母さんを助けて……」


「へっへ、残念だったな嬢ちゃん。呼んだって誰もこね……ウッ、なんだ……体が痺れ……」


「な、ど、どうした!? お、お前ら何が……」


 娘の母親を足蹴にしていた部下の男が倒れたと思えば、他の部下もそれにつられるようにバタバタと倒れていく。


 これは、フローラが自分の母親の技をまねをして使い始めたものだが、これが中々様になっている。

 何が起きたのかまるでわからなくなる賊の頭……オレはその一瞬をついて……。


「『流星拳シューティングスターナックル』!」


「お……? ごぉぉぉおおお!?」


 頭はあまりの勢いに内臓をぶちまけ……ないで吹っ飛んでいく。

 手加減はしておいたからな、だが骨は数十本はイッたな。

 オレ達以外今起こっている状況が分からずポカンとしているが、まぁこれで一件落着だろう。




 その後、オレ達は村の宿屋で熱烈な歓迎を受けていた。


「娘を助けていただいて本当にありがとうございました」


 どうやら彼女達はこの店の者らしく、恩人から金を取るわけにはいかないとすべて無料にしてもらった。

 結果オーライというとこか。


「えっと、勇者様……」


「ん? ……オレのことか」


 助けた娘がオレの下へやってくる。

 先ほど散々お礼を言ったというのにまだ言い足りないのだろうか。

 それにしても勇者か……オレは別にそんなつもりはないのだけどな。


「あ、あの、勇者様……よかったら今夜、私と……」


「それは!」

「だめ……! です!」


 彼女の言葉を遮ってミーコとフローラがズイッと割り込んでくる。


「どうしたんだ、お前達?」


「せや……さま。にぶ……」


「ゲンちゃんも言ってたんだよね、星夜はこういうとこが駄目だって。ミーコちゃん、星夜に間違いが起きないようあたし達がしっかりとしないとね!」


「……はい!」


 まったく、限が何か吹き込んでいたのか。

 それにしてもミーコまで……。


 まぁ……こういう日常も、それはそれで悪くない……か。



~to be continued~


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