78.5話 兄妹の過去と現在


「お兄ちゃん、もう朝だよ!」


 いつもと変わらぬ朝、最愛の妹が俺を起こしにやってくる。


「もう、また研究してたらそのまま寝ちゃったでしょ。没頭するのはいいけど寝る時はちゃんとベッドで寝てよね」


「ごめんごめん、今度から気をつけるよ」


 妹はしっかり者で器量もいい。

 贔屓目はあるが容姿だってこの村の中ではダントツだ。


「それじゃ、朝ごはんできてるから早く着替えて降りてきてね」


 おまけに料理の腕もピカイチ。

 俺の自慢の妹だ。

 こんな完璧な妹を嫁に貰うような奴は世界一の幸せ者だろう。


「……待てよ、妹が嫁に? だ、駄目だ! 俺はそんなの許さんぞおおおおお!」


 もし妹を誑かすような輩がいたらこの俺がそいつを消し炭にしてやる!


「お兄ちゃんうるさい! 叫んでないで早く降りてきて!」


「はい……」


 小さな人族の国の、そのまた小さな村で生まれた俺達兄妹は両親を早くに亡くし、村の皆の助けを受けながらなんとか生活していた。

 今日も食卓にには質素な朝食が並べられている。


「ごめんねお兄ちゃん、いつもこんなものしか出せなくて」


「気にしないよ。それよりもまた税が上がったんだろ。俺の分は減らしてもいいからもっと食べなよ」


「お兄ちゃん、あたしがそうやって人に情けをかけられるの嫌いだって知ってるでしょ」


 そう言って妹がこちらを睨む。

 妹はかわいいだけでなく腕っ節もいい、研究ばっかやってる俺と違ってな。


「でもこればっかりは仕方がないよ。貴族達がまたどこかに戦争しかけてはボロ負けしたって聞いたし」


「またか……勝てないとわかってるのにどうして」


 この国はことあるごとに近くの鳥人族の国やエルフ族の国に戦いを仕掛けている。

 欲にまみれた貴族達が領土と奴隷欲しさに国を削りながらも戦争を続けている。

 彼らは何も悪くないというのに……。


 奴らは資源が無くなれば俺達の村のような場所から資源をよこせとやってくる。

 このままじゃこの国は壊滅だ。


「でもさ、お兄ちゃんの研究が進めばこの国にも希望はあるんだよね」


「そんな大げさなものじゃないよ。ただ隣国に対して抑止力となりえるかもしれないってだけなんだから」


 俺の研究しているものはこの国に新たな防衛用の魔物を設置することだ。

 八つの属性をすべて打ち消すことが可能で、体積を変化させてどんな場所にでも素早く移動もできるという優れものだ。

 これが国に認められれば、俺達の生活も少しはマシになるだろう。


「頑張ってね、お兄ちゃん」


「ああ、任せてくれ」


 俺達はいつかきっと幸せになれる、そう信じていた。






 ……だが、その希望は一瞬で打ち砕かれた。

 国からやってきた傲慢なる貴族達のせいで。


「皆、早く逃げるんだ! できるだけ遠くに!」


 奴らは俺達を『税も払えない国にとって有害な村』として、物資を奪い、火を放った。

 そして女性は性欲を満たすためにと一人残らず連れていこうとする。

 村の男達は勇敢に戦った……だが、いくら弱小国とはいえ奴らの"魔法"に敵うはずがなかった。


「ははははは! 税も払えず国の資源を食いつぶす下民共め。今ここで消えるがいい!」


 食いつぶしてるのはそっちだろうが。

 この村でまともに戦えるのは研究ばっかやってた俺しかいない。

 守るんだ……皆を、妹を!


「うおおおおお!」




 だが、それでも俺の力は奴らとの圧倒的な戦力差の前に崩れ落ちた。


「あ……がっ! ミ……レ……ぐふっ!」


「いやあああああ! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 妹の泣き叫ぶ声が聞こえる……。

 駆けつけてやりたいが俺の体からは何本もの剣が突き出ており、もう回復は不可能なほど無残な姿に成り果てていた。


「いやっ! 離して!」


 妹が連れ去られていく。


「やめてくれ……妹……は……。――――だけ……は」


 俺は無力だった……生活も、研究も、自分の命よりも大切な妹まで奴らに奪われるなんて。

 誰か……誰か妹を助けてくれ!


「だれ……か……」



「わかった、必ず助ける。だか―――――……」



 その後、まだ少しだけ意識のあった俺に誰かが優しく話しかけてきた気がするが、そこだけがハッキリしない。

 これが俺の悪夢、清算すべき俺の忌まわしい……。






-----






「……さん、兄さん!」


「うっ……うう……はっ!?」


 朝、最悪の悪夢から目覚めると、シリカが不安そうな顔で俺を見ている。


「大丈夫ですか兄さん。 また……うなされてましたけど」


「……ああ、大丈夫だよ。心配かけさせたね」


 俺は子供の頃からよく悪夢を見ることがある。

 最初は優しい朝の風景からはじまるが、最後には絶望と強烈な"死"の匂いに心が砕けそうになるほどうなされる。


 夢から覚める直前、誰かが話しかけているような気がするが、いつもそれがわからない。

 もしかしたら……あれが本当の"神"という存在なのかもしれない。

 その存在が……俺にチャンスを与えてくれたのだと。


「お目覚めですかリオウ様、すでに朝食はできております」


「ありがとうじぃや、いつも済まないな」


「いえ、ワタクシめの幸せはリオウ様とシリカお嬢様が幸せに暮らすことですから」


 じぃやはクソみたいなラクシャラスの本家の数少ない心優しき人間だ。

 俺達の身の回りの世話をすべてこなし、まだ幼かったシリカをあの親から守ってくれた。

 俺が信頼を置く数少ない人物だ。


「よし、じゃあ行こうかシリカ。こんな場所で済まないと思うけど」


 今俺達がいるのは出現させた塔のてっぺんだ。

 あんな宣言の後に外へ出て朝食をとるなど流石にできないので暫くはここで生活しなければならない。


「いいんですよ兄さん。私は兄さんの助けになりたくてここにいるんですから」


「でも、本当に良かったのかい……ここにいればお前も……」


 シリカの存在がここにいることは外の人間は知らない。

 最も、彼らが報告をしたなら話は別だが。


「私、後悔はしてません。オルちゃんの主人になった時からもう覚悟はしていました」


 そうだ、シリカは元々俺についてくる形で魔導師ギルドへと入学した。

 最初はシリカを巻き込む気なんてなかったが、レオン君と学んでいく内にその才能を開花させていった。

 特に生命属性は俺よりも凄かった。


 その力を見込んでシリカにもオルトロスと計画のことを伝えると。


『その役目、私にやらせてください!』


 と、普段自己主張しないシリカがその時だけは強い意思でお願いしてきた。

 おそらく、俺の主張の『立場が弱い人間を守る』部分に反応したんだろう。

 ま、シリカのことだから守りたいというのは"彼"のことなんだろうけど。




 朝食を終え、いよいよ俺を捕らえるために動き出した者達が塔を上ってきた。

 だがこの塔は熟練の魔導師でもそう易々とは登ってこれない。

 地下のダンジョンを参考にモンスターやトラップを配備。

 あちらと違ってこちらは入り口まで戻すなどといった生易しいものじゃない、下手をすれば命に関わるだろう。


「いかにゴールドランクの魔導師といえど、所詮は堅苦しい魔術式しか使えない未熟者ばかりだ」


 確かに彼らの魔術は強いが所詮は型にはまっているものがほとんどだ。

 ギルドマスターのマステリオンや副マスターのディガンならばあるいはここまで到達してくるかもしれないが、彼らがギルドを離れるわけにもいかない。


「やはり……可能性があるとすれば……」


 頭に浮かぶのはかつての親友……いや、今でも変わらず親友だと思っている。

 何故俺があそこまで彼に惹かれたのか。


「少し……似ていたからなんだろうな、"あの頃"の俺に」


 彼は必ずここまで来る。

 その時は君を全力で説得してみせよう。


 あと二日で戦争は始まる。

 そして必ずこの革命を成功させる。

 そうすれば、きっとあの悪夢も終わりを迎えるだろうから。


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