51.5話 むずむずレイくん


「今日は……色んなことがあったな」


 夕食後、貸し部屋で俺は一人考え込んでいた。

 ムゲンの奴は家に風呂があるとわかった瞬間に飛び出して行った。

 俺も後で入らせてもらうか、今日は色んなことが起きすぎて頭が破裂しそうだ。


「あの領主は絶対に許さねぇ。地下の奴らは絶対に助ける」


 そのためにもどうにかして強くならないといけない、あの新魔族……リヴィアサン、奴に対抗できるくらいに。

 前回はまんまと奴の策略にハマってしまい、手も足もだせなかった…。

 そんなみっともない醜態を二度と晒す訳にはいかない。


「そのためにはもっと魔術に対する理解を深めないといけないだろうな」


 今回は俺が無知でガキだったせいでムゲンの足を引っ張ってしまった。

 感情に振り回されて無計画な魔術の連打したり、結界魔術のことがわからず魔術を使い死にかけたりした。


 俺は弱い、今日はそう再認識させられる一日だった。

 先に何が待ちかまえてるのかも考えずに敵地に乗り込もうとしたり、自分よりも強い存在に無鉄砲に挑もうとしたり、何もできない地下牢でただ暴れた。

 極めつけは“幻影神”……あれと対峙した時の絶望はすさまじいものだった。

 昔集落が襲われた時、今日の魔術が使えず無抵抗でやられていた時、そんなものが可愛く思えるほどの圧倒的な"死"の予感。


「あれに比べれば俺の力なんて赤子同然……自分がいかにちっぽけな存在か認識させられた」


 だが、これでもう恐れるものは何もない……あれ以上の恐怖などそうそうあるものじゃない。

 今ならどんな相手にも臆さず立ち向かえる気がする。


「これから俺は本当に強くなるんだ、大切なものを守れる強さを……」


 目を閉じると大切な家族、姉であるリアの顔が思い浮かんだ。


(姉さん……)


 守るべきものを再確認した、そう思っていると思い浮かべた姉の顔がスッー……っと消えていき、次に現れたのは……。


「ッ!? だ、だから何であいつの顔が浮かぶんだ!?」


 浮かんだ顔はサティのものだった。

 なぜ? どうして? 自分にはその理由がわからない、ただなぜかサティの顔を思い浮かべた瞬間から心臓の鼓動が速くなっていた。


「最近の俺はどこかおかしい」


 いや、少なくとも昨日まではこんなことにはならなかった。

 今日だ、今日の地下牢の脱出の時からなぜかサティの顔をまともに見れない。


 どういうことだ、あいつは俺を叩き伏せて半ば無理やり盗賊団に加入させた奴だ。

 いつも姉さんに迷惑をかけているし、俺が姉さんと一緒にいる時に話に入ってくるし、戦闘の時は勝手に突撃して援護しづらいし、寝ぼすけだし、アホだし……。

 でも仲間思いで、戦う時は少しかっこいいと思う。

 笑ってる顔はこっちもつられて笑顔になりそうになる……さっきの夕食の時も嬉しそうに食事をする顔が……。


「って! だから俺は何を考えてるんだぁー!?」


 顔を真っ赤にしながら床の上をゴロゴロする。

 なんだ!? 俺は一体どうなってしまったんだ!?

 さっきまでどんなことにも動じない強い心を手に入れたと思っていたのに!?

 今までに感じたことのない感情、何なんだこれは。


「いつまでもこのままだと後の戦闘に支障がでる。早急に何とかしないと」


 だがこの正体不明の謎の動揺をどうやって沈めればいい?

 まずこの感情の正体をつかまなければ。


「くっ、だがどうすれば……」


バァン!


「お困りのようだな!」


「ワウン!」


 勢いよく扉が開いたと思ったら馬鹿が現れた。


「あのー、あまり扉を乱雑に扱わないでください。この家結構古いですし音も響くんで」


「あ、すいませんごめんなさい」


 後ろから家主が注意しに現れ、ペコペコと平謝りしだすムゲン。

 こいつは何がしたいんだ。


キィ~……パタン


 今度は普通に入ってきて普通に扉を閉めた。

 最初からそうすればいいものを。


「で、なんだったんだ今のは」


 こいつの行動は逐一よくわからん。

 今回もなんかくだらないことでも考えているんだろう、話ぐらいは聞いてやるが。


「ふっふっふ……今更冷静を装っても無駄だぞ少年よ」


 お前も少年だろうが。


「レイ、今お前悩んでいるだろう、それも感情の異常な高ぶりでな!」


 なっ!


「なぜお前がそれを!?」


 馬鹿な、これはまだ誰にも打ち明けてないことなのに。


「レイ、私はお前のその感情の正体を知っている」


 そんな、いくら考えても全くわからないこの感情の正体をこいつは知っているというのか!?


「まさか、魔術的なものなのか?」


 こいつは魔術の専門家のようなものだし、そっち方面の問題かも……とは思っていたのだが。


「いや、残念ながら違う」


「だったら一体何なんだ! 俺はこの感情を克服しなければならない。この先どんな敵とも戦えるような心を持つために! これは、これは何なんだ!」


「レイ、その感情の正体、それは恋だよ!」


 ……は?

 こい……鯉……恋……恋!?


「な、何を言ってるんだ貴様! 俺が恋なんて」


「自分の思いから目を逸らすなレイ! お前はサティに恋をしているんだ!」


 そ、そんな馬鹿な……これが恋!?

 昔姉さんが人族の恋愛を題材にした本を読んで憧れていたのを見たことがあるが、その時の俺は恋愛なんてどうでもいい、姉さんと一緒にいられれば一生それでいいと思っていた。


「そんな俺が……恋だと」


「推測だが、お前は今まで一人で戦ってきた。父すら信用できなくなったお前にとって初めて頼れる居場所がサティだったんだろう。リアが一緒にいた人物というのも要素の一つだろう。そして今回の地下牢での出来事、それによってお前は完全にサティに惚れてしまったんだよ!」


「な、なんだってー!」


 そうか、俺はサティに惚れてしまっていたのか。

 思えば入団してからというものよくあいつのことを考えてた気もする、その時はまだ恋愛感情などなかったが、気になってはいた。


「ムゲン、俺は……どうすればいい」


 この気持の正体を知ってしまった今、俺はどうしたらいいかわからなくなっていた。

 俺には恋愛などわからない、恋なんてと馬鹿にしていたくらいだ、対処の仕方などわかるはずもない。


「レイ、大丈夫だ。この私がお前達の仲を取り持ってやる。私の完璧な作戦でな!」


「あ、ああ」


 なぜだろう、こいつに任せると凄く不安になる。

 だが、今は他にすがるものがない、こいつに任せてみるしかないだろう。


「ワウ……(不安っす……)」


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