42話 趣味とシスコンと魔術と 前編


 その森は戦場と化していた……。

 各所から火の手が上がりエルフ達が泣き叫びながら逃げ惑っている。

 エルフ達は必死に守りを固めるがそれでも侵略は止まらない……。


「なぜだ……」


 私はその様子を少し離れた上空から見下ろしていた。

 攻めるは近隣の森の中の国々をすべて我が物としようとする熊の獣人達、守るのは戦を嫌うエルフ族の国。

 獣人は圧倒的な力で攻め込みエルフ達の守りを崩していく。

 だが私には解せなかった、なぜエルフ達は攻めにいかないのか。

 勿論エルフ族が戦いを好まない種族だということはわかっている。

 しかし数日前まであそこにいた私は知っている、彼らはこんな状況をひっくり返せるほどの"魔法"の知識とそれを扱う術を持ち合わせていることを……。


『たとえどんなに強い力を持っていようとどんなことが起きようとも、我々はこの国を守り続け変わらずに生きていくでしょう』


 それは、私があの国を去る時に彼女が言った言葉だった。

 エルフの女王である彼女は今も守り続けている、愛する国とその信念を。


 私には納得できなかった。

 だから、私はあの時彼女に……なんと……言ったのだったか?






ワイワイ ざわざわ


 ぼやけた意識を揺らすような人の声に合わせるように私の意識が揺れていく。


(そうか、また昔の夢を見ていたのか。しかし、私はあの時なんと言ったか?)


 思い出せないまま私の意識はけたたましい音に誘われ覚醒していった。


(思い出せないものはしょうがないか。ま、変えられない過去なんかより変えていける未来に向けて今日も起きるとしようか!)



-----



ガチャガチャ


 とある日の昼下がり、アジトの中の物品保管所にてガチャガチャと物音を立てる少年が二人。

 一人は言わずと知れた超天才エリートイケメン魔導師であるこの私、無神限ことムゲンだ! え、盛りすぎだって? いいじゃん少しくらい……。

 そしてもう一人は……先日我々を襲った襲撃者!

 人族にとても深い憎しみを持ち、なおかつ我らが盗賊団の台所のお母さ……ゲフンゲフン! お姐さんであるリア・アンブラルの実弟レイ・アンブラル!


 レイとはあれから何度か一緒に仕事をする機会があったが、まだまだ打ち解けてはくれないご様子。

 ずっと無言の状態が続くのも気まずいし、こちらから積極的にスキンシップを仕掛けていこう!


「なぁレイ」


「……」


ガチャガチャ


「レーイー?」


「……」


ガチャガチャ


「レレレレー……」


「うるさい! 作業に集中しろ!」


「やっと反応したか」


 現在私とレイの二人は戦利品の魔道具の整理中だ。

 レイが入団してから数日、一緒に仕事をすることも増えてきた。

 引越し後、私もようやく盗賊団らしい仕事をするようになった、まだ一回だけだが。

 今まではサティが一人で大打撃を与えてから大人数で囲むという戦略だったが現在は私、サティ、レイの三人で一瞬で片がつく。

 前衛のサティが突っ込み、中衛のレイが吹き飛ばし、後衛の私がサポートする、他の皆は取り逃がした残党を狩るといった感じだ。

 レイの戦闘能力はここらでは敵なしというぐらい高い、私としてはまだ魔術にぎこちなさがあるように見えるがこれが現代の魔術なんだろう。


 そういったこと以外の私達の最近の仕事はもっぱら魔道具関連だ。

 簡単な一般的に普及されている家庭用魔道具の類ならば他の団員でも「あーはいはいこれね」、といった感じだが、戦闘系のものやその他のものだと「なんだこりゃ?」状態だったため今の今まで放置されていたものも多い。

 そこで魔導士である私達に白羽の矢が立ったということだ。


 しかしずっとこの作業をやっているのは気が滅入る。

 魔道具を整理するのが嫌な訳ではない、むしろ最初は魔道具の研究ができる! と喜んだくらいだ。

 だが、一つの構造を理解したら後も大体似たような作りだったので若干萎えてしまった。

 新しく入荷される(盗ってくる)ものも似たり寄ったりで最近は仕分け作業ばかりだ。

 こんなことを二人きりで会話もなく黙々とこなすだけというのは流石に空気が重い。


 さぁ、チームワークを深めるためにももっとレイとお話しようじゃないか!


「レイ、最近はどうだ? 皆と仲良くやってるか?」


「お前に話す必要はない」


 会話終了!

 いやいや、冷たい! 冷たいよレイくん!


「世間話くらいいいじゃないか。レイも入団してそろそろ一週間近く経つんだ、よく話す団員とかできたんじゃないか?」


「そんな奴はいない」


 きっぱり言うなぁ。

 だったらレイは普段何をして過ごしてるんだ? 気になる……。


 紅の盗賊団はとにかく人が多い、だから仕事がない時には人それぞれの過ごし方がある。

 男性陣は賭け事をしてることが多い、団員個人的に使える資金はそこまで多くない、だからこういった賭け事は大いに盛り上がる。

 昨日もアジトの隅っこで何人か集まってチンチロと音がしたら ざわ… ざわ… としてたしな。

 ちなみに私も一度参加したことがあるのだが、イカサマしてボロ勝ちしたのがバレてその場にいた全員にボコられ、それ以来出禁を食らってしまった……。

 賭け事以外では己の肉体を鍛えることに命を賭けてる奴なんかもいる。

 その一角は異様に汗臭いので私は近寄らないようにしてる。


 女性陣は皆で集まってお茶を飲みながら談笑してることが多い、女子会というやつですな。

 余ってる食材なんかで作ったお菓子とかもあっていつもキャッキャウフフな状態、男共とは空気の良さが雲泥の差だな。

 私も一度参加してみたが皆から「視線がなんかいやらしい……」と言われた日以来、いたたまれない気持ちになって参加していない。

 後は子供達の面倒を見てることが多いな、私もミミと一緒にその輪に混ざってることが多いし。

 ちなみにサティは女性陣とお茶するより男性陣と賭け事してることの方が多い。


 そしてこの二つ以外にもう一つの陣営がある、それは……。

 まぁ……あれだ、いわゆる親しい男女の仲と言うやつですよ、はい。

 これだけ狭い空間にこんなにも人がいるんだからそんな関係の人達がいない訳ないじゃないか!

 この前用を足しに外の草陰に行ったら

「あんっ! 駄目、声……聞かれちゃう!」

「大丈夫、辺りには誰もいないから……」

 といった声が聞こえてきてしまった……。

 いやいるから! バッチリ聞こえてますから! 畜生羨ましくなんてないんだからね!


 ふぅ、話が逸れすぎたな。

 そろそろ本題に戻ろう、レイの休日の過ごし方についてだ。


「じゃあレイは仕事がない時はなにしてるんだ?」


「ふっ、愚問を……。もちろん姉さんを見守ってるに決まっている」


「……」


 や、やばい……こいつまさか。


「家事をしている時はもちろん、仕事中や休日中もだ! お茶してる時の姉さん、料理を作ってる時の姉さん、子供の面倒を見てる姉さん……」


 へ、変態だーーー!

 シスコンでストーカーかよこの危険生物おとうと


「この前も姉さんに近づく奴がいた、あいつは今度吹き飛ばす。俺の目が黒い内は姉さんに近づけると思わないことだ、姉さんは俺が守る」


 これ確実に私にも忠告してるよな。

 まぁリアは女性団員の中ではかなり人気が高いから狙ってる奴多いだろうし。

 とりあえず吹っ飛ばされる奴はご愁傷さま。


「だが先日水浴びする姉さんを見守ろうとしたらサティのやつが邪魔をしてきやがったんだ! 畜生、それ以来俺はあまり姉さんの近くに寄れずにいる、姉さんの近くにいつも奴がいるからだ!」


「実に正しい対処だな」


「それに最近の仕事は姉さんと離れた場所にされることが多い。そのせいで今日もこんなやつと一緒に魔道具の整理だ! クソッ、あの筋肉女め!」


「さり気なく私までディスられてる!?」


 しかしレイはサティへのヘイトが高いなぁ。

 まぁ私のサポートがあったとしてもサティにボロボロにやられちゃったことには変わりないし、レイにとってはずっと姉を奪っていた人物でもあるし……。

 でも違法奴隷だったリアを助けた恩人でもあるから心の底から憎んでいる訳ではないだろう。


 それに数日間ここで生活したレイには以前のような誰に対してもあのギラギラとした憎しみの目を向けることはなくなっていた。

 話こそしないが人族の団員とも普通に過ごせてるみたいだしな。

 だがこの変態シスコンはこのままでいいのだろうか……リアのことが心配なのはわかるがもう少し自分の趣味とかあった方がいいんじゃないか?


「クッ、こんなことを話していたら余計に心配になってきたぞ! そろそろ姉さんの様子を見に……」


「待て待て! まだ話は終わってない!」


 どうやらレイの頭の中にはリアのことでいっぱいみたいだ、その気持ちの一部でも他の事に向ければいいのに。


「今こうしてる間にも姉さんの身に危険が迫っているかもしれないんだぞ!」


「いやないから、リアは今厨房で夕飯作ってるだけだから」


 ちなみに今日の献立は前世で食べたことがあるキノコや山菜の炒め物がメインだ。

 そのキノコも前世の時代では良く食されていたが今の時代ではあまり食卓に並ぶものではないらしい……なぜだろうな?


「おい貴様、そこをどけ! 姉さんの下へ行けないだろ!」


 とにかく、今は飯のことよりこのキレやすいシスコンをどうにかしないとな。


「私は作業が終わるまでお前を出すなとサティとリアから言われているんだ」


 一応私はレイのお目付け役でもある。

 こいつが暴走したら魔術の連発で誰も手がつけられなくなるから、その点でも対抗して魔術が使える私は適任と言ったとこだ。

 まさに今暴走寸前だしな。


「ぬ、姉さんに言われてるのなら仕方ないな。だが次はないぞ貴様」


 うーん、そろそろ愛称で呼んでもらいたいんだがレイは団員の名前を覚えてくれない。

 覚えているのはリア、サティ、ミミだけ、私も一応覚えてもらえてるみたいだがいつも「おい」とか「貴様」だ。

 そんなんだから友達ができないんだろう、作る気もないみたいだが。

 なんとか皆と仲良くなってもらいたいけど、何かいい案はないだろうか?


「おい、なにボーッとしている。早く魔道具の整理を終わらせ姉さんの下へ行かなければならない。突っ立ているだけなら吹き飛ばすぞ」


 おっと、また考えすぎていたか、この癖は治らんな。

 しっかし異常なまでのシスコンっぷり、しかも力を持っているだけに迂闊に止めることもできないってマジで恐ろしいな。

 こいつの特技と言ったら姉に対するストーキング能力と魔術しかないしなぁ……。

 ん、別にいいんじゃないか? あ、ストーキングじゃなくて魔術のほうな。


 物は試しだが、ちょっと誘ってみるか!


「よし……レイ、魔術の特訓をしよう」


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