33話 襲撃者は突然に
突然の出来事に護衛団は戸惑っている。
そりゃあさっきのを間近で見ていたらそうなるだろうな。
「しかし……」
褐色の肌と長身で健康的な体、顔立ちは美しく整っていてそこからたなびく炎のように真っ赤な髪を二つ結びにしている。
美しい女性だった、こんな状況でなければぜひともお友達になりたいと思える程に。
しかし、そんな彼女から発せられた第一声は……。
「オラオラ! 死にたくなかったらそこの中型馬車を全部置いてとっととお家へ帰りな! それともアタシの剣でぶっ飛ばされなきゃわかんないのかい?」
口悪っ!
てか本当にこの女性が盗賊団の頭なのか!?
「ま、まさか、こいつがあの“紅の盗賊団”の頭……なのか?」
今ここにいる全員が思っているであろう一番の疑問をガレイが言ってくれた。
でもそういったセリフはすごくやられ役っぽいからやめといたほうがいいと思うぞ。
「“紅の盗賊団”? ああ、そういえば最近そんな名前でアタシ達のことを呼ぶ奴らが多いみたいだね。うーん……でもまぁ響は悪くないね、よし! なら今からアタシ達は“紅の盗賊団”だ」
巨大な剣を肩に掛けながらはっはっはっと嬉しそうに笑う。
いやアタシ達って、あんたしかいないいじゃん。
「ま、それはどうでもいいとして……アタシのことを知ってるなら色々噂は知ってるよな。あんたら、早く逃げるかぶっ飛ばされるか選びなよ、こっちは律儀に待ってやってるっんだからさ」
「舐めてんじゃねぇぞこのクソ
まるで挑発ような物言いに耐え切れなくなった男がはじけ飛ぶように斬りかかる。
だが……。
「はっ!」
「どああああああ!!」
先程の男と同じように一振りで宙を舞った。
しかし身の丈ほどの大剣をああも軽々振れるとは。
ちょっと集中して見てみるか。
「ワウ?(どうしたんすかご主人?)」
「いや、あの怪力、少し気になってな……」
どれどれ……うーん、胸だけじゃなく尻もいい形をして……じゃなくて。
集中しゅうちゅ……ぐぅ~(腹の音)、ああクソ! 腹が減って集中できん。
「おいお前達! 何をあんな女一人にたじろいでいるんだ! 奴を倒した者には特別報酬を追加してやる。だから絶対に荷を奪われるな!」
たじろぐ護衛達に痺れを切らしたのか、依頼人が大型馬車から顔を出し怒鳴りつける。
「特別報酬!」
「あの女を倒せば……」
「へへ……盗賊団だかなんだか知らねぇが、逆にひん剥いてやるぜ」
彼女の力に一歩引いていた護衛達が特別報酬と聞いた途端眼の色を変えてジリジリと迫っていく。
むさいおっさん共が綺麗な女性にジリジリと……うわぁ汚い絵面。
やめて! 盗賊団の頭に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!
……お読み頂いてる作品はR18小説ではないのであしからず。
「はぁ、どいつもこいつも欲にまみれたアホばっかだね。自分達がどんな荷物を運んでいるのかも知らずに呑気なもんだ」
荷物? 出発前にちらっと見せられたリストには食料品や武器といった一般に売られているもの。
そして私の隣にある馬車には高級な食材や偉い人への献上品なんかが入っているはずだが。
「おい小僧、お前は行かなくていいのかよ。ま、別にいいなら特別報酬はこのガレイ様のものだぜ!」
気づけば前、中衛にいたガレイを含む護衛達が一斉に突撃していった。
「くらえ! ナックルボンバー!」
「ヒャッハー!」
飛び出したガレイのナックルボンバー(ただの速いパンチ)に続くように護衛達が剣や斧などで攻撃していく。
「おいおい、マジで殺る気か」
仕事とはいえ綺麗な女性のスプラッタは見たくないぞ。
とりあえず死なない程度にあの人に防御術を……ん?
「これは、まさか!」
術を掛けてやろうと彼女に意識を向けると強烈な威圧感を感じた。
「間違いない……これは魔力だ!」
「さて、生きのいい馬鹿どもが大量に釣れたとこで……一気にぶっ飛ばすよ!」
彼女から感じられる魔力がどんどん大きくなっていく。
この反応は、生命属性に、火属性もか!
「
ヒュ……ゴオオオオオオオオオオオン!!
「ぎゃあああ!」
風を切り裂く音が聞こえた瞬間、彼女の剣は地面を砕き爆発した!
護衛はおろか、一番前にあった大型の馬車までその爆発に巻き込まれ横転してしまった。
街道は大地がめくり上がって粉々、さらに巻き上がる炎が近くの木々に燃え移り辺りが炎で包まれる。
盗賊団の頭はその中で炎の色と同じ赤い髪を揺らし一人佇む。
「噂は、本当だったのか……」
「ガレイ! 無事だったか」
吹っ飛んできたガレイがよろよろと立ち上がり後ろへ引いてくる。
先頭でまともに食らっているように見えたから死んでしまったんじゃないかと思っていたが。
「どうやら……ゴフッ! 切る瞬間に剣の位置をずらしたみてぇだ……。ちく……しょう!なめやがって……グッ」
手加減されたってことか、どうやら彼女も死人をだすつもりはないみたいだな。
だがガレイは完全に気絶してしまった、これでは復帰はムリだろう、骨も何本かいってるなこりゃ。
「
ガレイに回復魔術をかけてやる。
気絶はしたままだが、起きた時には全快だろう。
「クッ、しかしこう気力がない時に魔術を使うのは辛いな」
ただでさえ彼女はこちらが全力でかからないといけないほど強いというのに。
それにこの炎の鎮火もしなければいけないだろう……こうなったら。
「仕方ない、馬車の中の荷物から少し食事をもらう!」
「ワウ!?(ちょ、ご主人マズイっすよ!?)」
緊急事態なんだ、依頼人もわかってくれるだろう。
私は一番近い馬車の扉を開ける。
だがその中に入っていたのは。
「な!? これは……」
そこには出発前に見たリストの内容とは全然違う品物が入っていた。
いや、品物というか、これは……。
「人……か?」
「ワ、ワウ?(ご、ご主人。この人達は?)」
光の差し込まない暗い馬車の中に5、6人の人が力なく座っている……酷いな、子供までいる。
全員ボロボロの布切れのようなものを身につけ、首には数字が掘られた首輪をしていた。
そして、この中のほとんどは人族ではないようだ。
「まさか、奴隷……か? だが、私達には知らされていない……」
この世界では奴隷が認められている。
しかし、このように商人が奴隷を扱う場合には中央国のお偉いさんに話を通し、ちゃんと《奴隷を扱っています》ということを周囲に認知させなければならない。
奴隷は良い金にはなるがリスクもある、入荷するのにも手続きが面倒だし、奴隷を快く思わない人だっているらしいからな。
多分この奴隷達は正式な手続きを受けずに運ばれていた可能性が高い。
つまり……。
「違法奴隷と言ったところか」
手続きにはそれなりの金額がかかるとも聞く。
今回の護衛料が破格の値にも関わらずこれだけの護衛を雇ったのはそれ以上の利益が十分に見込めるからだったってとこか。
それに彼らの体を見ると全員ガリガリにやせ細って今にも死にそうな者や傷があるものが多い。
「はぁ……はぁ……」
ドサッ…
む! 中にいたエルフ族の少女がいきなり倒れたぞ。
私は慌てて近寄り状態を診る。
「体が熱い。外の炎のせいで馬車の中の気温が異常に熱いからか」
これではほとんど蒸し焼き状態だ。
このままではこの子の命が危ない! 外の炎を何とかしなければ。
まだ戦闘中だが! 腹は減っているが! そんなことはどうでもいい!
この幼い命をここで終わらせてなるものか!
「ワフ!(ご主人、なにを!)」
私は馬車から勢い良く飛び出すと、天に向かってケルケイオンを構える。
雨を降らせることは簡単だが、今は一秒でも早くこの場を冷却しなければならない。
「いくぞ! 風属性装填、『
ありったけの力を込めて周囲に存在する雲を集め巨大な雲を生成する。
「第二術式展開! 追加属性《水》! 雲の中で巻き起これ『
これで準備OK!
「さあ仕上げだ! 第三術式展開! 『
最後に雨を降らす術式を追加して完成だ。
私の魔術で急速に成長した雨雲を術式の途中に加えることで魔力を与え続けなくとも冷たい雨が降り続けるようになる。
少しして雨が降り始める。
そしていつの間にか戦闘も終わりを迎えていた、どうやら勝敗は盗賊団に軍配が上がったようだ。
護衛のほとんどは倒れ、依頼主は逃げ去った……。
いつの間にか現れていた盗賊団の仲間であるだろう人物がちらほら見えていた。
「これから私はどうなってしまうんだろうな」
意識が朦朧としてきた……。
そこへさっきの少女がフラフラしながらこちらに歩いてくる。
どうやら無事のようだな。
ああ……もうダメだ、腹……へっ……た。
「―――――――、―ん―――――――――な―――」
「と―――、―――で―――――――」
近くで誰かが話し合う声がするが、まともに聞き取ることができないまま私は意識を失った。
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時間は少々遡り、戦闘場面に戻る。
大地が割れ、炎が巻き上がっていく。
大型馬車は横転し、中にいた商人ルドルフ・ルーベンスが這い出ていた。
「ば、馬鹿な……集めた屈強な護衛達が一瞬で」
「あんたがルーベンス商会の親玉かい」
ルーベンスの前に立つ彼女のその姿はまさに悪魔のように見えただろう。
「ご、護衛達! 何をしている! 早くこいつを殺せぇー!」
後衛にいた護衛を呼び寄せるが、護衛達は唖然と突っ立っていた。
「ど、どうした! お前らなにをボーっと……はっ!」
護衛達の視線の先にはムゲンが開けた馬車の中を捉えていた。
「どうやら奴らも知ったみたいだね。自分達が何を運んでいたのかを……。さて、皆ぁ! そろそろ出てきな!」
「へいお頭!」
ずっとこの状況を見ていたのか、燃えていない草葉の陰から何人もの人がぞろぞろと出てきた。
「い、いつの間にこんなに!」
「も、もうダメだ」
「お、俺は逃げるぞ! 火は強くなってきたし運んでたのは違法奴隷! もう嫌だ!」
一人の護衛が逃げ出すと、俺も俺もと護衛はいなくなってしまった。
「さぁ、もう一度聞こうか。ここに残ってアタシらに打ちのめされるか……荷物を置いてとっとと逃げるか、好きな方を選びな!」
「ひ、ヒィィィィ!!」
涙目になりながらルーベンスは一目散に逃げ出した。
ポツ……ポツ……
しばらくして雨が降りだした。
この雨はムゲンの魔術によるものだが、彼女達は知る由もなかった。
「お前ら、いつも通り護衛の奴らはその辺に揃えて寝かせとけ。奴隷は丁重に保護しろよ、食料が必要なら与えてやれ」
「へいお頭!」
盗賊団の頭はテキパキと指示を出していき、団員も息のあった動きで仕事を進めていく。
「しっかし丁度雨が降ってくれて助かったぜ。アタシが出した炎とはいえ鎮火するの面倒臭かったからな、はっはっはっ」
「はっはっはっ……じゃないでしょ! いつも考えなしに攻撃して、奴隷達が乗ってる馬車に当たったらどうするつもりだったのよ!」
豪快に笑う盗賊団の頭の後ろから一人の女性が現れた。
緑色の長い髪と特徴的な尖った耳をもったエルフ族の女性だった。
「で、でも結果的に上手くいったんだからいいじゃん」
「よくないわよ! ちゃんと反省しなさい!」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「まぁいいわ、奴隷達の様子を見に行きましょう。けが人がいたら私の力が必要になるだろうし」
冷たい雨が降る中、二人は奴隷達が乗っていた馬車の元へ移動する。
そこには力尽きて倒れているムゲンと覆いかぶさってわんわん泣いているエルフの少女、そして見たこともない四足の生物がいた。
「どうした、何かあったのか?」
頭が団員の男に問いかけるが。
「あ、いえ……それが何を言ってるのかよくわからなくて」
「ダメー! 殺しちゃやだ! このお兄ちゃんミミを助けてくれたんだもん。だから殺しちゃやだー!」
叫びながらムゲンにギュッとしがみつく女の子。
それを見てエルフの女性が微笑みながら少女に話しかける。
「わかった。このお兄ちゃんも助けてあげるから心配いらないよ」
「うう、グスッ……。ほんと?」
「うん、約束する」
同種族だからか、少女はホッとしたようにエルフの女性の元へ倒れこんだ。
「確認取れました! どうやらその少年は護衛の一人だったようですね。どうします? やはり他の護衛と同じように……」
ボコッ!
「馬鹿野郎、聞いてなかったのか。こいつのことは助けるって約束したんだ、一緒にアジトに連れて帰る」
「う、うす、了解っす」
「しかし酷いねぇ、こんな子供まで戦わせるなんてさ」
「とにかく、急いでアジトに運ぼう」
「ワンワン!(僕も一緒に連れてってください!)」
ワンワンと犬が主張するがムゲン以外にはその意思は届かない。
「うお、なんだこいつ? びっくりした。うーん、とりあえずこいつも連れてっとくか」
「ワウン(あざーっす)」
こうして、ムゲン達は盗賊団のアジトまで運ばれていくのであった。
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