28話 勇者認定?


「いやー、まさか勇者認定されるとはなー」


 あの後、もう少し安静にしていた方がいいとリィナに言われたので大きなベットでゴロゴロしているのだが。今、私の頭の中では様々な考えがめぐっていた。


(うーむ、別にそんなにはやし立ててくれなくてもいいのにな)


(別にいいではないか。昔だってよく勝手に首を突っ込んではなんやかんやでいろんな奴から英雄視されてたじゃないか)


(まぁそのこと自体は私も嫌いじゃないんだが……いかんせん自由がなさそうな役職なのがな)


 目立ちすぎたり重要そうな人物達と関わり過ぎれば、それだけ行動が制限されるかもしれない。

 あんまり目立ちたくないんだけどなー、かー! ……という、よくある『お約束展開』にも興味はある。

 が……。


(私としては元の世界に帰りたいというのが一番なんだ。しかし……この国の連中も放っておきたくないと考えている自分もいる)


(ははは、やっぱり変わらんなお前は。で、結局どうするんだ? このまま勇者勇者ともてはやされ、そのままズルズルとこの国に居座るのか?)


(……それなんだがなぁ)


 このままこの国にいれば国を救った英雄として不自由無い待遇が待っている可能性もある。もしかしたら夢のハーレム展開だって待ってる可能性だって夢じゃないかも……。

 だが、私は本来この世界にいるべき人間ではない。それに現代日本で普通に暮らすと決めたからな。


 それに、この国には魔術に対する意識が低い。ゆえに、ここに留まって元の世界に帰る方法を探るのは難しい……。


「やはり、元の世界に帰るための鍵は新魔族が持っていると考えるべきか」


 あの時、アリスティウスが使った特異点のようなものを発生させた装置……あれを調べられれば何かわかるかもしれないんだが。


「ワウ?」


 まぁ、どちらにせよこれからのことを決めるのは今夜のパーティーを終えてからだ。

 こういった勝利の宴は昔から何度やっても飽きないものだからな。


「パーティーまではまだ時間があるし……もう一眠りしておくか」






「ペロペロ……ペロペロ……」


「む、ぐぅ……なんだ? 頭が重い」


 なんだなんだ!? まさか新手の新魔族でも襲ってきたのか!


「ワン!」


 って犬が私の上に乗っかってただけかい。

 まったく、人が気持ちよく寝ていたのに……って。


「ちょ! 今何時だ……っておおう、外暗いな!」


 スマホを取り出すとすでに夜の8時を回っていた、別にこの世界に細かな時間の概念は無いんだが……これも時間に追われる現代日本人の性ってやつなんだろうか。


「ありゃりゃ、もうパーティー始まってるんだろうな。早くしないと飯を食いっぱぐれてしまう」


 今日はずっと寝てたから腹がペコペコだ。

 パーティーと言えばうまい飯とうまい酒と相場が決まっているからな……楽しみだ。

 え、お前未成年だろって? ふふふ、こういう世界では『○○歳から成人扱いだからお酒を飲んでもオールオッケー』みたいなパターンがあるに違いない!


(あ、インフィニティ。言い忘れていたが今この世界では16歳からが成人扱いだからお前は酒を飲めんぞ)


(いや人の思考を勝手に読むな……てかちょっと待て、その話冗談だよな?)


(大マジだ)


(そ、そんな馬鹿なあああああ!?)


 せっかく! ついに! やっと! 久しぶりに待望のお酒が飲めると思ったのに!!


(そういやお前は無類の酒好きだったな……。昔貯蔵庫に保管してあった酒樽の中身が一晩で無くなったから事件でも起きたのかと思ったら、その樽の後ろで酔いつぶれて寝ていた馬鹿がいたこともあったな)


 そう! 何を隠そうこの私はお酒が大好きなのだ!

 転生してからというもの『お酒は20歳になってから』というフレーズを何度呪ったことか。

 私が小学生になった頃、アルコールへの強い衝動が抑えられずついに父さんのビールに手をだそうとしてしまった。

 だが、飲もうとした瞬間それが母さんにバレて……それから先は思い出したくない。


(とにかく! 見た目は子供、精神は2015歳! 転生してからアルコールの無い日々はまるで地獄のようなものだった。だがこちらの世界に戻ってきてまず浮かんだのがいろんなラノベの設定! この世界なら飲めるかもしれない! と思っていたのに……)


(後一年我慢しておけ)


 私の誕生日はこの前に過ぎたばかり……この世界でも後一年近くは飲んじゃだめよってことか。

 ああ……すぐにでも元の世界に帰りたいが、帰れば酒が飲めるのは約5倍の年月がかかる……どうすれば。


 ……一年後に酒を浴びるように飲んでから帰ろう、うん。


「仕方ない……ひじょーーーーーに残念だが酒は諦めるとしよう。とりあえず今は飯だ飯」


 こうして話をしている間にも私のお腹は緊急警報を鳴らし続けているんだ。

 今すぐにでもパーティー会場にレッツラゴーしなければ。


(おいインフィニティ、そんな顔で大勢の人前に出て行くつもりか?)


(そんな顔? 何を言ってる、私の顔に何かついて……)


 と、なんのけなしに自分の顔を触ってみると。


ネチョオオオ……


「どぅわ!? なんじゃこりゃ!」


 私の顔になんかネバネバネトネトした液体が! しかもなんか臭い!

 なんか糸引いてるし……いったい何の粘液……。


「ワウ?」


 こいつか! そういや起こす時私の顔ペロペロしてやがったからその時だな!

 それにしてもこんなにべちょべちょになるまで舐めまわすとは……それで起きない私も私だが。


(とにかく、どこかで顔を洗ってから行ったほうがいいぞ)


(そうする……)


 はぁ……こうしてる間にも時間がどんどん過ぎていく。


(飯が残ってるといいんだがねぇ)






 犬のヨダレを洗い流し、綺麗な爽やかイケメンになった私がパーティーにただいま参上!

 さぁ飯だ! 肉、魚、サラダにドリンク! おとなしく私の胃袋に収まるがいい!


「大分出遅れてしまったが、なんとか飯は残ってるみたいだな」


 大広間にはまだ結構な量の食事が残っているようだ。ここにいる皆さんは小食なのかな?


(ここにいるのは貴族が大半だからな、あまりがっついてはしたなく思われたくないんだろう)


(ふぅん……ま、私はそんなもの気にしないがな)


 プライドじゃ腹は膨れんのだよ。

 さて、どれから食うか……あのチキンのような見た目をしているなんとも旨そうな肉にするか!


「それじゃ、いっただっきま~……」


「ゆ~う~しゃ~さ~まー!」


ゴスッ!


「ぐふぁああ!!」


 突然私の空きっ腹の横腹に多大なダメージ!

 どうやらミレアが飛び掛ってきたらしく、私は肉の元へ辿り着くことはできなかった。


「ゆうひゃさま~来るのが遅いれすよ~……ヒック! どこ行ってらんれふか~」


 呂律が回っていない……てか酒くせぇ! 私が飲むのを我慢しているというのにこのお姫様は……。


「おいミレアよ、その手に持っているのは酒だろう。未成年が飲んでいいと思っているのか」


「ほえ? わらくし16歳ですからもう成人してまふよ? まっらく……ゆうひゃさまが来るのが遅いから沢山飲んじゃったじゃらんでふか」


 うっそ~、ミレアって私より年上なの。てっきり年下だとばかり思っていた。


「とりあえず酒を置いて私の上からどいてくれ……」


 私はお前の椅子じゃないんだぞ。お尻の感触はとても素晴らしいが、空腹状態の今の私ではこのまま押しつぶされてしまう。


「いいじゃらいれすか別に……。あ、ゆうひゃさまも飲みます?」


 ……なに? そうか、ミレアは私の年齢を知らない。

 さてここで問題です。女の子からお酒を勧められました、あなたならどうします?


「頂くしかないだろう! ってなわけで……」


「待ってください姫様……ムゲン君まだ未成年なんですから、まだお酒は飲んじゃだめです。それと姫様、あなたは飲みすぎですよ」


(のおおおおおう!? 酒ががあああああ!!)


 私が勧められた酒を受け取ろうとしたその瞬間! 突如後ろから現れたリィナがミレアを抱え上げ、そのまま支えるような形になる。

 そして同時に遠ざかっていくアルコール飲料……。


「ホッホッホッ、君がミレアのお気に入りの勇者様か」


「ん、誰?」


 二人の後ろからふくよかで偉そうなおっさんが現れた。

 貴族っぽい様相……いやそれよりもよさそうな身なり。そしてミレアを呼び捨てにしてるってことはもしや……。


「む、ムゲン君! この方はこの国の王であるバルレッタ・アレス陛下よ!」


 やっぱそうか。言っちゃなんだがミレアと似てないな。

 奥の方には王妃様っぽい女性も見えるし、どうやら母親似かね。


「ホッホッホッ、構わんよ。彼には私の命、そして我が国を救ってくれた恩人なのだから。おっと申し遅れた、私がこの国の王バルレッタ・アレスだ。この度は我が国を救っていただき心から感謝致します」


 そう言って王様は深々とお辞儀をしてくるバルレッタ王。

 アリスティウスが消え、魔術の効力が無くなった瞬間に元気になったというのは本当みたいだな。

 まぁ誰にも気づかれずに病気で自然死したと思わせるには時間を掛けて近くでじっくりと魔術を使い続けないといけないからな。


 っと、私もいつまでも地面に突っ伏してないで立ち上がるとするか。


「っこいしょ……これはご丁寧にどうも。私は無神限、皆からはムゲンと呼ばれている。知っていると思うがあなた方が異世界人と呼ぶ者だ。それと、今回の件は私が勝手に首を突っ込んだだけのことなのでお気になさらず」


 そもそもはリィナとカロフ、あの二人のことが気にかかりで「どうにかできないものか……」とついていっただけの話にすぎなかったしな。


 あのまま二人についていかず、この国に直接来ていたとしたらドラゴスにも会えずケルケイオンも手にすることはなかっただろう。

 そんな状態でこの国の混乱に巻き込まれていたら私は死んでいたかもしれない……。


「ホッホッホッ、それでムゲン君。いきなりでなんだが……この国の魔導師として仕えてみるというのはどうかね? 君なら我が国筆頭の魔導師としての地位も用意する。君ほどの魔導師が我が国にいてくれるなら心強い。そして何より……娘は君を我が国の勇者にしたいようなのでな」


「それは……」


 その件は先ほど私も考えていたことだ。ここに留まって帰るあてのない生活を送るか、それとも危険が待っているかもしれないが帰ることが出来るかもしれない方法を探しに行くか。


「なにもすぐに決めんでよい。お主が元の世界へ帰りたがっているという話も聞いておる。我々にできることは少ないが……少なからず後ろ盾にはなりたいと思っておるよ」


「……考えておきます」


 まだ私の気持ちは決まっていない。どちらにしても、このままこの国の好意に甘える形になってしまいそうな気がするが……。


「良い返事を待っておりますぞ。ほれ、行くぞミレア」


「ゆうひゃひゃま~。あなたはこのくにのゆうひゃになって、いずれわらくしとロマンティックな恋におちるのでふわ~……」


 なんだかミレアの頭の中では、私がこの国の勇者として活躍しているようだが……。

 私の意志を完全に無視しているような将来設計はノーサンキューだ。


「ムゲン君、ここにいると人が集まってきちゃうからテラスの方に移動しよう。カロフもそっちで待ってるから」


 そうだな、ただでさえ異世界人で魔導師という珍しい人物がこの国の王に気に入られている。

 変な興味を持たれないようにさっさとこの場から退却するのが吉だな。


「じゃあ行くか……っとその前に飯をいくつか……」


 皿に乗せられるだけ飯を乗せて……スタコラサッサーっとね。




「モグモグ、うまいうまい……モグモグ」


 テラスへ向かう途中、腹ペコだった私は耐え切れず皿に盛ったご飯を頂いていた。

 やっぱこのチキンみたいなのは昔食べた鳥と同じ種類の肉だな。味付けは大分違うみたいだが。

 どちらかと言うと現代日本の味付けに似てるか?


「ムゲン君、歩きながら食べるのはお行儀が悪いわよ」


「腹が減っていたんだ、モグモグ……仕方ないだろう」

「ワフワフ」


 犬もいつの間にか自分の食糧を失敬していたらしく、私の後ろをついてきながら肉を頬張っている。


 しかし、歩いてる途中にすれ違う人が皆して「あれが勇者……」とか「英雄様……」とかヒソヒソ話されていたな。

 中には「本当にあんなのが……」とか言う声も聞こえたし。まぁ私は気にしないたちだから陰でいくら話そうが構わないが。


「おーい、こっちだ」


 お、遠くからカロフが手を振っている。あいつもなんとなく肩身が狭そうな感じだな。

 まぁお偉いさんが集まるこの場所では平民であるカロフは慣れてないし仕方ないことか。


「ようカロフ。……ん? ちょっと待て、お前が持っているそれは……」


「あ? ただのぶどう酒だぞ。いやー流石王宮のパーティーともあっていい酒だ、こんなの初めて飲んだぜ……ってどうしたムゲン? 変な顔して」


 お前ら……皆して私を虐めて楽しいか! 私だってできることならなぁ……!


「ムゲン君、お酒を飲んでみたくて仕方ないみたい。未成年だからダメだけど」


「なんだそんなことか」


 そんなことだと! 私にとっては死活問題だ!

 とはいえ、私が酒の味を知っていると知られればそれはそれでちょっとした問題だから黙秘するしかないが。


「それよりムゲン、お前とちょっと話したいことがあるんだ……」


「……ああ」


 多分アリスティウスに関することかもしれない。

 カロフにとっては親の仇であり、自分の人生を変えた存在とも言える相手。

 その相手を勝てる見込みが無いとはいえ私が逃がしたようなものだ……文句を言われる覚悟はできている。


「そんな神妙なツラすんなよ、奴のことに関しては怒っちゃいねーからよ」


 ありゃ、想定していたのとちょっと違うな。


「だが、あそこで奴を逃がす判断をしたのは私だ。それに関しては何を言われても仕方ないと思っている」


「……いや、あの時はあれが最善の策だった。冷静になった今ならわかる。ってか、今回の事件の一連でなんか色々と吹っ切れたわ。お前には感謝している……」


 なんかムズ痒いな。いつも素直じゃないカロフにこんな態度とられると。


「なんていうか、いつまでも後ろを向いているわけにはいかねぇなって思ったんだよ。仇だのなんだのは……もうナシだ。これからの俺は、大切なものを守るために強くなる……そう決めたんだ」


 ちらっとリィナを見て顔を赤らめている、酒のせいもあるのか足もふらついているようだ。

 しかしよくもまぁこう恥ずかしいセリフがポンポン出てくるもんだ。


「あー、なんか恥ずい! ちょっと酔ってきたか……」


「カロフ、足元がふらついてるわよ、休憩室で横になろう。じゃあ、私はカロフを連れて行くから」


「ムゲン! 国の魔導師に推薦されたんだって? いいじゃねぇか……でも俺だってすぐに成り上がってみせるさ! そうすれば……リィナやお前に、追いつけるかも……しれないし……な……ぐぅ」


「寝ちゃった、しょうがないんだから。ムゲン君、私も君にはこの国にいて欲しいかな。じゃあまた明日」


 そう言い残して二人は行ってしまった。後に残ったのは私と、足元の犬。

 そして……。


(で、どうするんだ? 二人はああ言ってるが)


(ああ、決めたよドラゴス。ちょっと強力してくれ……)






「ふぅ、夜風が気持ちいいな」


 パーティーも終わり現在の時刻は夜の11時。この国の住人のほとんどがスヤスヤと寝息をたてている時間だ。

 今起きているのは警備の兵隊さん達ぐらいだな。


「ワン!」


「おい、吠えるな犬……誰か来たらどうするんだ」


 私は今、街の外れの馬車置き場にいる。ドラゴスに手伝ってもらい城から抜け出してきたのだ。

 ちなみに犬はやっぱり勝手についてきた。


「ワウ?」


 それはそれとして、なぜ私がこんな所にいるのかというと。


(ドラゴス、この馬車で本当に合っているのか?)


(ああ、その馬車なら日が出る前にはトレス王国方面へ出発するはずだ)


 こういうことだ。荷馬車に潜り込むことで誰にも知られずに国を出る作戦である。


「よし、それじゃあちょっとお邪魔しますよ。うーむ、このままだとバレるか……よし『影潜みインビジブルシャドウ』」


 自身の気配を物陰と同化する隠密魔術を使って荷馬車を覗かれても気づかれない……はずだ。


(しかし本当によかったのか? このまま何も言わないで出て行って)


(この国は平和に向かっている、今更私がいなくなったところでそれは変わらんさ。それに、そんな国の足かせになるつもりもない)


 私のために助力してくれるのは嬉しいが、異世界人を抱える国ともなれば他国との問題も増えるかもしれない。

 だから、私は誰にも知られずに勝手に消えたことにするのがこの国のためにもなる。


(そういえば……あのお姫様はいいのか。なんだかんだで女を作るチャンスだったんじゃないか)


(政治的問題が絡んできそうなのでNGだと言ったろう。まぁ悪い子じゃないがな)


 それにどうも私を見ていないというか、自分の空想で恋に恋してるようでな。私は真剣にお付き合いできる娘を探しているのさ。


 さて、もう夜も遅いし、そろそろ寝るとするか。


「リィナ……カロフ……ミレア……お休み。そして、さよならだ……」


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