8話 出発
清々しい朝だ……。異世界に転移して初めての朝。
私は辺りを確認し、ここが就寝前と同じ部屋であることを再確認する。
「流石に夢オチということはなかったか……」
目が覚めたら自分の部屋であることを少し期待していたが流石にそれはなかった。
となれば、やはりどうにかして帰り方を探さねばならないようだな。
「ワン!」
お、犬も起きてきたな。元気よく尻尾を振っているぞ。
なるほど……犬よ、お前も準備万端ということか。
私も覚悟は昨日の内に決めたのだ、いまさらグチグチ言わんさ……。
「よし、行くか! 私達の新たなる旅へ!」
異世界転移といえば冒険だ! これから巻き起こるラノベのテンプレ展開のようなドキドキワクワクの冒険譚が今幕を開ける!
私は家から飛び出し、一直線に村の出口へと走り出す。そう、今私はこのリュート村から新たな一歩を踏み出し……。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのムゲン君!?」
と思ったらリィナに呼び止められた。
まぁ流石に何も言わず勝手には出ていけないか。
「部下が村を出て行こうとするムゲン君を見たって言うから急いで来てみれば……」
「はっはっはっ! 冗談冗談」
まぁ街に行くのなら結局は同じ方向なのだから一緒に行った方がいいだろう。
「まったく……まだ朝食も食べてないでしょ。村長が探してたわよ」
おっとすまない村長、昨日から世話になりっぱなしだ。
お腹もグーグー鳴り出しているので潔くUターンするとしますか。
「では戻るか、ついてこい犬!」
「ワンワン!」
まずは腹ごしらえだ、しっかりエネルギーを補充しておかないとな。
「出発はお昼頃だからね~」
「了解だ!」
後ろからリィナの声が聞こえ、その言葉に了承するかのように私は右腕を上げてサムズアップする。
「そんなこんなで昼過ぎだ!」
飯は食ったし服も着替えた。服は村長の家にあったものをプレゼントしてくれるそうだ。
「しかし本当にもらってしまって構わないのか?」
この服は村長の息子さんのものらしい。
少し小さかったからか、村長の奥さんが一晩で仕立て直してくれたようだ。
「ああ、息子は中央大陸に「魔導師になって楽な生活をするんだ!」と言って出て行ったきり帰ってこないからな……。タンスの肥やしにしているよりはずっといいだろう」
村長の息子は魔導師を目指していたのか。
だがありがたい話だ、ずっと制服でいるのはちょっと目立つからな。
ちなみに制服はかばんの中に仕舞ってある。
(いつかこれを着て帰る日がくればいいが……)
あまりネガティブな思考はよくないな。考えてみればこれは誰もが憧れるような異世界トリップなのだ、楽しんでいこう。
「それにしてもリィナは遅いな。昼を過ぎてからそれなりに経っているはずだが……」
ま、それならこちらから向かうまで!
そんなわけで私は世話になった村長に挨拶をしてからリィナのいる宿舎へ向かうことにした。
「さて、向かう途中でもう一度回路の確認をしておくか」
昨日の内に属性魔法と特殊魔法の基本の回路は調整済みで、あとはうまく変換していくだけだ。
まぁ"だけ"と言ってもウン万と変換するのは今の私ではやはりムリだろう。
「せめて数百はいきたいところだが……」
……おっと、そうこうしてる間に到着してしまったようだ。リィナの話し声が聞こえてくるぞ。
「やはり納得がいきません!」
おや? なんだかリィナが揉めているな。
相手はカロフかな、とニヤニヤして近づいてみるがどうも違うっぽいな、誰だあのおっさん?
「今我々は異世界人護衛の任務を受けているのにどうしてそんな指令がくるんですか! それに今の我々の部隊ではいささか無理が過ぎませんか!」
凛々しいリィナもなかなかいいな……ではなく。
あのおっさんは村の者じゃないな、昨日見た中にはいなかったし。
「どうしたんだリィナさん? 時間になっても来ないのでこちらから来たぞ」
あたかも今来たかのような言い回し、完璧だな。
……犬が温かい目でこちらを見ていやがる。
「あっ、ムゲン君。ごめんなさい、ちょっと立て込んでて……」
「お前らまだ村にいたのか。何があっ……」
おっと、話している間にカロフもご登場だ。
おや? おっさんを見て固まってるぞ……まさかソッチ系の趣味が……。
いや冗談だけどさ。
「てめぇ……! この村にやってくるとはいい度胸だな」
「じ、自分は任務で来ただけだ。人出が足りてないなんてことがなければ誰が好き好んでこんなトコに……」
「なんだと!」
「落ち着いてカロフ!」
おおう……どうしたカロフ、私の時より数倍怖いぞ。なにやらあのおっさんとは因縁っぽい雰囲気、三角関係?
いや、おっさんの歳からしてそれは無いとは思うが。
「と、とにかく伝えたからな! こ、これは国からの直々の任務だから拒否はできんぞ!」
そう言って男は脱兎のごとく逃げ出した。なんだありゃ?
しかし今はあんな男よりもこっちだな。なんだか殺伐としてるし、雰囲気が悪い……。
「リィナ! なぜ今更奴がここに来るんだ」
うお、カロフさんマジパネェっすマジ怖ぇっす!
てかお二人共昨日より打ち解けてません? と、心の中で若干ニヨニヨさせていただきます。
「彼の言ったようにただの任務の伝達、今は人員が不足してるからこの村に来たことがある彼が配属されただけ」
「なにも奴じゃなくてもいいだろうが……。で、奴に何を言われたんだ」
あ、それは私も気になる。
「それが、別の任務を言い渡されたの……」
「このガキを連れて行くのとは別のことか? 任務が重なることなんてよくあることじゃないのか」
おい、ガキとはなんだガキとは!
私は外見的にはお前よりガキかもしれないが、精神的にはお前よりずっと大人なんだぞ!
まあ私は精神的に大人だからそういう細かいとこは気にしないがな!
決してさっきのカロフが怖かったから何も発言しないわけではないぞ! 本当だぞ!
「ムゲン君にも関係ある話だから聞いて欲しいんだけど」
「おや、私もか?」
「えっとね……どうやら『龍の山』へ向かった部隊との連絡がつかないみたいで、私達にその件の調査とその部隊の任務を引き継げって……」
「はぁ!? 龍の山ってことは今起きてるあれだろ! そんなもんこの部隊の人数で受ける案件じゃねえだろ」
むむむ『龍の山』とやらも今起きてるあれとやらも私にはわからないぞ! この圧倒的置いてけぼり感。
「あのー……その件と私とどうゆう関係があるんだ?」
「私は任務に従って山へ向かわないといけないから、ムゲン君にはもう少しこの村で待っててもらうことになりそうなの……」
「なるほど、つまりその任務を終えるまで待ってればいいのだな」
どうやら新しい一歩はおあずけのようだ。
戻ってくるまで魔法……ではなく、魔術の勉強でもしてるか。
「あ、いや、多分……私は戻って来ないから。国から別の人達が来ると思うの。その人達に連れてってもらって」
なんだかリィナの歯切れが悪いな。
「そこまでわかってるならやるこたぁ無えだろ! 奴らはお前のことが気に食わないからはじめからこうする気だったんだよ!」
「つまり山へ行ったらリィナはもう帰ってこないと言うのか?」
「そうだよ! だから……」
「ならば私も付いて行こう」
「え?」
「は?」
二人共ぽかんとして私を見つめる。おいおい私はそんなに変なことを言ったか? こういうのってなんだな主人公っぽくていいな。
「山とやらに付いて行ってちゃちゃっと任務を終わらせてアレスという国へ向かえばいいだけの話だろう? これなら待たずに済むし人員も割かないぞ」
我ながらナイスアイディア。
リィナの代わりにあのおっさんみたいなやつに付いていくのは嫌だからな。
やはり連れてってもらうならむさいおっさんより綺麗なお姉さんだろ。
「ムゲン君は異世界人だからわからないと思うけど、この世界は危険で魔物とかも出……」
「『
ボゥ!
「なっ!」
「うそ……」
おおー驚いている驚いている。傘の先端から炎を出しただけでこの驚き様とは……。
この程度で驚かれるってことはあの本で読んだことは正しかったのか。
昨晩、村長の息子の部屋にあった魔術に関する本を読んだのだが。どうやら、今のこの世界では魔導師というのはそこら中にポンポンいるものでは無いとのこと。
中央はそれなりにいるらしいが他の大陸には一大陸50人もいない……というのが今の常識らしいな。
「お、驚いた……。もう魔術を覚えたの? で、でも仮に魔術を扱えたとしても今の私の部隊の数じゃムゲン君を守りながら戦うことは出来ないと思うし。そもそもこの任務は私達じゃまず全滅するわ……。そんな死ぬような場所に連れてけるわけないじゃない」
私は別に守ってもらうつもりは無いのだが……。前世ではワンマンアーミーでよく大軍団を相手にしたものだ。
しかしまぁそこまで渋るというのなら他にも案を提案してみるだけだ。
「だったらカロフやこの村の者達に協力してもらえばいいだろう? 私を囲んでいた者の中にもそれなりの腕をした奴がいるだろうし」
「そんなこと出来るわけ無いじゃない。私は人々を守る騎士なのにその人達を巻き込むなんてできないわ」
「ふむ……リィナはこういってるが。カロフはどうなんだ?」
「俺?」
「そうだ。お前の友人がこれから死地へ赴くかもしれないのに自分はここで指を咥えて待っているというのか?」
「なっ、てめぇ! 俺はただそんな危ねぇとこにリィナが行く必要はねぇつってんだよ!」
「行く必要はない……か。だが、リィナの任務というのはこの村にも無関係な話では無いのだろう。こんな時こそ力を合わせるべきじゃないのか。他人任せでいつか解決すればいい、そんなことで誰かを死なせお前は何もしないというのか」
「そんなこたぁてめぇに言われなくてもわかってるんだよ! だが、俺にできることなんて何もねぇだろうが!」
「そんなことはない!」
私は自信を持って言う。懐かしい感覚だ、前世でも似たような状況があった記憶が蘇るようだ。
あれはたしか、独裁者相手に絶望していた少数の反乱軍に協力していた頃だったか……。
同じように絶望していた者達をかき集め協力し合ったのだ。
今で言う亜人達が集まり、それぞれの特性を活かして勝利を勝ち取った。
今の私の中にはその魔法神時代のあの感覚が沸々と蘇ってきている。
「何もできない人などこの世にいない。お前の目は、耳は、鼻は、その体はなんのためにある! その腕でできることがあるはずだ! お前の腕でリィナを守ることだってできるはずだ! やる前から決めつけるな!」
「だ、だが俺一人増えた所で無理に決まってる」
「お前一人だけならな」
「なに?」
カロフは気づいていなかったが私達の周りには大勢の村人が集まっていた。
そう、皆リィナのためにと集まってくれていたのだ。
「そんな……皆、どうして」
「俺達だってリィナちゃんを死なせたくないんだ。なぁ皆!」
「ああ、そこの小僧にあそこまで言われて黙っちゃいられねえよ」
小僧って……。
「でも、私は皆を守らなきゃ……」
「いいんだよ、リィナちゃんは俺達のために頑張ってくれてたんだ。今度は俺達が頑張んなきゃな」
「隊長、我々も隊長に死んでほしくはありません。騎士として情けないことですが……この人達に協力を要請しましょう」
リィナの顔には涙が溜まっていた、よほど嬉しいのだろう。
先程のおっさんといい、どうやらこの村には私の知らない事情がまだまだあるようだな。
さて、となると残るは……。
「で、カロフはどうなんだ?」
「行くさ……まったく、とんでもねー疫病神だなてめぇは。さり気なく俺とリィナのこと呼び捨てにしやがって、ガキのくせに」
おっとうっかりしていたぜ。
カロフにはともかくリィナには生意気だったかな?
「ふふ、別に私は構わないわよ」
いつの間にかリィナ顔には笑顔が戻っていた。
うむ、やはり美人は笑っている方がいいな。
「ワンワン!」
ふっ、ちょっと恥ずかしかったがこれで村の皆の気持ちは一つになった。
いよいよ出発……。
「と、その前に……おい、そこに隠れてるおっさん! そういうわけだから迎えはいらねーぜ! 『
「ぎゃーーーーー!」
「あいつ……まだいたのか」
ケツに炎をぶち込んでやったぜ、いい気味だ。
さて……では改めて。
「ではいざゆかん、龍の山へえええええええ!?」
どういうわけか突然カロフにヘッドロックをきめられた。いてぇ!
「あだだだだ……なにすんだカロフ!」
「なんでてめーが仕切ってんだよ。そうゆうのは騎士隊長のリィナがやるべきだろーが」
ぐ、それは確かに一理ある。仕方ない、ここはリィナに譲るとしよう。
「と言うわけだリィナ、仕切ってくれ」
「え、えーコホン……ではこれよりアレス王国第三騎士団及びリュート村各員、龍の山へ向けて進軍します!」
「「「オオーー!!」」」
(本当は私が仕切りたかったが、まあいいか)
こうして、私はついに前世で過ごしたかもしれない世界への新しい旅路の一歩を踏み出すのであった。
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