すいりゅうさん【命】

「駄目だ」


 私の言葉にスイレンが顔をしかめる。一人きりになった小さな赤ん坊を守りたいのだ。


 無理からぬこと。


 スイレンならば、もちろんそうするだろう。優しさと愛情を固めて作ったような者なのだから。スイレンよりは情の薄い私でさえ、小さな命を守りたいと思う。

 しかし、駄目だ。


「どうして? 夜になったら寒くなるし、この子は一人じゃご飯も食べられないよ?」


 スイレンがすがるような目で見上げてくる。そうすれば私が折れると経験から学んでいる。ほとほと甘いと心得てはいるが、私はスイレンの願いを無視出来ない。大方のことであれば。けれど、何事にも例外はある。

 私とて、聞くことの出来ぬ願いはある。


「放っておいたら死んじゃうよ」


 瞳を涙で潤ませて。スイレンは言い募る。


 そうだな。

 放っておいたらすぐに死んでしまうだろう。

 だがな、スイレン。

 例えば助けても、やがて死ぬのだ。

 そのときお前はどうする。

 大切な者を亡くして。

 泣いて泣いて、苦しむのはお前ではないか。

 これまで何度そんなお前を見てきただろう。

 それならば今。

 まだ情の移らぬうちに。

 それがお前の為だ。


「駄目だ」


 私はスイレンとは違う。

 元々心など無かったのだ。

 小さな命など無視出来る。

 私が願うのはスイレン、

 お前の心が安らかであることだけだ。


 私は雪桜の花びらを抱えて立ち上がった。


「その子はそこに置いておけ。帰るぞ」


 スイレンはじっと私を見つめた。涙が一粒転がり落ちて、それから、キッと私を睨む。


「やだもん。帰らない!」


 ぎゅうっと赤ん坊を抱きしめて。


「すいりゅうさん、一人で帰れば。この子を連れて帰っちゃいけないんなら、ぼくがここにいるもん!」


 座り込んでしまったスイレンを、私はじっと見つめた。雪桜の花びらを置いて、腰に手を当てる。溜め息が零れた。


「まったく」


 そのうち大泣きするに決まっているのに。


「ほら立て。冷えてくる前に帰るぞ。その子に食わせる飯はお前が捕れよ」


 スイレンの面に笑みが満ちる。輝く、かけがえのない私の幸せ。


「うん!」


 その輝きの為に私は在ろう。

 そしていつか震えて泣くときには、私が必ず傍に居てやろう。


 

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