とかげくん【大きくなる】

 龍だって。えへへへへ。


 ぼくは川のせせらぎに自分の姿を映してくるりと一回転した。

 この頃こんなことばっかりしてる。だって嬉しいんだもん。龍だって。信じられない。嘘みたい。だけど、本当なんだよ! えへへへへ。


 すいりゅうさんはそんなぼくを見て、呆れたように欠伸をしてる。だけどしっぽが嬉しそうに揺らめいているのをぼくは知ってるよ。

 この頃はお天気も安定していて、すいりゅうさんはずうっとお昼寝している。翡翠色のクルミワリシジミが鼻の頭にとまっても知らんぷりなんだよ。くすぐったくないのかな。


 この前ね、ぼくもすいりゅうさんの真似をしようと思って、松の木の根元にとぐろを巻いてお昼寝してみたんだ。え? 松の木に巻きつかないのかって? しないよ。だって、ぼくすごく大きくなったんだよ。もう、すいりゅうさんとあんまり変わらない。だから、重いでしょう? 松の木が可哀相だよ。

 それでね、お昼寝してみたんだけど。

 すっっごくつまらないんだよ!

 すいりゅうさんはこんなことが楽しいのかな。楽しいから毎日してるんだよね。神様になったら分かるのかなあ。


 ぼくは大きくなったけど、今でも赤とんぼと競争したり舞い散る花びらを掴まえようとしたりするのが楽しい。まあ、競争にはならないんだけど。赤とんぼは纏わりつくのが好きみたいで、今でも周りを飛んでぼくを喜ばせてくれるんだよ。


 特訓や雨雲を呼ぶ練習は今もしているよ。ぼくはすごく上手になったと思う。翔けるのもすいりゅうさんに追いつけるようになったんだ。頑張った成果はちゃんと出てる。だから、ぼくはもっともっと練習して、今よりもっと上手になろうと思うんだ。そしたら、すいりゅうさんびっくりするかなあ。喜んでくれるかなあ。


 何回も何回も季節が巡って。親しくなったひとが次々といなくなって。悲しいこともたくさんあるけど、その度にみっともなく泣くぼくをすいりゅうさんは優しく宥めてくれる。そんなとき、ぼくは悲しくて仕方がないのにちょっと嬉しくなるんだ。ぼく変かな。悲しいのに嬉しいなんて。



 すいりゅうさんはね。全然変わらない。何だか時が止まってしまっているみたいに。ぼくはちょっと心配になる。ぼくは龍になれて見た目はすいりゅうさんとそっくりになったけど、やっぱり違う生き物なんだ。違う生き物の時間は一緒じゃないよ。ぼくはいつかすいりゅうさんを追い越して、おじいちゃんになって、すいりゅうさんを置いていっちゃうんだろうか。


 そんなの嫌だなあ。ずうっと一緒にいたいなあ。

 だから、ぼくはやっぱり神様になりたい。神様になって、すいりゅうさんとずうっと一緒にいるんだ。


 ぼくは松の木に巻きついたすいりゅうさんを見上げた。

 ぼくとすいりゅうさんの違いは何だろう。

 それが分かれば、神様になれるかな。

 ねえ、すいりゅうさんはどう思う?


 ぼくが問いかけても、すいりゅうさんは答えてくれない。静かにしっぽを揺らして遠くの景色を見つめるだけだ。だけど、きらきらしたいつものやつが降ってきて、すいりゅうさんがぼくのことを想ってくれてるのはすごく伝わるんだ。


「ねえ、すいりゅうさん。ぼくはずっと、すいりゅうさんと一緒にいていいの?」


 ぼくが訊くと、すいりゅうさんのしっぽがいつもより派手に振られた。ぼくは嬉しくって、松の木まで飛んで行ってすいりゅうさんに覆い被さるようにぎゅうっと抱きついた。松の木が苦しそうにミシっと悲鳴を上げる。


 ごめんね、松の木さん。重いよね。

 だけど少しだけ、こうしていさせて。

 ぼくはこんなに大きくなったのに、相変わらず甘えん坊だね。

 でもちょっとだけ。ちょっとだけだから。


 ぼくは久し振りに、ちっちゃい頃みたいにすいりゅうさんのたてがみに顔を埋めた。

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