とかげくん【願うこと】

 しゅが違うっていうことは、違う時間を生きるってことなんだね。

 いつも弟が駆けてきていた小径を、ぼくはぼんやりと歩いている。


 おばさんがいなくなって、グレンがいなくなって、そして弟もいなくなった。いつもぼくを撫でてくれた優しい手はもう無い。いつもぼくに伸ばされた愛しい手ももう無い。

 ぼくが蜥蜴だったら、みんなを追いかけるようにぼくもいなくなるんだと思う。だけどぼくはもう蜥蜴じゃないから、その時間の流れに乗ることは出来ない。

 どこかに、ぼくと同じ時間を生きられる仲間がいるのかな。蛟って他に見たことがないけれど、探せばいるのかもしれない。


 乾いた音を立てて枯葉が舞う。さわさわとすすきの穂が揺れる。秋って季節はなんだか寂しいね。だからこんなことを考えちゃうのかもしれない。

 今まで秋を寂しいと思ったことなんて無かったのにな。


 ぼくがあんまりとぼとぼ歩くものだから、後ろから飛んできた赤とんぼに追い抜かれちゃった。あっという間に向こうの方まで飛んで行った赤とんぼが、くるりと向きを変えてこっちに帰ってくる。そして誘うようにぼくの周りを飛んで、また追い越してゆく。


 弟が年を取っても、ぼくの姿は少しも変わらなかった。

 姿が変わらないと心も育たないのかな。

 弟は、藍色になりたいとか無茶なことは言わなくなって。喋り方も行動も落ち着いてきて。大人になる。それでもぼくの背中にはいっつも乗っていたけどね。

 だけどぼくは、姿も行動も元のまんまで。弟が大きくなってからは、なんだかぼくの方が弟みたいだったな。


 赤とんぼがまた戻ってきた。どうしても僕と一緒に行きたいみたい。纏わりついて離れないよ。ふふ。ちょっぴり嬉しいね。




 大好きなひとが次々といなくなって、ぼくは考えちゃった。

 ぼくとすいりゅうさん、どっちが先にいなくなるんだろう。

 ずうっと一緒にいたいなあ、って思ってる。すいりゅうさんはずっとぼくの傍にいてくれる、って信じてる。だけどぼくとすいりゅうさんの時間は、きっと一緒じゃない。




 どうすればいいのかをずっと考えてる。

 赤とんぼは相変わらずぼくの周りを行ったり来たりしていて、鬱陶しいんだけどどうしてだか笑いが込み上げてくる。

 もう、しょうがないなあ。そんなに追いかけっこがしたいんなら、すいりゅうさんの丘まで競争だよ。ハンデでぼくが飛ぶのは無しにしてあげる。いくらすいりゅうさんに追いつけないって言ったって、ぼくだって相当速いんだよ。イヌワシだってハヤブサだって、ぼくには追いつけないんだから。


「よーい、どん!」


 ぼくは駆けだした。慌てたように赤とんぼが追いかけてくる。ぼくは笑った。楽しいな。前にもこうやって追いかけっこをしたことがあるね。あのときは薄のトンネルを潜ったけれど、今はもう薄よりもぼくの方が大きいよ。葉っぱが掠ったってびくともしない。うろこも硬くて丈夫になったからね。


 飛び出した丘はぽかぽかとあったかくて。松の木に巻きついたすいりゅうさんは夢みたいにきれいで。ぼくは思った。




 ずっとずっと、すいりゅうさんと一緒にいたい。


 だから。


 ぼくは、すいりゅうさんとおんなじ神様になりたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る