とかげくん【大きくなるために】

 何回頑張っても、ぼくは結局すいりゅうさんに届かなかった。


 特訓だね!


 え? 諦めないよ。

 ぼくはとっても小さいから、すいりゅうさんに届かないんだよ。

 じゃあ、まずは大きくならなきゃね。

 それはもう、対策済みなんだ。続行中だよ。


 大きくなるためにはね、いろんなものをいっぱい食べることだよ。

 ぼくの大好きなカラクレナイミズククリムシは赤身のお肉だから丈夫な体を作ってくれる。お豆やたまごもいいんだよ。

 丈夫な体を作っても、動かなきゃ意味がない。だから、力の素も大事だよね。お芋やトウモロコシはあんまりおいしいとは思わないけど、ちゃんと食べるよ。おばさんはね、お芋が大好きだよ。昨日も夜にこっそり食べてた。力の素はとっても大事だけど、貯めた力はちゃんと使わないと行き場を失くしていらないお肉になっちゃうよ。おばさんは大丈夫かなぁ?

 力の素を動かすのはどんぐりかな。石のうすでゆっくりゆっくり挽いていくとね、透明な油が出来るんだ。その油でこんがり焼いたカラクレナイミズククリムシは最高だよ!

 カラクレナイミズククリムシはすごいんだよ。お肉もおいしいけど、内臓も最高なんだ。レバーをさっと焼いて、搾りたてのどんぐりのオイルとからたちの果汁をかけるとものすっごくおいしいよ! ぼくは酸っぱいのは苦手だけど、この酸っぱいは別だね。あ。レバーはね、体中に元気を運んでくれるんだよ。苦手っていうひとも多いけど、頑張って食べてみてね。

 ぼくも頑張ってるよ。ぼくは酸っぱいものがきらいなんだ。だけどおばさんは鬼みたいに山盛り出してくる。スグリの実だよ。赤いのと黒いのがある。あんなに酸っぱいものを食べたら病気になりそうなのに、病気にならないために大事だっておばさんは言うんだよ。ほんとかな? 

 スグリの実はね、つやつやしててとてもきれい。あんなにきれいだったら、絶対おいしいって思うよね。騙されたよ。初めて食べたときの衝撃は今でもはっきり憶えてる。口がそのまましぼんで無くなっちゃうかと思ったもん。


 他にもいっぱい、食べなくちゃいけない食材はある。大変だよ。でもね、色々調べてぼくは分かっちゃった。

 ぼくに必要なのは、おばさんが毎日作ってくれるご飯だった。

 ぼくの好きなものも嫌いなものも、ぜーんぶ、ぼくのために必要なものだったんだ。


 だからね。ぼくはもうご飯を残さないよ。

 おばさんがぼくの嫌いなものを出してくるのは意地悪してるんじゃないってちゃんと分かったから。ほんと言うとね、知ってたよ。だってぼくの嫌いなものはいつも、なんとかして食べやすいようにって工夫されていたもの。気づいてたよ。だけど、やっぱり嫌いでイヤだったんだ。


 でももうしないんだ。ぼくはもうひとつ分かったから。

 カラクレナイミズククリムシはね、何事もなければ三十年も生きる長生きな生き物なんだ。だけどその殆どは半分も生きられない。

 ぼくたちが食べちゃうからね。


 そのことに初めて気づいたとき、ぼくはもうカラクレナイミズククリムシを食べちゃいけないんじゃないか、って思った。でもそうしたら、ぼくの体はどうやって作ったらいいんだろう。それなら、カラクレナイミズククリムシの代わりにたまごを食べようかと思ったんだけど、たまごだって生きてるよね。じゃあ、お豆ならいいのかな? お豆はお話したり走ったりしないから生きてないのかな? でも、蔓も葉っぱもぐんぐん伸びるよね。それって、生きてるってことじゃないのかなぁ。


 ぼくは考えて考えて、やっぱりカラクレナイミズククリムシもたまごもお豆も、全部食べようって思った。だって、ぼくも生きてる。


 ぼくはカラクレナイミズククリムシを食べる。それはぼくの体になって、血になって、ぼくのなかで生きている。ぼくが見た空を、ぼくのなかのカラクレナイミズククリムシも見るのかな。駆ける大地の匂いを感じるのかな。そうだったらいいと思う。


 命をありがとう。

 ぼくは一生懸命生きるよ。

 もらった命が無駄にならないように。


 いただきます。


 ぼくは食卓で手を合わせる。

 いただきますって、ただの挨拶じゃなかったんだね。

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