第14話 施設内あれこれ

 翌朝、朝食後に再び昨日の惨劇が……と思いきや、ジャリの相手はメイが一手に引き受けてくれた。いつまでいるか分からんが、毎日あれでは本気でバラバラになるだろう。侮りがたい「魔物」だ。

 その代わりと言ってはなんだが、暇つぶしも兼ねて、俺は施設の建物を魔法でひたすらリフォームしていた。

 最初に声を掛けてきたオッチャンは、ここの園長らしく色々案内してくれたが、補修しつつ実に百年近い年月が経っているそうだ。

 実はこのオッチャンも人間ではない。ぱっと見分かりにくいが、よく見たら「エルフ」だった。

 エルフについては比較的有名だろうが、外見はほとんど人間と変わらない。よく分かる違いは耳長いところか。

 人間とも友好的な部族も多く、猫も親しみがある亜人であるが、その特徴はとにかく長寿である事。そして、やたらと魔力が高いこと。

 万年生きるのもざらという連中に、寿命で勝負を挑む気はないが、魔法でもおおよそ勝ち目はないだろう。無益な争いを好まず、掟で戦を禁じている部族がほとんどなのが幸いした。


 まあ、そんな感じなのだが、ともあれ、補修を重ねているといえかなり年季が入っている事に変わりはない。

「時に園長。この部屋はこうしたらどうか?」

 王都に呼び出された時から、何が待っているかも分からないので、念のために杖を持って出たのが幸いした。

 俺は二足立ち状態で杖を振り回し、床をトンと叩く。すると、雑然と遊具やオモチャなどが置いてあっただけの殺風景な部屋が、木床の温かみのある空間へと姿を変えた。

「これはこれは……あの、大変な我が儘なのですが、この部屋をいっそちょっとした森の広場風にアレンジしてみるというのは……」

 ……その貪欲さ。気に入った。

「分かった。やってみよう」

 さらに魔法を重ねて、大規模な改修を行う。

 床は地面に姿を変え、天井を突き破らない程度に調整した木々が並び、ちょっとした小川が流れ……木のブランコはサービスだ。

「……凄い」

「ちなみに、煖炉で室温は自動調整。夏は屋根が開いて天然光バッチリだ」

 やるなら徹底的にが俺の主義。「猫さん」頑張るのだ。

「自分でやっておいてなんだが、エルフならこの程度簡単だろう。魔法の質も力も猫より上のはずだ」

 杖を背負い、馴染んだ四足歩行に切り替えた俺は園長に聞いた。

「いえ、人間にも魔法が使えないものがいるのと同様、私も魔法を使えないのです。その代わり、剣と弓には自信がありますよ」

「ほぅ、それはいい。今度、うちのバカの練習に付き合ってやってくれ。俺はもう疲れた」

 これ幸いと、俺はさらっと提案してみた。

「あの女戦士さんですか。かなりの使い手と見ています。明日の自由時間にでもさっそくやってみましょう」

 おっ、乗ってきた。

『おい、メイ』

 俺は思念で呼びかけた。

『はい、どうしました?』

 やたら元気なメイの「声」が返ってきた。ジャリが好きなんだろうか。

『今決まったんだが、明日の自由時間に園長と決闘だそうだ。頑張れ』

『ななな、なんで……』

 交信終了。

「さて、次の場所に行こう。まだまだ、直すところはたくさんある。

『こら、切るな!! ムツ、決闘ってどういうことですか!?』

 ……ブチ。

 こうして、施設の半分くらいを直したところで、晩ご飯となった。


「なんだ、お前ら。野良猫の話しなんて聞きたいのか?」

 全員が寝室に入り、寝付かせようかという段になって、ジャリどもが俺に話しを求めてきた。なぜか、メイまで混ざってうなずいている。俺の記憶は見えているだろうが。

「そうだな……まあ、野良ってのはろくなもんじゃねぇ。俺は、今の村で二十人ほどの仲間がいた……いや、仲間っていうのは、違うな。まあ、一緒に過ごしていた連中だ。その年の春二十人いた連中が夏には五人欠けて、秋には十人欠けて……次の春には三人残れば良い方。そういう生活だ。まあ、だからってどうも思わなかったががな、俺は野良だし、野良以外の考えなんて考えた事もなかった」

 俺は、そこで一旦言葉を止めた。

「いなくなったみんなは、どこにいったの?」

 そうさな……。

「俺には分からん。まあ、よろしくやっているかもな」

 ……無論、分かってはいるが、そこは言わないお約束というやつだ。

「つまんねぇだろ、こんな話し、よほど、そこの鈍くさい姉さんの方が、面白い話しすると思うぜ?」

 とっとと、メイに話しを振ったのだが……。

「ねぇ、みんな、猫さんのお話し聞きたいよね」

 真剣な面持ちでうなずくジャリども。コノヤロ……。

『真面目にやって下さい。ケチ』

 脳内に響くメイの声。

 け、ケチだと!? おおよそ、普段のメイなら言わんぞ!!

「……ったく。よし、この中で他種族……例えば、猫と人間みたいな感じで、違う種類の連中に、両親を殺された者は?」

 ド直球ストレート。メイが飛びかかろうとしたところを、となりにいた園長が止めた。

 すると、八割方のジャリが手を上げた。やはりな……。

「はっきり言おう。俺は人間が嫌いだ。大した能力もないのに、大手を振って歩いているのもムカつくが、ヤツらに無意味に殺された猫の数がどれだけいると思う? そのくせして、方や猫好きとか称して過剰なまでの猫かわいがりだ。まあ、自分に火の粉が降りかからない限り、好き勝手にやってろってところだが、俺はそういうところが気にくわねぇ」

 俺はそこで言葉を切った。

 メイがなにかショックを受けたようで、口をパクパクさせている。

「だがな、なんで人間のメイと行動していると思う?」

「すけこまし?」

 俺は思いきりすっこけた。どこのジャリだ、コラ!!

「アホ!! 言っておくが、俺はメイの事を一度も女として見たことはない。猫と人間だ!!」

「……いえ、分かっていましたけど、はっきり言われると、グッサリ刺さります」

 さらに追い打ちを受けたらしいメイは、取りあえずどうでもいいことにして、俺は話しを続けた。

「コホン。人間はいけ好かねぇが、良くも悪くも隣人だ。意地張って嫌って突っぱねまくって生きてるよりは、多少ガードを下げた方がやりやすい。すり寄るんじゃない。仲良しごっこでもない。まあ、存在を認めてやるくらいの譲歩はしてもいいんじゃねぇかって思ってな。その方が無駄に疲れないし、自分のためだ。もし、お前らの中にそんなのがいたら、まあ、恨むなとは言わん。それは無理だ。だが、少し肩の力を抜いてみろ。自分のためにな。せっかくこういう環境なんだし、恨み言ばかりじゃ勿体ないだろ。ってまあ、お前らにはまだ早いか。ほらみろ、俺に話しなんてさせるから、ただのつまらねぇ説教になっちまった。メイのせいだ」

 俺は寝室を出て、休憩室も兼ねている食堂に向かった。

 徹底的なリフォームのお陰で、木の温もりが感じられる廊下を抜け、食堂の床に寝転がると、俺は大きく伸びをした。

 ちと、ジャリには難解な事を話しすぎたな……。

『ムツ、戻って下さい』

 メイの思念が飛んで来た。

『分かった』

 なぜとは聞かない。大体、想像が付いたからだ。

 寝室に戻ると、園長とメイが質問責めに遭っていた。

「あっ、先生。さっきの話しどういうことですか?」

 コボルト……二足歩行の犬形亜人な……が、じっとこちらを見て聞いて来た。

「そうだな……おい、そこの人間の坊主。こっちにこい」

 俺はコボルトと人間を並べた。

「さて……悪いが性別が分からんので、コボルト君と呼ばせてもらうが、隣の「人間」を見てどう思う?」

「いえ、彼とはもうここで長いので……」

 ……ふむ。

「じゃあ、そこのメイでいい。なにか思うところがあるだろう?」

 問いかけると、コボルト君はなにやら考えこんだ。

「ここだけの話しです。……憎いです。メイさんが憎いのではなく、人間という存在が。私の家族は人間が送った「殺戮隊」の犠牲になりました。なにもしていないのに」

 人間」からしたら討伐隊、「魔物」からすれば「殺戮隊」。当たり前だが、認識は変わる。

「僕の家族は、魔物の群れに襲われて村ごと……ここで馴れたけど、今でも憎いとは思っているよ」

 コボルト君と坊主の間に微妙な空気が流れた。

「つまり、俺が人を嫌う理由はこれだ。さっきは言わなかったが、俺自身もそこそこやられたしな。もちろん、このまま許せないでもいいんだが、それって疲れないか?」

「……確かにそうですね。忘れる事は出来ませんが、そればかりでは……」

 最初に口を開いたのはコボルト君だった。

「そういうことだ。そっちの坊主も分かったか?」

「はい、先生!!」

 先生じゃねぇ!!

 こうして、懇切丁寧に説明して周り、時間切れでジャリどもが寝てしまうまで奮闘下のだった。

 ほら、だから、俺に話しをさせるなと……。

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