第13話 仕事へ
「王都も久々だな」
街の入り口にソリを預け、俺とメイは街門のところで待つように言われ、やや遠くに見える荘厳な城を眺めていた。
「そうですね。また仕事でしょうか?」
少し心配そうに、メイがポツリ。
「ああ。じゃなきゃ、わざわざ使いの者など寄越さないだろう」
国王の使いがメイ宅を訪れたのは、今から一週間ほど前だった。
伝えられた用件を要約すれば、「国王が俺たちに用件があるから、十日以内に王都に著てくれ」だ。
そして、俺たちはそれより三日ほど早く、こうして到着したのである。まあ、待たせるよりはいいだろう。期限は「十日以内」だしな。
「おっ、多分迎えだぞ」
人混みをかき分けるようにして、王家の紋章が入った小型馬車がこちらに向かって来た。
「お出迎え付きとは……また、ろくでもない仕事かもな」
俺は誰ともなくつぶやいたのだった。
通されたのは、応接室ではなくいわゆる謁見の間だった。
数段高い玉座には国王が座り、隣には后……まあ、絵に描いたような図だ。
「こら、ムツ!!」
丁寧に傅くメイが、二足歩行で立ちっぱなしの俺に小声で言ってきたが、生憎と俺は猫。人間に謙る習慣はない。
「よいよい……。お主も面を上げよ」
「はい」
片膝を立てて座ったまま、メイは国王を見た」
「これは、お主たちでなければ出来ぬ仕事だ。ある場所で、非常に特殊な魔物が湧いてな。その討伐を命じる!!」
その声は、国王らしく威厳のあるものだった……が。
「悪いな。俺たちは戦闘要員じゃない。戦いが目的なら、他を当たってくれ。帰るぞ、メイ」
「えっ、ちょっと、でも……」
慌てふためくメイを、俺はジッと見つめた。
「『何かを守りたい』。そう言ったのは、お前だ」
「い、いえ、そうですが……」
国王が笑った。
「その心意気やよし。安心せい。今回はそのポリシーに反するものではない。今一度命じる。その特殊な魔物を討伐してまいれ。場所はこの者が伝える!!」
居並ぶ文官の中から一人が歩み出て、一枚の地図をメイに手渡した。
こうして、よく分からない仕事はスタートしたのだった。
地図を片手に、メイはソリを慎重に進めていた。
「哨戒範囲内に異常なし。それにしても、どういうことだ?」
どう組み立てても、魔物の討伐となれば戦いは付き物。結果として、誰かを助けると言えばそうなるが……なんていうか、メイの言いたい事と違うだろう。
あの国王は馬鹿ではない。そこは、ちゃんと分かったはずだ。それをしてなお押し付けてくるとは……。
「分かりません。分かりませんが、無茶しすぎです。国王様直々の命令を蹴散らすなんて……あの場でバッサリやられてもおかしくなかったです!!」
メイは怒っていた。うむ。
「猫に人間の作法など通用せん。押し通すなら、それなりの対応をするまでさ」
俺はニヤリと笑みを作ってやった。
「ムツ、シャレにならないのでやめて下さい!!」
……ふん、つまらん。
「さて、そろそろですね」
「哨戒範囲に感あり……建物。それと、無数の……なんだこりゃ、人間とか他種族とか魔物がゴッチャになっているが、戦闘している様子はない」
まずます、わけがわからなくなってきた。
「メイ、速度を上げろ!!」
「はい!!」
ソリは盛大に雪煙を上げて雪原を進み始めた。
「目標まで、あと十五分。一応、やっておくか……」
俺は青い光球を、ひたすら打ち上げ続けた。
これは『敵意がない』事を示す挨拶みたいなもの。これをやらずに攻撃されても、文句は言えないというものだ。
しばらく進むと、進行方向から同じ青い光球が上がった。これは、こちらの信号を確認して、相手も敵意がない事を示すものだ。
ちなみに、魔法使いでない場合は信号弾を使うのだが、これも色は同じだ。
「やっぱり、普通の建物みたいですね」
メイがぽつりとつぶやいた。
「ああ、どうやらそのようだな……」
一体、どうなっているのか全く分からないが、困惑のまま俺たちがその建物に近づいて行くと……いきなり、キャーともギャーともつかぬ黄色い声が出迎えた。
「え、え、えと、ここって、保育園とか幼稚園とか……?」
「え、え、えと、魔物って、このジャリどもの事か……?」
……うわ、最強の天敵だ。猫にとっては。
しかし、なんだこれは。人間の子供が大多数を占めるが、ゴブリンに代表される、いわゆる「魔物」の子供までいるぞ」
まるで鉄格子みたいな柵を掠め、施設の正門らしきものまで到達すると、扉がゆっくり開いて……園児たちによる楽隊演奏のお出迎えである。専用の制服まで着込んで健気に演奏する姿は、まあ可愛いものだった。
……ほう、なかなか上手いな。もっと勢いだけでバラバラかと思ったが、普通に聞けるレベルである。ちなみに、一端に管弦楽だ。ジャリのくせに!!
その演奏の中施設内に入ると、エプロン姿のオッチャンが近寄ってきた。
俺とメイはソリから飛び降り、オッチャンが近寄ってくるのを待った。
「遠路はるばるようこそ。国王様より連絡を受けております。まずは、職員室で事情をお話します」
オッチャンに連れられ、俺たちは建物の中に入ったのだった。
「なるほどな……」
ここは「ひまわり園」という、まあ、ありがちな名前の施設で、最寄りのない子供を預かっている施設らしい。
俺たちがここに派遣された理由は、まあ「慰問」だ。数日間ここに留まり、子供たちに外部からの刺激を与えて欲しいとの事だった。
……なるほど、「特殊な魔物の討伐」か。素直にそう言え!!
「つまり、遊び倒せばいいのだな。ここのジャリどもと」
「はい、それと、できれば寝付くまでのお相手を」
……意外とハードだぞ。これは。
「はい、分かりました。ムツ、さっそく仕事です!!」
「えー……」
俺は、思い切り気乗りしなかった。
「な、なんですか、そんないままで聞いたことがないような声を出して」
「お前、子供なめるなよ。場合によったら死ぬ……」
俺は居住まいを正し、メイに言った。
「死ぬって、大げさですね……」
「やれば分かる」
「ハーイ、みんなこっちこっち!!」
なぜだ、なぜ、メイはこの暴力集団を統率できる!?
「こらぁ、尻尾引っ張るな!! だから、もうホント、止めてぇ!!」
こちとらもう集団暴行である。だから言ったのだ。命がけだと。そして、猫の天敵だと!!
「さぁ、、みんなあの猫さんと遊びましょう!!」
「くぉら、、メイ!!」
ジャリどもの援軍が加わり、俺はいよいよ……キレれた。
「てめぇら、、纏めてぶっ飛べ!!」
結構きつめの攻撃魔法を放った……のだが、なにも起きなかった。メイがニコニコ立っている。てめぇ、魔法をキャンセルしやがった!!
結局、哀れな「猫さん」はそのまま地面に伸びて、動かなくなったのだった。
もちろん、大変不機嫌になった俺は、猫缶金印も蹴飛ばし、ジャリどもが寝ているという宿舎へと先にいった。
粗末なもので、床に敷いたマットの上に雑魚寝らしい。暖房器具は……小さな煖炉一つか。この時期は辛いだろう。
まっ、たまには猫も気まぐれも良かろう……。
俺は呪文を唱え、部屋の模様替えを開始した。
煖炉のサイズはそのままに数を増やし、部屋の遮熱板の追加。ベッドは……そこまで甘やかしてはやらんが、くすんでいた部屋の塗装を綺麗にして、マットも新品同様にリフォームした。あと。使い古されたいかにも寒そうな布団も綺麗に。
「まっ、こんなところか……」
そこに、ちょうど食事と入浴を終えて、就寝に来たジャリどもが部屋に入り絶句した。「これ、猫さんがやったの?」
「すごいすごい!!」
一様にそんな声が上がった。
「ムツ……」
いつの間にか隣に立っていたメイが、小さく声を掛けてきた。
「やられっぱなしというのは、ムカつくからな。俺は俺なりの方法で仕事した。さて、寝かしつけるぞ」
「はい!!」
こうして、激動の初日が終わった。
全く、エラい仕事を押し付けられたものだ……。
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