第12話 平穏
一人と一匹でスノー・ウルフ約三百頭撃破。飲み屋の与太話にも出てこないような快挙は、たちまち周辺の村に飛び火し、王都まではさほど時間も掛からず到達したようだ。
一週間後、国王が現れた。例に寄って、お散歩がてらという気軽さで。
「ほうほぅ、これは見違えたのう。それに比べ、猫は変わらずか……」
国王の目がこちらをチラッと見た。すると、ドヤドヤと人が部屋に入ってきた。全員が布地やら裁縫道具を持ち……ちょっと、待て!!
「お、俺は猫だ。服なら自前の物がある!!」
「そう遠慮するでない。快挙を成し遂げた国民への品だ。お前たち、掛かれ!!」
「はっ!!」
一気に接近してきた二十名。倒せるか?
「採寸しますね。はい、真っ直ぐ!!」
思わず反応してしまった俺。な、なにやっているんだ!?
二十名の動きは、それはもう素早かった。採寸、裁断、縫製……流れ作業であっという間に服が完成した。
えんじ色をベースにしたゆったりした衣装。ただの布じゃない、微かに魔力を感じる。
「あっ、それは……」
メイが正体に気が付いたようだが、国王はそれを制して俺を見た。
「着てみるがいい。恐らく、気に入ってもらえるはずだ」
……ふぅ。
ここで著ないわけにはいかないだろう。俺はその野暮ったい服を着たのだが……。
「な、なんだこれは!?」
ダボダボの外見と裏腹に、恐ろしく動きやすい。まるで、なにも著ていないかのようだ。
「それはな、魔法使いの上のランク、『賢者』が修行中に著る服でな。網状にミスリルの極細糸が編み込んである。通常のナイフや剣は効かぬ。弱い魔法も弾き跳ばす効果もあるお前さんには、おあつらえ向きじゃろうて」
「あ、ああ……」
動きを阻害されないのなら大歓迎だが、こんなものをただでくれるわけがない。
「……それで、今回の仕事は?」
俺は単刀直入に国王に聞いたのだが……。
「ない。それを届けに来ただけだ。たまには、こういうのもよかろう」
シュタッと手を上げ、国王は去って行った」
「なんて言うか……俺はどうすりゃいいだ?」
これは困った。服なんて著た事はないし、それも脱ぐ理由がないときた。
「その服は、上位魔法使いの中でも、特別な資格を持った者しか著られません。国王様のお墨付きとなれば、思い切り誇っていいと思いますよ」
メイが斧の手入れを始めながら、小さく笑った。
「いやまあ、一応国の決まりで一定以上の魔法を使から魔法使い登録はしているが、俺は一般魔法使いだしなぁ」
端から上位魔法使いになろうなんて思っていないが、さらにその上なんてアホらしい。
「ムツ、その服には国王様が仰らなかった秘密があるのです。例えば……えい!!」
メイは何を思ったか、斧の刃に自分の左腕を滑らせ……おいおいおいおいおい!!
「っつ……今のムツなら……これを治せます」
「馬鹿野郎。俺が使えるのは、精々擦り傷を治す程度の回復魔法だ。そっちはお前の専門だろうが。こんなもん……」
「……」
メイの反応がない。ヤバい!!
「この、馬鹿たれ!!」
俺は慌てて回復魔法を使った。すると、服が淡く輝き、恐ろしいほどの魔力の奔流がメイに叩き込まれた。
メイの傷というか……それはまるで逆回しのように動き、たちどころに傷は塞がってしまった。……なんだと!?
「ふぅ、ミスリルには強力な魔力増幅効果があります。もし、ムツが攻撃魔法を使ったら……キャ!!」
のんびりと解説ど続けるメイに、俺は怒りの猫パンチ(爪入り)をぶちかました。
「あ、あのなぁ、俺をショック死させる気か!!」
いくら実演といっても、あれは心臓に悪い。今も死にそうだ。
「いたた……。でも、これで決まりましたね。使い魔としての方向性が……」
「うん、どういうことだ?」
多分、ろくでもない事だと思いつつ、俺は床で爪を研いだ。
「ズバリ、魔法のエキスパート。なにかあった場合は、ムツが全て魔法で……ぎゃあ!!」
ダブル猫パンチ(爪全開)。メイは顔面を押さえて悶絶した。
「あのなぁ、お前上位魔法使いだろうが。なんで、俺なんだよ」
「だって、使い魔だもの」
うくっ……。
「そういうわけで、私が得意とする結界術以外は、全てお願いします」
「おいこら、待て!!」
大抵の魔法は網羅している俺だが、なんて言うか不公平とういか……いや、使い魔の扱いは普通こうなんだろうが。
「さて、晩ご飯の支度しちゃいますね。今日はムツの塩焼きがいいですかね。……私が何年も著られない服をあっさりと……フフフ。いえ、ムツというのは魚ですよ……」
ブラックなメイって、初めて見た気がするな。うん。
「あ、あのなぁ、俺だって望んで……」
ヒュッと包丁が飛んで来た。
「あっ、ごめんなさい。手が滑りました。望んでないですか、そうですか……」
……やめよう。なにも言わないでおこう。
しかし、果たさねばならない。「使い魔」としての役割。すなわち「主を正気に戻す」事を!!
「死んでも恨むな!!」
超初歩の氷の魔法は増幅して発動され、メイをガッチガチの氷漬けにしたのだった。
扱い難いな。これ……。
服のお陰で俺も随分とパワーアップしたものだが、国王からのプレゼントはメイにもあった。
それまで、体の急所部分だけは金属で、後は平凡な革鎧であったのだが、基本的にその構成に変更はない。
ただし、金属がアダマンタイトというミスリルに比肩する、軽くてかなり頑丈なものに変わり、革鎧がなんだったか……とにかく、希少な動物のものに変わった。
これにより、メイも少なからずパワーアップしていが、もはや、上位魔法使いだと思う者はいないだろう。まっ、大した問題ではないが……。
年中服を着ている俺と違い、メイは装備の脱ぎ着をしている。
冬場は基本的に暇なので、毎日ニコニコ笑顔で手入れしている。俺たちの仕事は、戦いではない。どこでどうやってかメイが稼いでいるのだが、聞いても答えてくれない。
猫というのは、好奇心と警戒心が同居している。どちらが勝つかで行動が決まるのだが、今回は好奇心が勝った。
どんな仕事が出ても驚かない。
その覚悟だけは作って、俺はその時を待った。
メイが「仕事」に出るのは、大体深夜ごろである。
この村で、そんな深夜に仕事があるのか疑問なのだが……。
メイは厚着をしてそっと家の外に出た。やや遅れてその後を追うと、村に一件しかない宿屋。そこには、着飾ったメイの姿があった。当たりには男どもがウロウロしている。
「チッ……やっぱりな」
こんな寒村じゃ、そんな仕事しかなかろう。猫だって分かる。
見たらいけない。帰ろうとしたその時だった、いきなり陽気な音楽が流れ始めた。
……音楽?
慌てて窓を見ると、メイが踊っていた。それも、上手い!! って……
「そっちの仕事かよ!!」
ツッコミを入れた拍子に、俺は不覚にも窓を突き破り、宿屋内に転がりこんでしまった。
音楽が止まり、全員の緯線が俺に集中した。ヤバい、逃げろ!!
慌てて窓から飛び出ようとした時、俺の首根っこを引っつかんだ者がいる……メイだ。顔面に怒りマークが四つほど浮かんでいる。
「……思念を読みました。話しは後です……バインド!!」
うげっ!?
魔法の光りの網が俺を縛り上げ、メイは適当に放り出すと、再び中断していた踊りに戻ったのだった。
……なあ、知ってるか? 好奇心ってのは、慎重な猫ですら殺すんだぜ。
「……なんできたんですか?」
明け方近くまで続いたメイの仕事も終わり、並んで歩く道すがらふとそう聞かれた。
「ただの好奇心さ。こんなちっぽけな村で、なにやって稼いでいるのか気になってな」
俺はそのまま答えた。まあ、ちっとくらいは心配だったってのもあるが。
「別に隠す事ではなかったのですが、夜遅いので心配されると思いまして……誤解されてしまったようですが」
……うっ。
「し、しかし、またお前の違う一面を見たな。どれだけ顔を持っているんだ?」
取りあえず、話題の転換を図る俺。逃げたともいう。
「まだまだムツが知らない顔がありますよ。秘密です」
……聞かないでおこう。俺はもう少し長生きしたい。
「思念はあえて遮断しません。気になるようでしたら……」
「悪趣味なことするか」
……全く。
「では、覗き見はなしですよ。来るなら、正面から来て下さい」
「分かった分かった」
こんな事もある。
そんな冬の夜だった。
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