露。


大学のラウンジに白峯の姿があって、近づく。他人のことを学校好きだと言えないほど白峯もよく学校にいると思う。工学部の研究室はところによりブラックな場所があると聞いたことがある。

白峯の頬は既に白くなっていた。視線に気づいたのか、こちらを向いた。


「先輩、黒岩くんのこといじめましたね」

「どう見ても僕が被害者だろ」

「いじめたことは否定しないんですか」

「何の話だか」


今更恍けた顔をしても遅い。


「お前こそ、櫻井に言ったろ」

「何も言ってません」

「好きな奴がいるとか」


言葉に詰まる。言った覚えがある。別に煽る意味合いはなかったけれど。

しかも櫻井を煽るのでなく、白峯を煽る結果に繋がるとは。


「當金」


横から話しかけられて、そちらを向くと仙斎がいた。春休みに入ってから一度も姿を見ていなかったので久しぶりだ。


「仙斎くん、久しぶり」

「よーって、先輩もいたんですね。お久しぶりです」

「お前ら密会してんの?」

「違います」


二人して声が揃った。

仙斎から話しかけてくるということは、何か用があるのだろう。わたしは一旦白峯から逃げられる口実を見つけて安堵する。


「追いコンで渡すものって二年はどうなってる?」

「……忘れてた」

「え?」

「本当に忘れてた。買いに行かなきゃ」


追いコンは三年生が主体となって行われる。日程が決まったのが一月で、試験が始まる前には意見を聞こうと思っていたけれど、完全に忘れていた。

頭の中でこれからすることを考える。二年生に意見を聞いて、週末に買いに行く。週末までに意見がまとまらなかったら? 全員で買い出しに行くのは不可能だ。誰かを……。


「週末なら俺空いてるし、幹部、春と赤羽に声かけとこうか」

「え、そんな……うん、買い出し一緒にお願いします。二人にはわたしから言うね」

「オッケー。学内に残ってる奴いたら聞いてみるよ」


仙斎がラウンジを出て行く。目が合った白峯が口を開く。


「……すみませんって」

「は? 何が」

「いや、だから、櫻井先輩に言ったこと」


意趣返しを考えていたが、まさか意趣返しをされているとは思わなかった。わたしはもう一度謝ると、白峯は特に何も思うことは無いように小さく溜息を吐いた。


「別にもういい」

「良いんですか?」

「お前は院進すんの?」


急な話題変更。わたしは未だに進路のことをちゃんと考えていなくて、それでも頭のどこかで院進がちらついていた。


「高橋教授のとこの研究室入ったんだろ」

「そうです。先輩は院進するんですか?」

「しない」

「え、しないで、どうするんですか」

「就職するに決まってんだろ」


驚いた。院進するものだとばかり思っていた。櫻井が院進すると聞いていたからだろうか。その先入観に囚われていた。

広がる未来の選択肢をいくつ見て回れば、きちんと選ぶことが出来るのだろう。就職が有利だという理由で研究室から選ぶこともあるのだから、人生どこで何を選択しているのか慎重にならないといけない。

わたしはどうだろうか。




黒岩と赤羽に贈り物の件を話したら、二つ返事で引き受けてくれた。

二年生の意見は一応まとまった。すぐに仙斎が聞いてまわってくれたらしい。

買い出し当日、朝。家の最寄り駅から電車に乗る直前、赤羽から電話があった。寝坊でもしたのか、珍しい。


「もしもし?」

『銀杏、ごめん……』

「赤羽、大丈夫?」


鼻声で聞きにくい。乗るはずだった電車を一本見送って、ホームの列から離れる。

電話の向こうの赤羽が息を吸って懸命に話す。


『一昨日からちょっと風邪気味で、朝起きたら熱あって……今日行けないかも』

「行けないかもじゃなくて、来なくて良いから。病院行った?」

『午前中には行ってくる』

「気を付けてね。体調悪いのに来ようとしてくれてありがとう、ちゃんと治して」

『本当ごめん』

「大丈夫だから。風邪治ったらまた遊ぼう」


電話を切って、時間の確認をする。次の電車に乗ってもまだ間に合う時間。

待ち合わせの駅に到着すると、グループメッセージの方に仙斎から連絡が入っていた。妹が熱を出したので今日行けなくなった、と。

ぴたりと足を止める。となると、残るはわたしと黒岩。


「とーかね」

「わ」


驚いて前を見た。勿論いたのは黒岩だった。


「よ。治郎行けなくなったって、赤羽待とっか」

「赤羽、熱出して来れなくなったって」

「え、大丈夫なん?」

「午前中に病院行くって」


四人中二人が熱関係で休む、今日は熱を出しやすい日なのだろうか。


「じゃあ今日は……」

「當金、昼飯食べた?」

「まだ」

「カレー食べたくね? カレー屋あるかな」


手首を掴まれて、歩き始める。駅前に喫茶店があり、そこでカレーを食べる運びとなった。アイスコーヒーが美味しい。

高校の時に黒岩がバイトしていた喫茶店に、雰囲気が似ていた。店内が少し暗くて静か。昨今、喫煙可の店は少ない。


「なんか、前のバイト先に似てる」

「わたしも同じこと思ってた」


あの日は、雨が降っていた。



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