六花。
今年の冬は寒くなるのが早い。
年末、実家に藤と晶が来て、家族が勢揃いした。二人は月初に結婚して、式を来年の春に挙げる。
わたしは柾の家と実家に両方行き来していて、母から柾の様子をよく聞かれるスパイみたいになっている。残念なことに生活能力の無さは少しわたしにも受け継がれているらしく、たまに料理を作ると手際は良いけど絶妙に不味いご飯が出来上がる。それを不味いと言いながら二人で食べる始末だ。
母は柾が中学の先生になるのを酷く心配していた。公務員とはいえ残業が多い職種であり、同僚や生徒との関わりが重要になってくる。心配する理由もわかるけれど、柾は兄妹の中で一番器用な人間なので、わたしは仕事に関して何も思うところはない。
「彼女は?」
夕飯を終えて、皿を運ぶわたしと皿を洗っていく柾のいるキッチンへ、藤が来た。柾が藤からわたしへと視線を移す。
「だって」
「お兄ちゃんに聞いたんでしょ?」
「えー俺? 企業秘密で」
「銀杏、どう?」
「どう……? わたしが行くと毎日ちゃんと帰ってきてるよ」
「彼女作らないのか?」
「兄貴さ、自分が幸せだからって周りにそれを強要しないでもらえる?」
水を止める。柾がくるりと振り向いて、藤の方を見た。二人が喧嘩するところはあまり見たことがない。そもそも藤が言い争うところなんて、見たことがなかった。
急にピリピリした空気にたじろぐ。
「気になったから聞いただけだ。別に強要したわけじゃない」
「あっそ。じゃあたまには実家の皿洗いよろしく」
手を拭ってキッチンを出ていく柾。後も追わず何も言わず、藤は皿洗いを交代した。
藤が柾に彼女の話をするところを初めて見た。
わたしは皿を全て運んで、藤の隣に立った。
「彼女いるのか、気になったの?」
「んーまあ、そうだな」
「一人暮らししたから?」
「それもあるけど。柾って潔癖だと思わないか?」
部屋の様子を思い出す。確かに汚くはないけれど、毎日掃除をしているわけでもない。安く譲って貰ったルンパが部屋の角を掃除できなくても「俺は姑じゃないから見て見ぬフリができる」と得意げな顔をしていた。ちなみにそのままにしていた。
潔癖ではないと思う。断言できる。
「人間関係にしっかり線引いてるんだよ」
「あ、人間関係ね」
「だから少し心配になっただけ」
ちょっと笑って、藤は皿洗いを終えた。
「お兄ちゃんって潔癖なの?」
生活能力の無さは父譲りだ。柾の作った焦げたチャーハンを飲み込み、尋ねる。長ネギの焦げが苦い。
作った当人はビール片手に、冷凍餃子を箸で摘む。それをテーブルに落として再度掴み、口に入れた。うん、潔癖症ではない。
「なにが?」
「彼女できない話」
「できないじゃない。作らないだけ」
「お兄ちゃんって彼女いたことあるの?」
「企業秘密」
ビールをごくりと飲み、そう返す。わたしはスプーンで炒飯を掬った。
学生の頃、確かに遊び回ってはいたけれど彼女云々の話は一度も聞いたことがない。
「ついに藤のスパイになったか」
「違うよ、わたしが気になったから聞いたの」
「銀杏は次の奴出来たのかよ」
次の奴。つまり、次に好きになったひと。
そういえば出来ないなあ、とぼんやり思う。
「今は普通に勉強も楽しいから、それで良いかな。高橋先生のとこの研究室入れたの」
「誰か分かんないけど良かったな」
「すごい先生なんだよ。植物研究の世界では有名」
「へー。あ、雪」
柾が部屋の窓の方を見て呟く。わたしも同じ方を見ると、ちらちらと白いものが降っていた。
初雪だ。雪は綺麗だけど、見るだけで充分。
携帯が震えて、メッセージを受信した。ディスプレイを覗くと、黒岩から。「雪積もったら雪だるまつくろ」
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