優しさと紙一重。


夏の合宿に家の用事があるという赤羽が来なくて、黒岩を極力避けると同時に仙斎とも距離を取ることになって、他の女子といたり白峯といたりした。合宿所の空は、夏なのに星が広がっていて、天の川が綺麗に見られた。天の川は七夕だけに見られてるものじゃなくて、本当は8月が一番綺麗に見えることを同好会に入って知った。



夏休み終盤、赤羽とライブハウスに行って撫子のバンド演奏を聞いた。そこで撫子はヴァイオリンを弾いていた。


「すごい、鳥肌立っちゃった」

「ね! 有紀子生き生きしてた」

「ありがとうございます。これ中古楽器で出会っちゃったの、二万」


あはは、と笑いながらヴァイオリンを示す。赤羽もわたしも驚く。明華出身だと一度はヴァイオリンに触れる人間が多い。そこで値段を知るけれど、有り余る情熱がないと触れられないものだった。

二万、と色眼鏡がかかってそれを見る。


「たぶん一生弾くことはできないけど、今は一緒にいるの」


優しい顔で撫子はそれを撫でた。



帰り道、赤羽と駅まで歩く。夏の夜風は心地良い。


「そういえば会長を拝命した」

「聞いた聞いた、銀杏はやっぱり会長の運命を背負ってるね」

「断ったんだよ」

「生徒会のときも同じこと言ってた」


くすくすと赤羽が笑う。わたしもつられて笑うと、赤羽がじっとこちらを見た。

どうしたのかと見返してしまう。


「休み前に有紀子と銀杏の元気ないから、遊びに連れていこうって話してたんだ」


見抜かれていたらしい。しかもそれが撫子にも知られていたというのが……いや、花火に誘われたときに言われたっけ。

夏がもうすぐ終わる。夏休みも終わる。


「赤羽と撫子さんは優しいねえ」

「それは銀杏が優しいからだよ」

「わたしは全然、そんなことないの」

「じゃあ無意識に優しくしてるんだ」


赤羽がそう言って微笑むので、気が緩んだ。


「わたしね、黒岩くんに告白したの」

「え! いつ」

「花火行った日。それでね、振られた」


声にならない悲鳴、を表情で表現してくれた。そこまで驚いた顔を見るのが初めてで、笑ってしまった。

肩を掴まれて小さく揺さぶられた。


「はああ? なんで、どうして」

「わたしに言われても」

「なにそれ、なんですぐに言わないの」

「言うほどのことなのか、分からなくて」


学校が始まったら嫌でも顔を合わせるだろう。黒岩は同好会副会長に選ばれたのだから、月に一回は話すことになる。白峯に言った通り、わたしはまだこの恋の終わらせ方が分かっていない。

目を瞬かせて、ありえないと顔に書いている赤羽に尋ねる。


「赤羽は振られたことある?」

「……それはあるよ」

「そういうとき、どうやってその人のこと諦めたの?」


それから少しだけ泣きそうな顔をして、わたしの肩から手を離した。肩に赤羽の温もりが残る。


「時間が経つか、違う好きな子ができるか」

「そっかあ。じゃあきっと大丈夫」


好きな人が出来るかどうかは、未来のことだから分からない。でも、時間は今もずっとこれからも平等に流れていく。それは救いだ。

夜風に晒された赤羽のすらっとした脚を見る。本当に美脚。あの会話を思い出して、そっちの方がちょっと辛い。


「銀杏は優秀だから、周りの人間が頼りなく思えるのかもしれないけど」

「そんなこと思ってないよ」

「振られたのは、言うほどのことだよ。もっと悲しんで良いし怒って良いの」


嬉しいと素直に思った。わたしのことを心配してくれて、自分のことのように悲しんでくれて怒ってくれる。そんな親友にわたしは恵まれた。

わがままを言って聞いてくれる兄もいる、ライブに誘ってくれる友達もいる、わたしの話を聞いてくれる先輩もいる。それ以上に望むことは無いのかもしれない。


「じゃあ、怒るね、わたし」

「……う、うん、怒ってるの?」

「もう悲しむ時間は終わっちゃったの」


あはは、と笑った。なんだか、やっと吹っ切ることが出来た気がする。

それから心の奥底でぐつぐつ煮立つ音が聞こえた。



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