減るものでもない。
柾が引っ越しをした。何故か大学の近くに。自分で家賃を払うと言って家を出たので、母も父も駄目だとは言わなかった。
その少し前に、藤が彼女を連れて家に来た。
「こんばんは、お邪魔します」
写真で見た通りの人。ショートカットは少し伸びて、肩より長くなっていた。
「輪堂晶といいます」
「言ったけど、先輩で……」
「説明は後で。早くあがって!」
母が急かして二人を中に入れる。その姿を見て、柾と顔を見合わせた。
父はいつもと変わらない態度。性格でいうと、藤は父親似でわたしと柾は母親似だ。あの写真を見たときとは変わって、母は晶を歓迎していた。
「ご実家はどこら辺なの?」
「北の方です。雪が最近まで消えなくて」
「私も実家が北なのよ」
盛り上がっている。完全に母に晶を取られた藤は呆れながらそれを見守っていて、その他當金家族は会話を聞きながらご飯を食べた。
「銀杏、大学はどう?」
「楽しいよ。天文同好会に入った」
「マジかよ、サークルって言ったらテニサーだろ」
「それ飲み会しかしてないサークルでしょ」
「変な宗教と男には近付くなよ」
藤が父親みたいなことを言ってくる。その父の方を見ると、朗らかに笑っている。たぶんビールを飲んで酔ったと思われる。
「父さんの血が濃いと酒に弱い、母さんの血が濃いと酒に強い」
「それだと銀杏は強いな」
「わ、分かんないよ。弱いかもよ」
「母さんと同レベルに飲めたら、黒岩ドン引きだな」
「黒岩って? 友達?」
ドン引き……。
ちなみにこの時点で父は頬杖をして眠っていた。母と晶は学生時代の話で花を咲かせている。世代が違うって感覚はないらしい。
柾が黙ったので、藤がこちらを見る。言うだけ言って逃げるのはズルい。
「……友達」
「男の」
「お兄ちゃんは余計なことばっかり言う!」
「余計じゃねーじゃん、事実」
「大学の?」
「いや、銀杏の中学のとき行ってた塾で一緒だった奴。たぶん兄貴も見たことあるよ」
何でそんなに黒岩のことに詳しいんだ。藤がぽん、と手を打つ。
「あのよく一緒に勉強してた」
「あいつなんか急にでかくなったよな。俺と身長同じくらい」
「黒岩くんをあいつ呼ばわりしないで。あとなんで知ってるの?」
「この前学内で見た」
ふーん、と返事をしたのは藤だった。わたしは何にも納得していない。
さいきん、黒岩の姿を見ていない。否、視界から外している。
「そういや、俺さ、一人暮らしする」
「今? 柾、就活してんの?」
「ばっちしよ、任せとけよ」
「お兄ちゃんの家、爆発しないと良いね」
「縁起の悪いことを言うんじゃないよ」
そしてその後、柾は本当に家を出ていった。
それから、黒岩に件の文学部の彼女ができた。
「やっぱりあれ、彼女なの?」
「うん、みたい」
赤羽がサンドイッチを開ける手を止めて、困惑した顔をする。
「え、いいの?」
「良いも何も、わたしの彼女じゃないよ?」
「黒岩の方だって」
「高校のときも中学のときも、黒岩くんは彼女いたよ」
苦い記憶になるのであまり思い出したくはないけれど。わたしは食堂の入り口に撫子が現れたのを見て、手を振った。撫子がそれに気付いたようで、こちらに歩いてくる。
「有紀子、黒岩が彼女いるの知ってた?」
「あー最近くっついてんの、彼女なんだ。知らなかった」
「……よく分かんないな、嫌じゃないの?」
「わたしが嫌われたわけじゃないから」
撫子が赤羽とわたしの間に座る。教科書を鞄に入れずそのまま手に持ってきたようで、それをテーブルに乗せた。
「銀杏さん、黒岩のこと好きなんだ」
「……ええ、はい」
「なんで微妙な顔すんの」
「なんか皆に露見していくんだもの」
「良いじゃん、減るものでもないし」
確実に何かが減っている気がした。
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