二つで一つ。
久しぶりに黒岩と話した気がする。同じ学部なので同じ授業を取ることが多く、視界のどこかにいたけれど、話すとなると別だ。
この前話したのは、実験データを送ってほしいと言ってきたときだ。
「とりあえず時間になったので。一年生来てくれてありがとう、今日この日に、かんぱーい!」
同好会会長が前に出て、ビールジョッキを掲げる。わたしたちも自分の飲み物で乾杯する。
「當金って四年の先輩に居た気がする、珍しい苗字なのにね」
「あ、教育学部なら、うちの兄です……」
「まじで!? あの當金先輩の!?」
教育学部数学科四年、當金柾。やはり有名らしい。きっと、良くない方に。
「柾さん、教育学部なんだ」
「そうなの。いちおう去年、教育実習に行ったんだよ」
「想像できる」
隣で黒岩がくつくつと笑う。その音が居酒屋のどの音よりも鮮明に聞こえて、心が跳ねる。
「みんな飲んで……じゃない、食べられてる?」
会長がビール瓶を持ってテーブルにやってきた。一年のテーブルはもう一つの方にも固まっており、そこからここへと来たらしい。
「食べられてまーす」
「会長注いでくださーい」
「お前らは勝手に食べなさい」
前に座る先輩方をいなしてわたしたちの方を向く。「食べてまーす」と赤羽と黒岩が返事をした。
一年は一次会で終わって、他の一年生と駅に向かう。その中に黒岩と知り合いの子がいたらしく、何か話している。
「當金さんの連れ、すげえ女子にモテてない?」
「ああ赤羽……いつものことなので」
黒岩の方にばかり目が行っていたので気づかなかったけれど、仙斎に言われて赤羽の方を向くと女子数人と話していた。あの二人のコミュニケーション能力の高さは外人並みに思えてならないときがある。
一番近くにいる女子が、たぶん赤羽が可愛いと思った同級生なのだろう。
「黒岩くんと話してる子も同じ学科?」
「いや、確か文学部。あれは春のこと狙ってる」
「わかるの? すごいね」
感心していると、仙斎が言い難い表情を見せる。
どうかしたのか、と言葉を待つ。
「當金ってさ」
「當金、帰ろ」
黒岩がこちらへと戻ってきた。ふと視線を向けると、文学部の女子がこちらを見ている。あ、この視線は知っている。
初っ端から事を荒立てるのは嫌で、仙斎を盾にしてその視線から外れた。
「當金?」
「あ、うん。赤羽、わたし帰るね」
「おっけー、また学校でね」
手を振られて、わたしも振られる。可愛い同級生と帰ることにするらしい。
少し寂しいけれど、仕方ない。黒岩と仙斎の後を追った。
「銀杏さん、天文サークルに入ったの?」
「うん。ちゃんと活動してるみたいだから」
「なるほどねえ、理系が多い?」
「半々くらいかな」
実験の授業前にピアスを外しながら、撫子が「へー」と返事をする。
撫子有紀子、同じ学科で学籍番号がわたしの後ろということで仲良くなった。
名前に子が二つも入っているなんて珍しい、と思うわたしの名前も金銀と揃っていて珍しいと思われていたらしい。
ということで、名前にさん付けされている。
「黒岩もいるの?」
「いるよ、よく知ってるね」
「あの人目立つじゃん」
何個空いてるのかというほどのピアスが実験台の天板の上に転がった。
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