第5話

かんかん照りの太陽に、武は目を閉じようとするが頬を殴られた衝撃で、後ろに倒れ込んだ。


「武、大丈夫か!!」

 親友の鴉屋黒とこれまた変わった名前の男が、武の体を抱え起こしてくれる。

 鴉に何か武は、縁があるらしい。


「てめぇ!!突然現れて、ふざけんなよ」

  武と同じクラスだった田中明人が、武の襟を両手でつかんで、すさまじい形相で睨んでくる。


「ここはどこだ?」

 ここは引きこもる前に、武が通っていた学校だ。わかっていても武は問いかけずにはいられない。

「ふざけんな!お前が急に部活の途中でやってきて、俺のことを殴ったんだろうが!!」

 田中は野球のユニフォームを着ている。そういえば田中は、野球部のキャプテンだった。何が何やら分からない。武はいつのまにか学校の校庭にいて、田中のことを殴っていたらしい。

「すまん」

「なんで俺のこと殴ったんだよ?」

「………」

 その田中の質問には武は答えられない。

 正直田中に武は、興味を持ったことがないからだ。田中はクラスのムードメーカーで、クラスの男子のリーダー的存在だ。影キャラの武とはほとんど接点がない。


「お前、何してんだ!!」

野球部の担任の池安が、武の肩を掴んだ。武の心に恐怖心がわくが、あきらめの境地で言葉を紡いだ。

「すいません」


 「で、なんでお前は田中のこと殴ったんだ?」

生徒指導室で池安からの、武への尋問が始まってしまう。

「夢遊病で」

「は?夢遊病ってなんだ?」

「眠ってる間に歩いてしまうんです」

「寝言はねていえ」

 池安先生はあっさりそういう。

武は心の中で、頭を抱える。池安先生は直情的だ。繊細さの皆無の体育会系の池安先生には、夢遊病など理解できるはずもない。


「明人、お前、武のこと虐めでもしていたのか?」

 池安先生の問いかけに、田中明人は慌てて首を横に振る。

「こいつと話したことなんてあまりありませんよ!グループも違うし」

「……..」

武は俯く。


 池安先生は武の家出(武自身家出するつもりはないが)について、武の家族は学校に問い合わせることはしなかったのだろう。

それは武の家族が武がいなくなっても、気にも留めなかった証拠なのかもしれない。武は暗澹たる気持ちになる。

「とにかく!武は明人に謝れ。そして早く学校に来い」

「はい」

 引きこもりを辞めるつもりはなかったが、一応武は担任にそう返事する。


「ごめん」

池安先生が去った後、武は田中に謝る。

「いいよ。二度とすんなよ」

あっさり田中は言う。

武は胸をなでおろす。

「お前、あのこと根に持っているんだろう? 」

「あのこと?」

 武の中に、明人のいう根に持っていることに心当たりなくて、首を傾げる。

「お前にホモって言ったこと」

そういって明人は廊下を歩いて行ってしまう。

武は愕然とする。武の中に、明人にホモなんて言われた記憶がなかったからだ。

あまりにもショックで、武は泣きそうになる。自分が同性愛者であることは、誰にも言ったことはないのに。


「武!!」

自分の名前を呼ぶ声に、武は我に返る。

そこには武の親友の鴉屋黒がいた。

「どこ行ってたんだ?梅子がお前に会えないからって、心配してたんだ」

 逃げなければと武は思った。

 武は全速力で、その場から走り出す。


「待てよ!」

 鴉屋の手が、武の腕を掴む。思い切り武は鴉屋の体を突き飛ばし、その拍子に武の体は階段から落ちていく。

「武!!」

 鴉屋の悲痛な声。

結構な階段の高さから武は下におちる。

 武は自分は、死ぬのかと思う。


「………….ん」

次に武は目を覚ますと、そこにはウサギの頭の少女が立っていた。

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