無機物の感覚 前編
ベルア討伐からしばらくして、クラリス達の修理が終了し、人間組以外はほぼ全快した時のことである。
右腕の粉砕骨折を中心に大怪我し、絶対安静の状態となった明里は即席ベッドの上で療養し、長時間の間エステルとリリア、そしてクラリスの修理に全リソースを割いていたクランは、リビングのソファーでぐったりと溶けるように力を抜いていた。
そんな二人を、修復されて間もないエステルが世話し、クラリスとリリアはその手伝いを行っていた。
一方のクロムは、消耗したエネルギーが回復してからも、今まで通りにネットサーフィンでぐうたらとしていた。
「エステル、ジュース。ぶどうで」
「カシコマリマシタ」
クランは首も動かさず、指で摘んだコップを手首だけで振りながら飲み物を催促する。
それにエステルは、何時も通りに従い、紙パックに入ったぶどうジュースを冷蔵庫から取り出し、こぼさないようにゆっくりとコップに注いだ。
「相変わらずですね……クランさん」
「これでも身体も頭も酷使して疲れてるんだ、これくらいいいだろう。とにかく動きたくないんだ」
「まあ、あんな状態だったエステルや姉……リリアも直していたわけだからな。私の左腕もそうだが」
リアルタイムで、設定されたはずの呼称を訂正する様を観察するクラン。
アンドロイドではなく、ある種の機械生物として成立したクラリスの姿は、製作者としてもとても興味深い研究対象であり、その挙動一つ一つがクランにとっては有用なデータともなっていた。
「そういえば、外のパトロールはどうするんです? ここ最近は誰も動けませんでしたけど……」
ベルアが倒されたとはいえ、外のモンスターが全て消え失せたというわけではない。そもそもはベルアとは無関係な現象であり、ただそれを促進させたに過ぎない。
まだモンスター達は各所に残っており、どこに人間を襲う者たちがいるのかわからない。明里達が動けない間、それらが襲撃を起こしていないとも限らない。
その被害を未然に防ぐためのパトロールではあるが、ここ最近はそれが一切できていなかった。
「……そうだな。よし、クラリス、リリア」
「はい、なんでしょうかご主人様?」
「二人でパトロールをしてくるんだ。久々の運動にもちょうどいいだろう」
クランは、安定してモンスター達を捻じ伏せられるであろうクラリスとリリアに指示を出す。
久方ぶりの出撃かつ、姉と共に行動することができるという喜び。リリアは、まさしく姉に憧れる妹という反応を表した。
「はい! 久方ぶりの行動がクラリス様と共に歩めるとは、嬉しい限りです!」
「まあ、私も構いませんが……」
「ああただし、今回は鎧を脱いで向かってくれ。あくまで簡単な見回りで大丈夫だからな。たまには気を抜いてもいいだろう」
直後、クランから予想外の指示が伝えられた。
これまでは鎧を纏いつつの行動が当たり前だった為に、クラリスからすれば意外な物言いだった。
「はい、かしこまりましたご主人様!」
その指示に、リリアは何も疑問に思うことなく、テキパキと鎧を脱ぎ始めた。
ここでクラリスは、自分も含めてリリアも鎧の下は薄着や下着のみということに気がつく。
「ちょ、ちょっとまてリリア!」
「はい、なんでしょうかクラリス様?」
「……リリア、鎧を脱いだあとはどうするつもりだ?」
「そのまま外へ向かうつもりでしたけど、何かありましたか?」
やはりというべきか、クラリスはその返答に頭を抱えた。
元々はこれと同じ状態であったであろうことから理解できるが、リリアはクランの命令を額縁通りに受け取り、その露出度が強い状態で外出しかねなかった。
そしてその予想は、見事に的中してしまっていた。
「ご主人……」
「…………あっ、すまない。その可能性を失念していた」
予想外だったというような顔で、クランは軽い謝罪を口にした。
クランならばその露出のままに外へ向かわせるたいうことあり得るのではと考えたが、その口調と一瞬の思考から、本当にその可能性が抜け落ちていたのだろうとクラリスは理解した。
「そこのタンスから適当に取り出して着ていってくれ。確か体格にあう服はあったはずだ」
「かしこまりましたご主人様」
リリアはその指示通りにタンスへと向かい、適当な服を取り出していった。
小さく躓くようなことの連続に、クラリスはどこかちょっとしたトラブルの予感を覚えていた。
* * *
久しぶりに太陽照らす青空の下へと出てきたクラリスとリリア。
その服装は現代人のそれと比べても全く遜色の無いカジュアルなものではあるが、二人の大きな胸に服が張り付き、強調しているような色気のある身姿となっていた。
「なんだか、少し恥ずかしいな……」
「さて、どちらへ向かいましょうか?」
その状態に恥じらいを持つクラリスと、対照的に何も思っている様子のないリリア。
二人の容姿の雰囲気では、恥じらうのはどちらかというとリリアの方ではという印象が浮かび上がるが、そのような服装で恥じらうというようにプログラムをされていないらしいリリアには、それがなかった。
「リリアはその服でなんともないのか?」
「はい、鎧に比べても軽いですし、剣を持てないのが少し寂しいですが……何も心配はないですよクラリス様」
質問の意図とはずれた返答をするリリア。
その胸やボディラインが強調されるような服でなんともないのかというものに対し、リリアは機能性や戦闘時の懸念を口にした。
姉妹という設定ではあるものの、クラリスはリリアとの間に、薄くも大きな壁があるように少しだけ感じた。
リリアはその時に出たクラリスの表情の意図がわからず、軽く首を傾げた。
それから二人は、未だ瓦礫溢れる街中を歩き回る。
「ほら、たぶんこれだろう?」
「これ! あった! ありがとうお姉ちゃん!」
時には何か探し物をしていた子供を、人間よりも細かく視認能力が高いのその目を活かして手伝い。
「怪我をしているのですか? 安全な場所まで運びますので、早く避難しましょう」
「あ、ああ……ありがとう」
時には足を怪我しているらしい男性を背負い、孝太郎達のコンビニまで運び出す。
かたや金髪美人、かたや黒髪美人で、両者とも思わず興奮してしまう身体を持っている二人に密着していることもあって、男性は苦虫を噛み潰したような顔でうつむいたままだった。
こうして二人は、いくつもの人助けをこなしていった。
「明るいうちなこともあるが、今の所モンスターは見当たらないな」
「はい、安心しました」
一通りの見回りも終えた為、二人は研究所への帰路につく。
その時、クラリスは建物の影に何か蠢くものを視認する。
「……なんだ今のは」
「どうしましたかクラリス様?」
この時リリアは、クラリスとは別の方向を向いていた為に、その何かを見てはいない。
なにか起こってからでは遅いと、クラリスはそれを確認しに向かった。
「すぐ戻る。少しだけ待っていてくれ」
「はい、クラリス様」
リリアは指示通りにその場に待機し、クラリスはその間に見かけた何かの正体を確かめに行った。
「…………何かあったのでしょうか」
心配をしているような台詞を喋り、周囲への警戒を怠らずその場に待つリリア。
その時、背後から四人程のいかつい格好をした男達が近づいてきた。
この男達は、この一帯に住んでいる者ではなく、他の地域から流れ着いた者たちである。
「よう姉ちゃん、そこで何してんの?」
その呼びかけを聞いたリリアは、一旦周囲を見回したあとで、その男達に返答する。
「姉ちゃんとは、私のことでしょうか?」
「他に誰かいんのかよ?」
「ここじゃ危ねえからさ、俺達と一緒にこねえか?」
「匿ってやるからよ」
明らかに陳腐とも言えそうな怪しい言動に、私は人に危害を加えますと言わんばかりの。
普通ならば一目散に逃げるか、その場で悲鳴を上げてもおかしくないような状況だった。
「申し出はありがたいのですが、私には」
「固いこと言うなって! さ、ついてこいよ」
「そこまで仰るのでしたら……」
リリアの中で、クラリスの指示と目の前の男性達の発言がせめぎ合う。
待機するという指示は聞く必要がある。しかし、この男性達の警護も必要なのではないか。
そして、そもそもの見回りの目的は、一般市民に危険が及んでいないかを確認することでもある。それならば、今はこの男性達についていくことを優先すべきなのではないか。
短い間に思考を重ね、リリアは男性達に何の警戒もなくついていくことにした。
「よし! じゃあこっちに来てくれ」
リリアは、四人の男達の後ろをついていく。その足は、光のあまり入っていない、暗闇の濃い建造物の中へと向かっていた。
「へへ、こんな上玉、まず見かけねえからな」
「しかも俺達をちっとも警戒してないときた。こりゃ世間知らずとかそんなレベルじゃねえな……ひひひ」
小声でいかにもな下衆の会話を繰り広げる男達。
その声はリリアにもきっちりと入っているが、リリアにはその会話の内容、意図が理解できなかった。
「……ただのゴミだった。ん? リリアはどこにいった?」
クラリスが見に行った先には、ゴミの山が積み上げられており、その中から飛び出した布切れがひらひらと揺らめき、まるで何かがいるような影に見えただけであった。
何事もなくてよかったような、間抜けな思い違いをしてしまったような、なんとも言えない感情に包まれていた矢先、クラリスはリリアがどこにも見当たらないことに気づく。
「待っててくれと言ったのに…………あれは」
クラリスの目に入ったのは、いつの間にか離れた場所まで移動していたリリアだった。
その近くには人間の男性らしき姿も見え、どうやらその男達について行っているように見えた。
「嫌な予感がするな」
リリアに大きな被害が及ぶようなことはないと願いたいが、それでも不安は拭いきれない。
クラリスは、リリアが向かった建物の方へと走り出した。
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