エピローグ

エピローグ1話

 ベルア討伐以後、モンスターの出現数及び頻度は目に見えて減っていき、少しずつではあるが、人間の街であった面影を取り戻していく。

 しかしその爪痕はとても深く、人々に根深い傷を植え付けた。

 また、ベルアが起こした騒動以降は頻発しなかったモンスターが無作為に送られる自然現象も、ベルアがいなくなって以降もその発生がいくつも確認されている。

 当初は、それが人々が暮らす上での脅威になると思われたが、クラン達や、その他の生き残った人々によって蓄積された経験を活かし、早期の対策が行えるまでになる。

 その結果、モンスターの出現その物は大騒ぎになるよう物でも無くなっていき、いつしか人々の間では雨が降るのと同列の認識となりつつあった。


 そして、ベルア討伐から一年後。


「うわー……こんな酷いことになってたんだね」


「ほんとに人残ってるのかな……?」


 異世界からモンスターが送られる現象について、過度に警戒するような物ではないと判断した政府は、交通機関の整備を促し、都外へと避難した人々の受け入れを開始し始めた。

 そしてこの日は、陸海空、様々なルートから人々が戻ってくるその初めての日。飛行機から、フェリーから、新幹線から、道路から、東京に住む人々が少しずつ戻ってくる新たな日の出の日でもある。

 そんな中、ある程度スペースが空いた電車の中に、明里と同い年の二人の少女がいた。

 一人は香山千恵。避難する以前は明里とよく遊んでおり、授業の内容の復習や遊び等を、どちらかの家に上がって行うようなとても仲の良い小学校の頃からの同級生。

 もう一人は、千堂咲希。千恵と同様に、とても仲の良い中学校からの親友である。

 二人は家族と共に東京の外へと逃げる事が出来たが、しばらくしてから、明里が逃げられなかった事実を知った。まるで空間が遮断されたかのように連絡も取れず、安否を確認出来ないような状況で、二人の心配は積もりに積もっていた。

 そして今回、約一年越しの東京で見つけることができればという一心で、二人は家族よりも先に足を踏み入れることを決めたのだった。


「明里、大丈夫かな」


 千恵が、とても不安そうな顔をしている。一年という長い期間で、生存すら怪しいのではと考えるのは、街の光景を見た後では無理もない。


「大丈夫だよきっと……中にいた人達が街を救ったらしいし、明里ちゃんもきっと……」


「……そうだよね、私達が信じないとね!」


 沸き上がる不安を払拭し、千恵は咲希に明るい顔を向けた。

 それを見た咲希は、これで良しと言わんばかりに笑顔を返す。

 そして、電車は二人の目的地へと停車した。壊滅以前は通勤ラッシュ等でごった返していた場所も、今となってはひび割れが多く目立つ寂れた鉄とコンクリートの城のようだった。

 二人を含めた無数の人々が、その駅で降りる。


「えっと、確かこの駅からが一番近かったよね? 明里ちゃんの家は」


「そのはずだけど……こんなにボロボロだと、本当に合ってるかもちょっと自信ないね」


 ホームが外と空間が繋がっているこの駅は、翼を持つものや、途轍も無い跳躍力を持つものならば改札を通らずに無賃乗車出来そうな想像が掻き立てられる場所ではあるが、到底人類にそのような事が出来る者はいない。

 二人は、人の流れに任せるように、階段を伝って移動しようとしたその時、突如いくつもの悲鳴がこだまする。


「きゃああああああ!!」


「なっ! なんでモンスターがいるんだ!? 政府はもう無事だと言ったんじゃないのか!!」


 人々が、階段の入り口から避けるように散らばっていく。

 突然の事態に何がなんだか解らず、二人はその階段をじっと凝視した。


「……嘘、なんで……」


「これって……」


 階段の下から現れたのは、オークやゴブリンの群れだった。その数は、それぞれ半々で合計八体程。


「ひっ……!」


 咲希は、一目散に逃げようとするも、あまりの驚きに腰が引けてしまい、思うように足が動かなくなってしまう。


「咲希!」


 友達の危機に、千恵は持った荷物を放り出し、腕を引っ張ってなんとか立たせようとした。

 しかし、それを見計らったかのように、一体のゴブリンが千恵に向かって、手のひらに収まるような大きさのコンクリートの破片を投げつける。


「ぐうっ……!」


 その衝撃に、千恵はよろめいてから膝をつく。


「千恵ちゃん!?」


「いたた……」


 その間にも、モンスター達は一歩一歩足を進める。そしてとうとう階段を上りきり、あと数歩で二人の目の前にたどり着く距離まで近づいた。

 他の乗客達は、その恐ろしい光景にたじろぎ、助けたいと思っても身体が動かずに、未曾有の恐怖に支配されていた。


「やだ……こないで……」


「こうなったら……来るんなら刺すよ!」


 がくがくと怯えながら、手足を地面に付いた状態で下がる咲希と、無駄だと分かっていても、抵抗の意思を示さんと手持ちのペンを剣のように見立てて突き立てる千恵。

 対照的な二人だったが、千恵の手は、態度や表情とは正反対に震えており、声も若干震えていた。

 小動物の脅しなど怖くないと言わんばかりに、一体のオークが二人に向かって走り出す。


「いやぁぁぁ!!」


「ちくしょう……!」


 悲鳴と諦念の声が入りまじり、二人は終わりを覚悟して強く目蓋を閉じた。

 その次の瞬間、聞こえてきたのは、目の前のオークの悲鳴だった。

 痛みや衝撃が襲ってこない事を不思議に思った二人は、恐る恐る目を開く。

 先程まで向かってきていたオークは、二人に辿り着く前に倒れ、身体を震わせて倒れていた。その様子に、人々がどよめきの声を上げる。


「な、何が起きたの……?」


 咲希は何がなんだか解らずおろおろと慌て、対して千恵は、倒れたオークの頭部にある大きな痣を見て、何かがぶつかったのだと考えた。

 わかる範囲の出来事を認識しつつも、全く理解が追い付かない現状に、千恵は頭を悩ませた。

 その時、線路の方から足音のよう何かが聞こえてきた。カンカンと線路にぶつかるような金属音と共に、それは少しずつ近づいてくる。

 その音はモンスター達も聞こえており、その場にいた者全員が第三者の介入に息を飲んだ。


「なに、今度は何がくるの……」


「…………」


 頭がパンクしそうな咲希と、じっとその方向を見つめる千恵。

 そして、その金属音が一度止んだかと思った次の瞬間、カンッという大きな音と共に何かが上空へと飛び上がった。

 その何かは人の姿をしており、手には機関銃のような大きさの武器らしき何かを携えていた。そして、その影は空中から、モンスター達に弾丸を四発発射していく。

 弾丸は見事にモンスター達の頭や心臓に命中し、一気に敵の数は半数以下となった。


「す、すごい……」


 その華麗に葬っていく姿に、咲希は惚れ惚れする。

 千恵もその姿に驚嘆するが、すぐにその感情は掻き消える。


「あれ、なんかあの人……あたふたしてない?」


 そう言われて、咲希もその姿をじっと見る。

 すると、その謎の人影は空中で手足をばたつかせ、かなり慌ててるように見えた。そして、だんだんとその人影からの声が聞こえ始めた。


「どいてぇぇぇ~~~~~~!!」


 鬼気迫っているようにも思える情けないその声に、二人は急いでその場を離れた。

 空からの声から間もなく、ちょうど二人がいた地点に、一人の少女が大きな金属音が伴う着地音と共に舞い降りた。

 その足には靴のような機械が装着されており、手には見たこともない先程の射撃に使われたであろう武器があった。


「はぁ……はぁ……怖かった……クランさんの頼みなんて聞かなきゃよかった」


 軽く愚痴を溢しながら、少女はふらふらと立ち上がり、服についた埃を叩く。

 目まぐるしく状況が塗り変わる様に二人はついていけなくなりそうだったが、降り立った少女の声を聞いた瞬間に、頭の中が鮮明になった。


「その声もしかして……明里?」


「明里ちゃん……なの?」


 まだはっきりと確信が持てない二人は、おずおずと明里の名前を呼んだ。

 すると、その少女は直ぐ様反応し、二人の方を向く。


「私の名前、なんで……もしかして、千恵ちゃんと咲希ちゃん!?」


 少女の顔は一気に晴れやかな物となり、持っていた武器をその場に捨てて一目散に二人の元へ走った。


「ほんとに千恵ちゃんと咲希ちゃんだ!! 久しぶりだよ~!」


 モンスター達がまだ残っている事にもお構い無く、明里は両腕を大きく使って、思いっきり二人を抱き締めた。


「ち、ちょっと! 痛いって!」


「あ、ああごめん! つい嬉しくなっちゃって……」


 明里は慌てふためきながら手を離す。


「ビックリしたよ……ずっと連絡も出来なかったからさ」


「ほんとに、明里ちゃんなの? なんか、すごく雰囲気が変わったような」


 一年ぶりに明里の姿を見た二人は、まるで一回りも二回りも成長したような、そんなオーラを感じた。


「うん、まあ…………色々あってね。でも、また会えてよかった」


 明里は、二人との再会を心から喜んだ。うるっと、その瞳には涙を滲ませた。

 そんな再会を祝っていた矢先、無視され続けていたモンスター達が既に真後ろまで近づいてきていた。


「ひぃっ!」


「まずい……再会を喜んでる場合じゃなさそう」


「そうだった。ここは私に任せ……」


 二人を助けるために、明里は再びレールガンを構えようとした。しかし、先程無意識にレールガンをほっぽり出していた事をすっかり忘れていた明里は、しまったと言う顔で立ち尽くした。


「あっ……逃げよう!」


 今のままでは太刀打ち出来ないと即座に判断し、明里は二人の手を握って走り去ろうとした。

 その時、今し方明里が空中から撃ち抜いた時と同じように、モンスター達の悲鳴が聞こえてくる。

 今度は撃ち抜かれるのではなく、次々に残ったオークやゴブリンが斬り払われていっている。そうして、人々を襲いかけたモンスター達はあっさりと全滅した。

 三人は倒れた屍の向こうに視線を合わせると、階段の方向から一人の長い金髪を持ったとてもスタイルの良い美しい女騎士が現れた。

 その女騎士は、剣に付いた血を払い、そのまま鞘へと納めながら近づいてくる。


「こ、今度は……何?」


「クラリスさーん! ありがとうございます!」


 迷子の子供が親に駆け寄るように、明里がその女騎士の元へと直ぐ様走っていった。

 女騎士は呆れるように、腰に手を当てて口を開く。


「明里、いくら友達と再会したからといっても、武器を手放しては危ないぞ……」


「うっ……ごめんなさい」


「……まあ、明里が無事ならそれでいいさ。ところで、その靴の調子はどうだったんだ?」


「それが、飛び上がり過ぎてうまく制御出来なくて。これって私が履かない方がいいかもしれないですね」


 まるで固有の世界に入り込んだかのように、二人の間で謎の話が進んでいく。


「えっと、二人とも……ここって危なそうだからとりあえず移動しませんか?」


 恐怖が未だ抜けず、一刻も早くこの場から離れたかった咲希は、二人に移動の提案をする。

 それを聞いた二人は、忘れていたと言わんばかりの表情を返した。


「そうだった……ありがとう咲希ちゃん。忘れてた」


「へっ?」


「みなさーん! 今から安全な場所まで誘導しますので、私達についてきてくださーい!!」


 明里は今この場にいる人々全員に声が届くように、大きな声で誘導した。


「それまでは私達が護衛しますので、安心してください!」


 その後で、クラリスが声のボリュームを上げてアナウンスを行う。

 先程の戦闘を皆が見ていたこともあり、その場にいる全員が納得して、自分達の身を明里達に預ける事にした。


「さてと、それじゃ二人も行こっか」


「ちょ、ちょっと待って!? えっと……明里が誘導?」


「なんだか明里ちゃん、すごいことやってるみたいだけど……何かあったの?」


 再会した友達がとても頼もしく見えた二人だが、同時に今明里が何を行っているのか、どこに連れていこうとしているのか、一挙に積もりに積もった疑問が二人の頭の中でぐるぐると渦巻き、再びパンクしそうになっていた。

 どう説明したらいいか自分にもわからない明里は、頬をちょっとだけ人差し指で掻きながら、もじもじと口を開く。


「えーっと…………あのね、私ね、偉い人達からしばらくの間、人々の護衛をするように任命されちゃったの」


「「…………えええええええぇぇぇぇ!!??」」

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