第50話

「ダメ!! 明里、さん! 見ちゃダメ!!」


 今の明里には耐えられない光景と判断したクロムは、すぐさま右手をゴーグルのように変化させて、明里の視界を完全に遮った。


「敵対生物ノ可能性、大幅上昇。殲滅準備ヲ整エマス」


 エステルは右足を一歩前に踏み出して構えを取り、いつでも先制攻撃が出来るように体勢を整えた。


「これは……いくぞリリア! 剣を抜くんだ!」


「了解ですクラリス様!」


 出遅れたクラリスは、はっきりと全体の雰囲気はわからないものの、異様な何かが起きていることを感じとり、リリアと共に剣を抜いてそのまま走り続けた。

 母親が正体を現すまで膠着状態が続くと思われたその時、上空から何者かの声が聞こえてきた。


「余計なことしてんじゃねえぞゴーレム風情が」


 空からの謎の一声とほぼ同時、その声が聞こえた方向を向く間もなく、突如エステルとクロムの二人へと、何者かによる強大な衝撃がもたらされた。

 エステルはなんとか遠くまで飛ばされないように踏ん張りギリギリの所で耐えるが、クロムは耐えきれずに、変化させたゴーグルを明里の眼にくっつけたまま手首が折れて吹き飛ばされた。

 そのクロムを、クラリスとリリアは二人で構えを取ってからしっかりと受け止めるが、働いた力と速度が乗った勢いに押されて二人は倒れた。


「な、何……何が、起きたの?」


 吹き飛ばされたクロムは、下敷きになっていた二人の上から素早く離れて立ち上がる。

 その二人も、幸いにも特に損傷を受けることもなかったために即座に立ち上がった。

 予想外の事態に見舞われた三人は、現状を早急に把握するためにクロムがいた方向、明里がいる場所を確認した。


「こういうのはしっかりと眼に焼き付けなきゃなぁ?」


 三人が見たのは、悪魔のような翼を大きく広げた男が、明里の両目を無理矢理見開き、それに断続的に声にならない声を上げながらも必死に抵抗しようとする明里の姿だった。

 明里の両眼に付けられていたクロムのゴーグルは剥がされた上で砕かれ、足元に残骸として転がっている。

 その男の姿にクラリスは見覚えがあった。


「奴は……なぜベルアがここにいる!?」


「ベルア……あいつが……!」


 その名前にクロムは聞き覚えがあった。


「あの者がクラリス様に酷いことを……クロム様も知っているのですか?」


「うん、私達の、世界で、何度も、聞かされてた。暴虐と、惨痛を、好み、無作為に、選んだ、者を、壊し、弄ぶ、悪魔、だって」


 現在の世界に送られる以前、クロムが聞いたベルアの悪評を二人へと話す。

 それを聞いたクラリスは、自身が受けた仕打ちと照らし合わせてまさにその通りだと脳内で合致させる。対するリリアは、その情報からベルアの高い危険性を察知し、現時点での最も警戒すべき敵対者と認識した。

 ベルアは趣向を変え、必死に抵抗する明里の両腕を、手首を掴んで片手で封じ、もう片方の手で閉じようとする目蓋を無理矢理こじ開ける。

 逃げたくても逃げられない。抵抗しようとしても太刀打ちできない。目を背けたくても背けられない。無に帰すように行動を封じられた明里は、その多大なる絶望感に表情を歪め、凍えるように全身が震えていた。

 元々明里には、ベルアの行動に抵抗できる程の腕力を持ち合わせてはいないため、それを無視して無理矢理今の光景を見せ続ける事も可能だったが、ベルアは敢えて腕を封じることで、さらに強く無力感を感じさせることに快感を覚えていた。


「ほら、離れ離れになったお前の母親との再会だぞ? 喜べよ」


 記憶を読み取りつつ、母親がグールの姿を現していく様をまじまじと見せつける。


「や……だ……助け……」


 今この瞬間だけでも気を失いたい、目が見えなくなってほしいと虚しい願いさえ起こし始めていたその時、二人の背後に高速で迫ってくる者がいた。


「明里サンヲ保護シマス」


 他の仲間達よりも近い位置にいたエステルは、過去のデータとの照合、現状の分析を簡易的に行った後で、ベルアを対処すべき脅威と定義した。

 そして直ぐ様、明里を助け出すべく正面から二人の方に走りだし、その勢いを乗せたストレートをベルアに直接浴びせようとした。


「チッ、邪魔すんじゃねえよ!」


 ベルアは目蓋から手を離して明里の首根っこを掴み、編み人形を差し出すように明里を盾にする。

 エステルはそれに反応して急停止し、殴りかかる直前のモーションで一時停止した。


「明里サンへ致命傷ヲ与エル危険性上昇、攻撃ヲ中止シ……!?」


 その大きな隙をベルアは見逃さず、明里を掴んだままバッタのように高速でエステルの真上へと飛び上がり、鋭く急降下してエステルの頭上を強く踏みつけた。

 人質を盾にした戦法と一瞬の判断から成る不意打ちに、エステルは反撃する間も無く頭部を地面に押し付けられた。

 エステルの頭部を中心に地面には亀裂が入り、その強大なパワーはエステルの内部を傷つけるには充分過ぎる威力があった。


「中止シシシ&@#%!+#……頭部破損二ヨリ#=&%@低下。戦闘koウ為ノ継続継続継続エラー、エrrrrr……」


 エステルの棒読み気味の機械音声の中に、強烈なノイズと電子音が混じり、不快さが強調された声のような何かが周囲一体に響き渡る。

 既に壊れているかのような挙動を起こしながらも、エステルは自身の頭を踏みつけている足を掴む。しかし抵抗と呼ぶには足りない程に出力が落ちており、ベルアにとってはまるで子供が握ってきた程度にしか思わなかった。


「うっぜえんだよエルフみてえな機械人形が!」


 踏みつけた足に力をさらに加えてそのまま捻り、鉄パイプを曲げるように首に強引な負荷をかけていった。

 エステルの首はうつ伏せのまま真横に90度曲がり、地面と密着していた顔は強烈な摩擦により、黒板を爪で引っ掻いたような不快な金属音と共に人工皮膚が剥がされたいった。

 頭と体の間を大きく歪められた影響か、エステルの身体は仰け反りながら時折痙攣を起こし、のたうち回るような動きを見せていた。


「sghcxuiidsx――punxg@+##-♪※sx……」


「手間ぁかけさせんなよ……」


「あ……ああ……」


 おおよそ人間が発することの無い音のみを上げるだけの機械人形となったエステルに、明里は強い謝罪と後悔の念を覚えた。

 それを見たベルアは、さらなる材料が増えたと内心悦びながら、再び明里への痛めつけを再開した。

 掴んだままの明里の首を、身体ごと無理矢理動かして、視界の中にエステルを写し出す。


「お前のせいで仲間がこんなことになっちまったなぁ……お前の我が儘でこんなところに来なければ、お前が俺に捕まらなければなぁ」


「私……が……」


 全ての原因は明里にあると誘導し、自責の念で潰れていく様を間近で楽しむベルア。

 思わぬ極上の前菜を楽しんでいたベルアは、メインを忘れないようにと、ベルアが連れてきた二人のうち残った一人の方の様子を確認する。


「おお、ちょうどいいとこじゃねえか。ほら、再会を手伝ってやるよ」


 明里の母親の変態は進む。口の両端が裂け、大口を開いた状態で明里に近づいていった。

 それを見て完璧なタイミングだと悦楽に浸るベルアは、明里の首を無理矢理母親の方へ動かす。

 その様子だけでも人間ではないと判断するには充分すぎるが、髪や目、皮膚、身体等にまだ人間の面影が残っている様に、明里は度を超えた嫌悪感を覚えていた。


「エステル様!」


「あのままじゃ、明里、さんが!」


「助け出すぞ!」


 距離を離された三人は、明里を助け出すために一斉に走り出した。

 まだ楽しみを邪魔する奴がいるのかと、ベルアは分かりやすく表情に嫌悪感を表す。


「うっぜえなぁハエどもがよぉ」


 ベルアは空いた左手を三人に向けて突きだす。

 次の瞬間、その左手から巨大なビームが放たれた。

 見た目から危険性を強く感じさせるその攻撃に、クロムは息を飲み、クラリスは身体を焼かれても正面突破を行う覚悟を決めた。

 その中で一人、リリアはそのビームへと視線を釘付けにして、冷静に解析を始めていた。

 擬似人格を一時的に停止し、一瞬のうちにそのビームが魔法によるものであると解析結果を導き出したリリアは、再び擬似人格を復活させて間もなく、前にいる二人を払い除けて一番前まで飛び出し、自信に満ちた表情でビームに向けて手をかざした。

 すると、そのビームはリリアの全身を焼き尽くさず、そのかざした手の中へと吸い込まれるように消えていった。


「吸い取った……おもしれえじゃねえか。確かあいつは、あの機械人形に姉妹と設定された奴だったか」


 自身の攻撃を吸い取られる様を見たベルアは、踏みつけているエステルの頭を邪魔だと言わんばかりに蹴飛ばし、吸収したその主の女へと視線を合わせた。


「だがいつまで持つかな?」


 グールへの歩みを止めず、ベルアは再び魔法による攻撃を放った。

 今度の攻撃は、先程放ったものよりも速く強く、強大な物だった。

 リリアはそれを再び吸収する。

 表情を崩さず余裕で吸収しているようにも見えたが、リリアの腕は密かに悲鳴を上げ始めていた。


「やっぱ限界があるらしいな。さあ、耐久実験だオラァ!」

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