第47話
いつもはほぼエステル専用のような状態のキッチンに、今日は明里がエプロンを来て調理作業を行っていた。
たまに怪しくなるも、慣れた手つきでニンジン、タマネギ、ジャガイモをそれぞれ包丁で刻んでいき、小さく山のように積み重なった野菜達を分けてボウルに移していった。
明里は調理の間、鼻歌を歌いながら笑顔を絶やさず楽しそうにしている。
そんな様子を、意外そうな顔でキッチンの外からクランが眺め、明里の後ろでは、料理の補助をするためにエステルが監視しているかのような視線で見守っていた。
「意外だな。明里くんが料理できるなんて」
「意外ってなんですか……たまにお母さんの料理を手伝ったりしてたんです」
「ふーん……そういえば、両親や境遇のことを聞いたことがなかったな。君は家にいた時からずっと一人だったが、何かあったのか?」
初めて明里の口から出た家族のことについてふと興味が湧き、クランは話の流れのままに明里の家族について質問した。
その質問に、調理中の明里の手が一瞬だけ止まった。
ほんの少しの間思い詰めたような表情を見せるが、明里はすぐにまた手を動かして調理を再開し、そのままクランの質問に答える。
「……モンスター達が暴れてる最中、私はお母さんとお父さんと一緒に街の外へ避難しようとしてたんです。その時、色んなところから避難の案内が出てて、私達は電車に乗って逃げようとしました。でも、同じく利用しようとした沢山の人達の流れに圧されて、両親とはぐれちゃったんです」
「なるほど、つまりそのまま離れ離れか」
明里は黙って頷いた。
その当時の、両親とはぐれた上に逃げ道からあぶれて一人取り残された時の事を思い出し、明里の表情に陰りが見えた。
「もしかしたらまだ残ってるかもしれないと思うと、一人で逃げられませんでしたし……後から来る電車もその次の一台以降は襲撃されたとの放送もありました。それから落ち着いた頃に両親を探し回ったんですが、どこにもいなくて……」
「そして家に戻って一人暮らし、というわけだな」
明里は小さく返事をしてから再び頷いた。
過去の出来事を話す明里の様子は、遅くなった動作や表情からもその辛さが見てとれた。
「私の大好きな機械の分解も、元々はお父さんから影響を受けたものなんです。よくお父さんが使ってた工具をオモチャにして遊んでて、その流れで機械の解体を教えてもらったりしてました」
明里の解体趣味に関する昔話を聞いている中で、両親からの影響で趣向が変化していくのはよくある事とはいえ、どうすれば解体行為に興奮するような成長を遂げるのかと、クランは少し怪訝な表情を見せた。
「上手くなるにつれて褒めてくれたり……家の中の機械を勝手に弄ってお母さんに怒られちゃったこともありましたね。あっ、でもお母さんも優しいんですよ!? 初めて料理をしようと思った時に丁寧に教えてくれたりとか……」
思い出話に華を咲かせるうちに少しずつ表情は明るさを取り戻し、先程までの暗い様子からの反動からか、とても嬉しそうな表情に見えた。
「それでですね! 今日私の携帯にお父さんからメッセージが届いたんです! 明日お母さんと一緒にこっちに来るから迎えに来てほしいって!」
「……二人とも無事だったのか?」
「はい!」
溜め込んだ物を吐き出すようにはしゃぐ明里をよそに、クランの中に一つの疑心が生まれた。
なぜ今更になって連絡が行われたのか、いくら明里が元々暮らしている場所から殆ど離れていないとはいえ、今の明里のいる場所がわかっているのか、そもそもそれは本人なのか、様々な疑問から、不穏な予感がクランの中に立ち込めた。
「それは本当に本人なのか?」
「もちろんですよ! 私も最初は疑ってたんですけど、写真も送ってもらったんですよ!」
慌てていると勘違いされそうな程の早い動作で携帯を取り出し、即座にクランの眼前に画面を押し付けるように差し出す。
そこには、顔や手は汚れているが、不自然な程に綺麗な服を着ている明里の両親らしい二人の男女が写っていた。
どういうわけか瞳はどこか虚ろであり、その佇まいも普通に写真に写っているような体裁を取っているが、細かいところに視線を向けていくと、不自然な点もいくつか見られた。
「これで本人だと信じたのか?」
「もう、疑り深いですね……編集とかされてるとは思えないですし、そんなことする理由もないじゃないですか」
明里は両親が生きていたという事象に心を動かされ過ぎたのか、全く疑うことなくその写真を確実な証拠だと信じていた。
クランは溜め息をつき、差し出された画面を押し戻した後で背筋を伸ばし、明里に背を向ける。
「……まあ、今は両親との再会を喜ぶといいさ」
何か含みのあるような台詞を吐き、クランはそのまま同じ部屋にいるクラリスの元へと歩き出した。
「……何か気に入らないことでもあったのかな?」
「マスターナリノ警告ト思ワレマス」
「警告? うーん……」
エステルの言葉を含めても、明里にはピンとくるものは何も浮かばない。結局明里は引っ掛かるところはあるものの、それを頭の中で処理できないまま調理作業へと戻り、刻んだ野菜や肉を大きめの鍋へと運んで投入して炒め始めた。
その様子は、薄々勘づきそうな何かから無意識に避けているようにも見えた。
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