第45話
三人はエステルを先頭に、荒れた街並みの中を歩いて行く。
視界の中にはぽつぽつと人影が見られ、完全に人がいなくなったわけではないということが伝わる。
色んな方向に視線を移しながらエステルの後ろに着いていた明里が、今までに通ったことの無い道を向かっているのが気になり、ふと口を開く。
「そういえばエステルさん、今どこに向かってるんですか?」
「スーパーマーケットデス。現在殆ドノ場所ハ襲撃サレ機能不全二陥ッテイマスガ、例外的二被害ガ軽微、及ビ損害ヲ免レタ場所モ存在シマス」
「そうなんですか? てっきりどこもダメかと……」
今回の見回りには、元々の目的の他に食料の買い物をするという目的も存在していた。
日常では無くてはならない存在であったスーパーマーケットだが、豊富すぎると言っても過言ではない食料が存在するその場所がモンスター達の標的にならないはずもなく、 その殆どが襲撃され壊滅、またはモンスター達の根城となっていた。
しかし、非常に多くの店舗があるスーパーマーケット。その中には地下店舗等の目立たない場所にあるため等の理由で運良く被害を免れた店舗、そもそものモンスターが少なかったために撃退に成功した店舗等、様々な理由でモンスター達の魔の手から逃れることが出来た場所も存在していた。
エステルは予め、ネット上のデータや音声記録等から、内蔵されている周辺地図へのマッピングを行い、それを元にルートの選定をすることで、スーパーマーケットへの案内を二人に対して行うことを可能とした。
「孝太郎さんのとこが近かったし、それに遠くに行くのが少し怖かったからなあ……」
「現在ノ明里サンナラバトモカク、ソノ当時ノ明里サンデハモンスタートノ交戦ハ非常二危険ト推測サレマス」
「うん、私もそう思う」
まだクラリスと出会っておらず、ひたすら機械の分解遊びのために歩き回っていた当時のことを思いだして、知らず知らずのうちに遠いところまで来てしまったと物思いに更ける。
「出会ってまだ間もない私が言うのもなんですが、今の明里様は既に立派な戦士であると思っています。クラリス様と共に戦っていた姿はとても勇敢でした」
記録された視覚映像から導き出された戦闘評価を、リリアが口から直接明里へ伝える。
今まで戦いとは全くの無縁だった自分が、現在の強さに対して評価されたことに少し複雑な気分を覚えながらも、照れるようにちょっとだけ顔を赤くし、少し笑みを溢しながら言葉を返す。
「あの時は必死で目の前に夢中だったし……それに、何よりクラリスさんが……」
最後まで言い切る前に、明里の携帯から報せの音が聞こえる。
「えっと……ちょっとごめんなさい!」
明里は慌てて頭を下げ、二人から少し離れてから携帯を取り出して画面を確かめる。
「誰だろこんな時間に……っ!?」
明里は、その連絡の主に言葉を失う。
その次の声が明里の口から出るまでに、明里の中には嬉しさや安心、異変が起きるまでの思い出、無数の感情が渦巻き巡った。
そして、やっと頭の中を整理することが出来た明里は、振り絞った一言を口にする。
「おとう……さん……」
* * *
調整室でクラリスの整備及び機能の追加を行っているクランは、作業を進めていく度に見られるクラリスの内側で起きていた変化に驚嘆し、その度に目を輝かせていた。
調整台の上で仰向けになって停止しているクラリスは、人工皮膚が剥がされた上で下顎が外されている。
「これは……材質そのものが変わっているのか? しかしその変化が及んでいない箇所もある。これは徐々に進行する物なのか……? しかし進行が不完全なのに問題なく稼働している。となると、既存の物質とも対応しているものなのかそれとも……」
その様子を、床に膝をついて肘を背もたれのない椅子の上に乗せ、両手で頬杖をついて半目開きで見守るクロム。
クランに対する質問をどこかのタイミングで行おうとしていたが、マシンガンのように止まらない独り言の前に、その時を計れずにいた。
一方はぶつぶつと呟きながら作業し、もう一方はじっとその様子を見守る時間がしばらく過ぎたところで、クランが軽くふぅ……と息を吐いた後で背伸びをする。
「少し喉を潤しておくか」
小休憩のつもりなのか、クランは冷蔵庫から慣れた手つきでエナジードリンクを持ちだし、一気に飲み干したかと思うと、すぐに作業に戻り始めた。
この僅か数十秒の隙を見逃さず、クロムは再び自分の世界に入られる前に質問をぶつける。
「ねえ、クランさん、ちょっと、質問、しても、いい?」
「ん、ああいいぞ。どうしたんだ?」
既に作業に入り、クラリスの身体を弄り始めていたクランは、クロムの方を向かずに軽く意識を向ける程度に耳を傾ける。
「多くの、モンスター、達が、現れた、日の、以前に、モンスター、って、いたの?」
その言葉を聞いた瞬間、クランの手が止まり、時間が止まったような静寂が調整室内を包んだ。
返答に困る質問だったかもしれないと、クロムが少し不安になり始める。五秒程思考を巡らせた後、クランは止まった手と視線を動かさずに質問を返す。
「……どうしてそんな事を聞いた?」
何か触れてはいけない事に触れてしまったかのように、その問いの時のクランの声は、少し低めで真剣さと鋭さが垣間見えた。
まずいことを聞いたのかもしれないと思いつつも、クロムは臆さずに質問に対する回答を返す。
「えっと、ネットサーフィン、してる、時、偶然、気になる、事件を、見つけたの」
「ほう、その事件とは?」
「若い、男性が、人間とは、思えない、力で、撲殺、されてたって、事件。それを、見て、オークや、トロルが、やったのかと、思ったけど、捕まってた時、聞いた、モンスターが、沢山、現れた、時期と、一致、しない」
クランはクラリスの身体から手を離し、腕を組んで目を瞑り、唸る。
「……なるほど、相当屈強な男がやったという可能性は考えたか? 事故で潰された可能性は?」
「そんな、パワー、持ってる、人なら、目立つし、すぐ、捕まると、思う。事故なら、同じように、形跡が、残る、はず」
「……はぁ、ネットの海に流れた物は半永久的に消えないとはいえ、まさかこんなところで巡ってくるとはな」
クランは一拍呼吸を置くためか、再び冷蔵庫に向かい、今度はキンキンに冷えた濃い炭酸レモンジュースを持ち出した。
そしてキャップを開け、一口飲んだ後でクラリスの隣へと戻り、クロムへ口を開く。
「まあ、別に話せないわけでもないが……特別に簡単にでも話してやろう。首都が壊滅する少し前のことを」
左手でジュースを飲み、調整台に軽く体重をかけるような体勢で、右手でクラリスに触れながらクランはちょっとした昔話を始めた。
「その撲殺事件が起きた当初、私が何をしてたか……は、どうでもいいか。その異常性に様々な可能性が考えられてな。何が目的なのか、被害者の知人や周辺住民にそこまでのことが出来る者がいるのか、とことん調べられた」
「……でも、それは、誰も、いなかった?」
「正解。この事件は長引くと思われていたんだが、意外にもあっさり解決したんだ。なんでだと思う?」
飲み干したペットボトルのキャップを閉め、回転させて真上に放り投げたあとでキャッチし、飲み口の方でクロムを差し、クイズを出す。
突然のフリに呆気に取られながらも、クロムはどういうことが起きたらすぐに解決するような状況になるのかを考え推理する。
「正解は『公園の茂みの中で眠っていた』だ。肌が緑色のオークだったこともあって見逃しかけたらしいがな。」
「…………」
クイズをぶつけてから間髪入れずに答えを口にし、一瞬でも考えたこの時間はなんだったのかと、ムッとした表情になるクロム。
「幸いにもはっきりと目撃した者はおらず、それを見たらしい者は見間違いや幻覚だと思ったらしい」
ペットボトルの飲み口の細い部分を掴み、ゴミ箱へ向かって放り投げるクラン。
ペットボトルはゴミ箱の角に命中し、大きく跳ねてクロムの頭めがけて飛んでいった。
それをクロムは、右手を羽子板のように変化させ、振り返らずノールックで打ち返し、入るべきゴミ箱へと弾き飛ばした。
「そこからは大立ち回りでな、周辺を立ち入り禁止区域にして、効くかわからん大量の麻酔や睡眠薬を用意しつつオークを運びだしたんだ。そして情報を統制し、この事が出回らないようにした。当然だ、あんな化物が突然住宅街に現れ、しかも殺しを行ったとなってはパニックどころでは済まない」
「……あれ、でも、聞きこみや、知人の調査、出来る程、時間、経ってた、なら、その、オーク、動いても、おかしくないんじゃ?」
「良い質問だ。捕獲した後で分かったことだが、そのオークは極度の疲労状態に陥っていたみたいでな。殺しの後は殆ど動いていなかった上に、その周辺はそもそも人通りが少なかったんだ。ある意味幸運であったとは言えるな」
話している間に手持ち無沙汰になってきたのか、クランは喋り続けながらクラリスの味覚の調整を始めた。
ながら作業ではあるものの、その手つきは正確無比で確実なものだった。
「それからそのオークがどこから現れたのか、何が目的なのか、何かの前兆なのか、いくつもの組織や研究機関が極秘裏に動き始めた。その時私がいた所も、来る脅威への対策として動き始めていた。だがそれから月日が経ったある日、そのメカニズムも分からないままそれは起きた」
「……それが、モンスターの、大量発生?」
話を聞いているうちに、クロムの表情はだんだん険しく真剣な者になっていた。
毎回茶化すような喋りで、物事を真剣に考えているのかも分からないような人間の言うことは話半分に聞いていたクロムだったが、初めて聞かされた事象の事細かな内容に、クロムの耳は自然と傾けられていた。
「そういうことだ。どこからともなく現れた奴等は、東京中を破壊し尽くしていった。そして今に至る……というわけだ」
「そう、だったんだ……あれ、でも、その時、現場に、居なくて、情報も、隠蔽、されてる、なら、なんで、クランさん、知ってるの?」
昔話に一区切りついて緊張の糸が途切れたところで、クロムは話の中にふと浮かんできた疑問を投げかける。
「事情を知ってそうな奴に自白剤打ったんだよ。口が固い奴等だったし、その方が早いと思ってな」
「あぁ……」
期待通りとも言える強引かつ合理的で、人権を蹴り飛ばしているような回答に、クロムはもはや感心する他なかった。
ここで、クランは作業の手を止め、クロムの元へと近づいていく。
白衣のポケットの中に手を入れ、その中に入っていた何かを取り出した。
それは以前明里達に見せた召喚石にとてもよく似ている物だったが、魔力らしき気配は何も感じず、クロムにはすぐにそれがレプリカであると分かった。
「奴等はどのように現れ、どうして現れたのかは全く解らない。だが、私はこれが何か鍵を握っていると思っている」
「召喚石が?」
「こいつは魔力で作られた物であり、もちろん魔力はこの地球上には存在していなかった。ならばこいつは誰かが持ち出したか造り出したか……と考えるのが妥当だろう」
クロムは一度腕を組んで頭の中を整理し始めた。
自分達のいた世界にも召喚石などというものは聞いたことが無く、ましてや見たこともない。そんな物が魔力すら無い世界に存在しているとなれば、それこそ奇妙な事象としか思えなかった。
「……誰が、作った、みたいな、見当は、ついてるの?」
「いいや全く。手掛かりが少なすぎてお手上げ状態だな。だがこれがあるだけでも大きな収穫だから、あとは決定的な情報があれば……といったところか」
「なるほど……」
クロムは自身の記憶の中から何か手掛かりになりそうな情報は無いかと考え込む。
しかし、必死に考え込んでもそれに当てはまりそうな情報は無く、同じようにお手上げ状態となった。
「さて、私の話はこれで終わりだ。もっと詳しく聞きたいならばまだ話せるが……聞くか?」
「……ううん、今は、いい」
「そうか。それじゃ私はそろそろ作業に戻るぞ」
クランは視線や身体の動きをクラリスへと集中させ、再び改良作業へと戻っていった。
興奮しつつぶつぶつと呟きながら作業していた時とは違い、今度は黙々と目の前の行程をこなしていた。
と、思ったのも束の間、クランはもう一度クロムの方へと身体ごと向きを変える。
「これだけ話したんだから、クロムくんにも一つ質問に答えてもらってもいいかな?」
等価交換と言わんばかりに、クロムへ情報交換を要求する。
クロムは、こちらの世界の仕組みや魔法など、何を聞かれるのかと思いながらも、自分が聞きたかった事を教えてくれた恩もあり、抵抗無くあっさりと了承する。
「うん、いいけど」
「よし、クロムくんがこちらの世界に来たときの事についてだが……そっちの世界からこっちに送られた時はどんな感じだった?」
「え? えっと……」
予想よりもあっさりとした簡単な質問に拍子抜けしながらも、クロムはその当時のことを鮮明に思い出そうとする。
しかし、クロムの中ではいつの間にか自分のいる場所が移り変わっていた記憶しかなく、それ以上のことは何も思い出せなかった。
「うーん、どんな、感じと、言われても、いつの間にか、こっちに、来てた、としか……」
「……そうか、なるほど。ありがとうクロムくん」
回答から何か考察をしようとしているような仕草を見せた後、結論を導き出し終えたのか、軽くお礼を言って今度こそ作業へと戻った。
「……なんの、質問、だったん、だろう?」
疑問の解消と同じくして、さらに別の深まった謎がクロムの中に生まれた。
クロム側に新たなハテナマークを浮かばせたまま、二人は再び話を始める前の状態に戻り、そのまま外へと向かった三人が帰ってくるまで調整室の中で、鳴り響く金属音と電子音と共に時間を過ごしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます