第11話
かつては無数の人々が行き交い、ショッピングや娯楽、流行が巡っていた駅ビルの中も、今では商品棚が破壊され尽くし、割れたガラスやモニターが散乱し、商品が無惨な姿で残るレイアウトの面影も無い荒れ果てた地となっていた。
そんな土地へと入り込んだ二人は、ゆっくりと注意深く周囲を確認しながら、謎の少女を見つけるために探索をしていく。
「事件の後から初めて入ったけど、酷い荒れ模様ですね……」
「ああ、私はここに来たことはないが、以前はたくさん人がいたんだろうということは理解できる」
「モンスターが潜んでたりするかもしれないから、早いところ見つけないと……」
停止したエスカレーターから階上へ上がって行き、左右二手に分かれた通路を確認しつつ再び歩き出す。
二人はまず、左側の通路から先に捜索へ向かった。
「見つからないなあ……確かに入って行くのは見えたのに 」
「意外と素早いのかもしれないな……ん?」
エスカレーターから十数歩歩いたところで、クラリスは来た道を振り返る。するとそこには、つい数分前に見た少女の特徴と完全に一致する人物が、下の階へ降りようとしていた。
「明里殿! さっきの少女です!」
「えっ?」
「…………!?」
クラリスの呼び掛けによって、気づかれたことを察知した少女は、青ざめたように怯えた表情で足早にエスカレーターを降りて行く。その後を二人が走って追いかける。
少女は追い付かれないように、壊れて半開きの状態で停止した無数の自動ドアの隙間を通って、時間を稼ぎつつ距離を離していく。
「鎧が引っ掛かって通れないな……こじ開けるしかない」
「じゃあ私は外から回り込んできます」
ドアからの追跡はクラリスに任せ、明里は外から大きく回り込んで挟み撃ちにする作戦に出た。
「このっ……程度の……扉などっ!」
自動ドアの隙間に両手を入れ、クラリスはフルパワーで無理矢理こじ開けた。以前よりも出力が上がり、パワーが必要な行動も以前より容易に行えるようになったことによる恩恵である。
背後から聞こえる破壊音に、後方をチラ見して驚く少女。しかし、このままなら逃げ切れると信じて、そのまま止まらず走り続けている。
しかし今度は、正面から短いスカートのリュックサックを背負った少女が、両手を大きく広げて立ち塞がった。
「待って! どうか少し話を聞いて! 私達攻撃なんてする気もないよ!」
説得するように少女に言葉をぶつけるが、当の少女の表情からは警戒心が解けている様子は見られない。むしろ、さらに冷静さを欠き、絶体絶命の状況に追い詰められてしまったんだと、覚悟をきめたような表情にも思えた。
すると、少女は右腕を明里へ突きだし、左手で右腕の二の腕部分を掴む。
「どうか落ち着いて! 私達は敵じゃないよ!」
「明里殿危ない!」
全ての自動ドアをこじ開けたクラリスが、少女の後方から声のボリュームを上げて叫ぶ。直後、少女の右腕が明里めがけて弾丸のように放たれた。
放たれた腕は明里の頬を掠め、そのまま地面に落ちた。
「貴様、モンスターか」
「待ってクラリスさん! その子に攻撃しないで!」
「……明里殿?」
明里のその一声に、クラリスは剣の柄に当てた手を下ろす。少女は小さく小さく後退りする。後ろ姿からは表情は確認できないが、怯えて震えていることはクラリスからでも確認できた。
よく見ると、少女のワンピースの下から断続的に石ころや細かい砂のようなものがこぼれ落ちているのが見受けられる。
少女は膝をつき、糸が切れたように腕をぶら下げて抵抗をやめる。それを見逃さずに、明里は少女の元に駆け寄って、肩を優しく掴んで話しかけた。
「安心して、私達は味方だから。だから顔を上げて」
明里の優しくなだめるような声色と、敵意の感じない両手の感触に、ようやく警戒心を解いたのか少女は顔を上げて明里の顔と向かい合う。
少女の顔はところどころにひびが入り、そこからぽろぽろと土や石の欠片が落ちていった。今にも泣き出しそうな表情で、少女は明里の胸に飛び込む。
「明里殿、その子は」
「多分、クラリスさんも言ったとおりモンスターの一種か何かだと思う。でも、たぶん悪い子じゃないと思うの。だから……ね?」
「……わかった」
クラリスは少女の目線に合わせるように膝をつき、その後ろで待機する。明里の胸でしばらく泣きつくうちに落ち着いたのか、顔を離して自分から口を開いた。
「あたし、あなた、信用、する。ありがとう」
どこか単語をぶつ切りにしているような特徴的なしゃべり方だが、何を喋っているのかははっきりと聞き取れる。言葉を喋るモンスターに初めて出会った明里は、内心驚いていた。
「ううん、これくらい当たり前だよ。もしよければ、名前を教えてもらっても大丈夫?」
「……うん。あたし、クロム。あたし、種族、ゴーレム」
「ゴーレムだと……? 私が知っているゴーレムとは姿形がまるで違うようだが」
クラリスの記憶の中には、まさしく土人形という言葉が似合う武骨な人型の土塊や、意思を持った鉱物の怪物という典型的なゴーレム像が記録されていた。しかし目の前にいるのは、それとは180度正反対の透明感すら感じさせる儚げな雰囲気の少女である。
その成りからのゴーレムだというギャップに、クラリスは戸惑いの表情を隠せなかった。
「姿、形、変えられる。あたし、この姿、大好き。……お姉ちゃん、あたし、同じ、仲間?」
クロムは質問と共に、クラリスへ全身を舐め回すようなじっくりとした熱い視線を送る。
不快感な無かったものの、それに対してクラリスはどこか恥ずかしさに近い物を感じ、ほんのりと頬を赤くした。
「お姉ちゃん、女騎士、典型的……薄い本?」
おおよそゴーレムの少女から出てくるとは思えなかった予想外の単語に、思わず口を押さえて後ろを向く明里。対照的にクラリスは、単語の意味がわからず首を傾げる。
「どういう意味だ? 一体この子は何を言っているんだ?」
「深い、意味、無い……多分」
「多分!?」
「ふふふ」
他愛のない会話によって、少しずつ固かった雰囲気が溶け始める。遭遇した当初の緊迫した空気は、もう既にかき消えていた。
会話を交わしてある程度打ち解けたところで、明里は再びクロムの現在の状態に目が移る。
楽しそうに話してはいるが、下手すれば一気に崩れてしまいそうな表面のヒビ、ぽろぽろと零れる表面、右腕を飛ばしたことによる痛々しさが目立つ欠損具合。もう少し話してみたいと思ってはいるが、このままではそれどころではなくなってしまうかもしれない。そう思った明里は、クランの研究所に戻ればなんとかなるかもしれない、なんとかしてくれるかもしれない、そう考えて、クロムの左手を優しく握った。
「ねえクロムちゃん、もしよかったら私達に着いてこない……?」
「一緒に? どこへ?」
明里は左手を持って駅ビルの中から離れようと立ち上がる。クロムはそれに抵抗するように僅かに明里の手を引っ張り、困惑とまだ残る拒絶の意志を表す。
「今私達が暮らしてるところ……って言ったらいいのかな。とにかく、そこなら今よりはずっと安全だよ」
「…………本当?」
「本当。そうじゃなかったら、弱い私なんかもう死んじゃってるよ」
優しく包むような力加減で、明里は引っ張られた手を握り返し、怖がらせないように笑顔を向けた。
その甲斐あってか、他愛ない会話の時でもどこか引きつっていたクロムの表情が、ようやく解れて力が抜けたように柔らかくなった。
「……わかった、ついていく」
この人なら信用できる。確証は無くとも心でそう感じ取った。クロムは明里と共に移動することを決意し、立ち上がって歩き出そうとした。
しかしその束の間、クロムが足のバランスを崩して明里を巻き込み倒れ込んだ。見た目以上の重さに、明里は動くことが出来ない。
その重さに、胸の打撲した箇所がじんじんと痛み始める。
「大丈夫ですか明里殿!? こ、これは……」
倒れた二人に駆け寄るクラリス。クラリスの目に入り込んだのは、右足首から下が崩れて大きな石塊となり、歩くことすらままならなくなったクロムの姿だった。
「この状態ではとても歩けないのでは……」
「お、お腹、すいた……。何か、食べたい」
「……ゴーレムが食事を行うのか?」
「ゴーレム、食事、から、力、蓄える。最近、何も、食べられ、なかった……」
必死に捻り出すような声で説明する。エネルギー不足によって身体の一部が崩れてからは、クロムの表情はとても辛そうな苦悶の表情となっていた。
「ク……クラリスさん! 早くクロムちゃんを運んでください! 私じゃ持ち上げることは……く、くるし……」
「りょ、了解した。私がクロム殿を背負って行こう」
身体の一部が欠けて軽くなった状態でも、明里の力ではどうすることもできない。そうなると、必然的にこの場で移動能力を失ったクロムを手助け出来るのは、クラリスただ一人である。
にじりにじりと、万力に挟まった物体を無理矢理ずらすように、明里は少しずつ身体を動かして、クラリスに任せられるようになんとかクロムの下から離れることができた。
クラリスが背負う準備を行っている間に、重石から解放された明里は、射出されたままの右手と崩れた右足首をかき集めて、リュックサックの中に入れたビニール袋へと移した。
そして、クロムを背負い立ち上がったクラリスは、明里と共に急いで研究所へと走り出した。
三人が駅ビルを離れて間もなく、二体のゴブリンが首輪を持って駅ビルの中へとやってくる。
何かを捜しているのか、つい十数分前にいた二人と同じように建物内を探し回る。一通り探索し、収穫がないと判断したゴブリンは、舌打ちや地団駄で明らかな苛立ちを表しながらその場を去って行った。
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