第5話

話をするにつれて、徐々に今自分の置かれている現状が分かってきた。


私は延暦寺のある山中で倒れていたのを保護されて、今はその宿坊でお世話になっているということ。

そう言えば、目が醒める前に一人で叡山電鉄に乗って延暦寺へと向かっていた気もする。


もしかしたらこれは全部夢で、私の本体は父のスキャンダルが発覚した後のホテルで眠っているのかもしれないが。



「助けてくださり、ありがとうございます」


私は心底丁寧にお礼を述べると、青年は首を振った。



「君を介抱したのは、私の友人なんだよ」



そう言って、後ろを振り返る青年。

私も釣られて視線を縁側へと移す。


月明かりに照らされて少年が立っていた。

顔を見ると、何処かで見たことのある顔立ち。


「アンタ、気がついたんだな」


どうやら、私を助けてくれたのは彼らしい。


私は謝礼を述べて一礼した。


しかしその少年は、私を一瞥すると横にいた青年にガンを飛ばす。




「業平、ここで俺を見たことは他言すんなよ」



「どうしても帰りたくないのかい?」


それの言葉に異常に反応する少年。

そうこうしているうちに横で討論が始まった。


「俺は閉鎖的な貴族の社会が嫌だから、都を出たいんだよ!」



とその時、少年と目が合った。

彼は、何か試すように私の顔を一通り見回した後、閃いたように顔を喜ばせる。



「業平、こいつ俺と似てないか?」


そう聞いて、業平と呼ばれた青年も私の顔をまじまじと覗き込む。



「雰囲気は違うけど、顔の特徴はどこも似通っているね」


確かにと頷く青年。


縁側に立っていた少年は私の側へと駆け寄って来た。

そして、顔を近づけてこう尋ねた。


「お前、文字は読めるか?」


平安の文字と言われて、まず出て来たのは漢文体。


これでも一応、東京の進学校には通っている。

漢文は得意。古典もそれなりに単語や文法を覚えている。


だけど、直ぐには頷けないわだかまりが一点ある。

この時代の文体を、現代人が読めるとは思えなかった。



でも根本は英語の筆記体と同じ。

多分、原理を掴んで何度も反復すれば読めるようになる…かもしれない。



「少しなら」


不安に苛まれながらも頷く。


それが嬉しかったのか、少年は私の両肩をガシッと強く握った。

そして、口元を横に大きく開け、にやける。


それはまるで、子どもが大仕掛けな悪戯を思いついた時のような顔。


「アンタは今日から、紀 梅花(きの うめか)だ」



私の中で一瞬時が止まる。

しかし私以上にその言葉に驚いたのは、自身を少年の友人と言った、業平だった。

どうやら呆気に取られて開いた口が塞がらなかったらしい。



「俺の代わりに、それを演じてくれ」



少年の言葉が信じられない私とは裏腹に、彼の目の中には愉快な顔をした私が映っていた。

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