第4話 魔王さまのご到着
「ほら、もうすぐ到着するよ。早く起きて」
運転手の声で、ストラは眼を覚ました。
そして、すぐに反省する。
いくら心地良い揺れが続いたとはいえ、知らぬ間に眠ってしまうとは何たる事か。
警戒心がなさ過ぎると、己を戒めた。
最も、ストラの肩に寄りかかり、警戒心の欠片も無い寝姿よりはだいぶマシだったが。
「おい、到着したぞ」
肩を掴み、ぐらぐらと揺らす。
フードの女は大きな欠伸を噛み締め、甘えるように言う。
「はーい、父さん……。やっぱり父さんの肩は寝心地が――へッ!? ふぇ!? な、なんでアンタが近くに居るのよ!?」
フードの女は飛び跳ねるように起き上がり、いきなり剣を抜いてストラに突き付けてきた。
「さ、さ、さては寝込みを襲おうとしたわね、このヘンタイ!」
「待て待て、誤解だ。貴様が――」
「ご、五回!? 五回も変な事をしたっていうの!?」
フードの女は、怒りのあまり剣をカタカタと振るわせ始める。
聞く耳を持たないとは、まさにこの事か。
「一回一斬! 五回だから五回斬る!」
メチャクチャな事を口走りながら、剣を振り上げる。
「はい、到着ー」
間延びした声と共に、荷馬車がピタッと止まった。
「うわっ!? わわわっ!?」
体勢を崩し、フードの女はそのままワラの中に突っ込んでいった。
スカートの下にスパッツを履いていたお陰で、あられもない姿は避けられたようだが、みっともない格好である事には間違いない。
また襲いかかってこられても面倒なので、ストラは放っておくことにした。
「ほら、あそこだよ。あれが、君たちがこれから三年間通う学校さ」
運転手が指す方向に眼を向けると、かなり大きい石造りの建物が見えた。
夕陽が半分以上沈んだ所為でハッキリと見えないが、時計塔やドーム状の建造物があるようだ。
他にも、民家のように連なった細長い建物も確認出来た。
「あれが学校か。ふむ……守りは薄そうだな」
ストラの第一印象はそれだった。
「先生! ほら、先生ー!」
運転手が叫んだ。
石の上でうつらうつらとしていた女性が、ビクッと眼を覚まし、慌てた様子でパタパタと走ってくる。
「よ、ようこそ。貴方たちが最後の新入生ね。私はパティー=メント。この学校の先生よ」
パティー先生は息を整え、背筋を伸ばして自己紹介した。
髪は三つ編みでまとめており、少し垂れ下がった目の所為か、優しいお姉さんという印象が強い。
似ている。ストラはそう感じた。
メガネといい、豊満な乳といい、アマルスィと共通する部分が多い。
この先生も、サキュバスとミノタウロスの血が混じっているのだろうか。
パティー先生は書類を取り出し、指さし確認する。
「えーと、これから本人確認をします。アルクワートさんはどちらかしら?」
ストラの方に目を向けてきたので、そのまま受け流すように荷馬車の方を見る。
フードの女は、まだ埋まっていた。
「ぐむぐむ……プハッ! はいはい、アタシがアルクワートです!」
身体中にワラがひっついたまま、フードの女は勢いよく手を上げて返事をした。
「ぐえぇぇぇー……かゆかゆ」
ワラを払いながら、先生の前に立つ。
それでも、フードは被ったままだ。
「……悪いけど、フードを取ってもらえるかしら?」
「うぅー……。そ、そうですよねー。アイツにだけは顔を見せたくなかったけど……」
グチグチと言いながら、フードの女――アルクワートはようやくその顔を見せた。
肩甲骨まで伸びた金色の髪が夕日に照らされ、まるで麦畑のように風に揺らいでいた。
髪飾りを取り出し、ポニーテールにして髪をまとめる。
恐らく、それが本来の髪型なのだろう。
少しつり上がった目は、パティー先生とは逆で取っ付き難さを感じさせた。
同時に、先生には無い力強さのようなものがある。
――それにしても。
アルクワートには、エルフの特徴も、ワーウルフの特徴も見当たらない。
パティー先生にしてもそうだ。
――もしやこの学校は、完璧に人間を真似ることが出来る、高位種ばかり集まる場所なのか? そうだとすれば……。
ストラは笑う。こうでなくては面白くない、と。
「アルクワートです。三年間ヨロシクお願いしますね、パティー先生」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
パティー先生はニッコリと笑い、「宜しくね」と言って同じように頭を下げた。
横暴なのか礼儀正しいのか、判断に困る性格のようだ。
パティー先生は書類をめくり、最後の一人――ストラに目を向ける。
「貴方が最後の新入生ね、おめでとう。……あら? 名前が空白? ……ああ、そういう事ね。貴方は、『特別』なのね」
書類を見つめたまま、パティー先生はどこか寂しげな顔をした。
特別。恐らく魔王の息子という特別と、歴代最弱な息子という特別が、こちらに伝わっているのだろう。
何となく察したのか、アルクワートの眼差しには哀れみが混じっていた。
「いろいろと辛い目に遭ってきたと思うけど、この学校では貴方を暖かく迎え入れるわ」
そう言ってパティー先生は優しく微笑みかけてくれた。
言葉や上辺だけではない温かさを、ストラは感じていた。
「はい、ありがとうございます」
最も、ストラは自分の境遇を呪ったことはないが。
「大丈夫、もう何の心配も要らないわ。……あ、そうだわ。もう聞いていると思うけど、お金の事は安心してね。奨学金と言って、アナタが働けるようになったら、少しずつお金を返してくれれば大丈夫だから」
「……ふぅむ?」
ストラは首を傾げる。
アマルスィから、既に学費は払ったと聞いていたからだ。
――いや、恐らくは父上が止めたのだろう。
自分の事は自分で稼げ。
厳しい父上ならきっとそうするだろう、とストラは納得した。
「文字の読み書きが出来ない人なんて、結構多いものなのよ。だから、卑屈にならず、放課後にみんなで勉強をしましょう。ね?」
ストラは更に首を傾げる。
確かに不出来な息子ではあるが、一通りの読み書きは出来る。
それとも、そこまで出来損ないだと伝えられているのだろうか。さすがに心外だった。
「先生が書くから、お名前を言ってもらえるかしら?」
「ストラです。ストラ=ティーゴ」
フルネームを伝えると、今度はパティー先生が首を傾げてしまった。
「……あら? 書類には、女の子って書いてあるわね……。線が細いから、見間違えちゃったのかしら?」
反論出来なかった。
ストラは、そこに居るアルクワートよりも細いのだから。
大した問題ではない筈なのに、パティー先生は腕を組んで唸っていた。
「私が男で、何か問題でも?」
「うーん、それが大問題なのよ。部屋割り、もう全部決めちゃってね……。丁度遅れてきた、貴方たち二人で」
その意味を理解するのに、数秒かかった。
「えええぇぇぇーーーー!? コイツと、部屋が一緒なのーーー!?」
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