思い、想い、念い ※微腐要素有り

「杣谷くん、四つん這いで三村くんの顔の横に手を付いてください」

「こ、こう…?」

「最高です!」


とある放課後、天野さんは様々な角度から二人の写真を撮っている。それはもう隅々まで、遠ざかったり近づいたり、二人の表情まで何枚もの写真を携帯の中におさめていく。そしてそれを黙って見ている俺。何故こんな事をしているのか。

以前漫画を描く際に絶大な尽力を尽くしてくれた漫画研究部の天野さん。その時に“二つの頼み事”をお願いされた。一つは杣谷くんにみんなで教えを請うた勉強会、そしてもう一つは“漫画のポーズの被写体になってほしい”というものだった。彼女が描く漫画、ぱっと聞いて恋愛ものなどもあると思い男女の被写体ではないけれどいいのかと聞けば


「構いません、寧ろが有難いです」


俺はどういう意味かいまいち理解出来なかったが、彼女がいいと言うのなら大丈夫なのだろう。確かにはたから見ていても杣谷くんと三村くんの様子はすごく絵になる。何だかイケナイものを見ている気分だ。


「うーん、まあこんなもんですかね。では次です! 中原くんは三村くんを後ろから羽交い締めにしてください。で、そのまま座って三村くんは片膝立てて、杣谷くんは三村くんの膝と太腿に手を掛けて迫ってください」

「せっ迫る!?」

「そうです! それで、出来れば顔を極限まで近づけていただけると助かるのですが…」

「このくらい?」

「最高です!」


先程まではイケナイものを見ていただけなのに、当事者になってしまった。三村くんを押さえている俺のすぐ横には彼の顔があり、その彼に杣谷くんが顔を近づけている。頭を少しこつん、と押せば唇が重なるのではなかろうか。そんな好奇心はあったものの、さすがによくないと謎の自制が働き留まった。


「太一、意外とノリノリだな」

「そうだね。少し楽しくなってきたかな。董哉の顔をこんなに近くで見たことなかったし」

「ばっ、何言ってんだよお前」

「あはは、董哉困ってる。面白いね」


天野さんが何故かさっきから微動だにしない。かと思えば、二人の会話に一区切りがつくとまたシャッター音が聞こえ始めた。今の間は何だったんだろう。彼女は先程と同様に様々な角度で写真を撮り始めた。それはもう楽しそうだ。彼女の今後の創作に役立てているのだと思うと俺も嬉しかった。

その後も二人や三人での写真や三村くん・杣谷くんのソロ写真を撮っていたり、次第に表情などの指定も入るなど熱を増していった。そしてついに、


「皆さんにご相談があります」

「おう、どうした」

「…全部とは言いません。ただ、本当に創作に必要だという点を踏まえて聞いていただけませんか」

「うん、言ってみて?」

「……脱いでいただけませんか」

「「ぬ…っ!?」」


ヌードの指示が入った。とはいえ、正確にはシャツやズボンが少しはだける程度だとは言うが、単体の写真ではなく先程までのような入り組んだポーズをした中での写真とのこと。楽しそうにしていた杣谷くんもさすがに困惑の色を見せる。しかし天野さんは至って真剣な表情で頼んでいる。決してふざけているわけじゃない。そして結局どうしたかと言うと。


「…僕は構わないよ」

「まあ、太一がそう言うなら。俺もいいぜ」

「ありがとうございます! …もし誰か入って来たら説明に困るので、中原くん、すみませんが入り口を見張っていただけないでしょうか」

「うん、分かった」

「あっ中原ずりっ!」

「あはは」


どうにか俺は脱ぐことを免れた。とは言っても、天野さん自身もあの言葉は彼ら二人に投げたものだろう。先程あれだけ絵になる被写体なのだから、どうせ脱がせた写真を撮るならあの二人の絡みの方が良い。俺もそこは空気を読めると自負している。そして俺は三人を空き教室に残して廊下へと出てドアにもたれ掛かってしゃがみ込んだ。本当は携帯を取りに教室か、または飲み物を買いに自動販売機へ行きたかったが空き教室とはいえ、いつ何時誰が来るか分からないから下手に動けない。見張りを頼まれた以上、仕事は全うしたい。あの死神が、そうだったように-


「……」


あの日から二週間が経ち、現在5月半ば。

もうすぐ中間テストのはずでは、という疑問は一度置いておいて。あれ以来死神はぱったり姿を見せることはなくなった。弁財天様の姿も見ていない。そうなるとあの日々は夢だったのではないかと思えてくるが、彼ら二人と出会い、そして漫画の作画をきっかけに天野さんとも出会ったのだから夢ではないことは明白である。何処でどうしているか、もう帰って来ないかとかたまに考えたりするくらいでそんなに気にはならなかった。

正直、死神がおらずとも日常的に困ることは何もない。弁財天様の言った通りだった。奇妙な縁ではあったものの、これが俺の日常なんだ。


「中原くん、どうしたの?」

「あ、上山かみやまさん」

「みんなでなっちゃんの被写体やってたんじゃなかったの?」

「俺は見張り番」

「見張り?」


上山さんはドアを少し開いて中を覗いた。そんな彼女を下から見上げていたら、彼女はすぐに扉を閉めた。そして俺の隣に腰掛ける。


「…よく二人、あのポーズと恰好許したね」

「そんなに?」

「現場を目撃してしまったような、秘密の花園みたいな空間だった」

「よく分かんないけど凄そうだね」


教室から時々「おまっ、待てって…」とか「少し動くよ…」とかって声が聞こえてくるが、一体中で何が行われているかなんて全く想像出来ない。ただ、たまに普段の声より上ずった声になるのが少し気になる。天野さんが描いている漫画は少女漫画だと思っていたが、もしかしてただの少女漫画ではないのだろうか。俺は隣に座る上山さんに天野さんの漫画について尋ねてみた。


「うーん、恋愛漫画だし女性向けではあるけど…中原くん、BLって分かる?」

「びーえる?」

「ボーイズ・ラブの事だよ。男性同士の恋愛を描いた作品の事をそう呼ぶんだ」

「ああ、だから被写体が男同士の方が良かったんだね。それなら納得」


初めて聞いたジャンルだった。恋愛漫画と言えば勝手に男女だけと考えていたが今はそう言ったジャンルもあるんだな。と言うことは女性同士もあるのかな。その場合何て呼ぶんだろう? 男性同士でボーイズのBだから、女性同士だとガールズだからGか?GL?


「中原くん、すんなり納得出来るんだね」

「どういうこと?」

「いや、大体こういう話って男同士の恋愛なんて…って言う人が多いから」

「まあ、そう言う人の気持ちも分からなくはないけれど、人それぞれだしね。俺は別に、異性とか同性とか気にしなくていいと思うだけだよ」

「うん、そっか」


上山さんは少し微笑んで再びドアにもたれ掛かった。

彼女は上山かみやま はなさん。天野さんのクラスメイトで以前開かれた勉強会に参加した“もう一人の友達”だ。とは言え、天野さんは勉強会の間ずっと声にならない奇声を上げながら苦戦している中、上山さんはさほど杣谷くんに勉強を教わる様子はなかった。ただ、みんなの様子を楽しそうに見ていた印象がある。

この一ヶ月ちょっとでようやく彼ら以外のクラスの人と話すようになったけれど、未だに女子とは話す時少し緊張してしまう。なのに、上山さんと廊下に二人きり。今になってそれを意識してしまい、急に何を話せばいいか分からなくなった。


「そういえば中原くん、後遺症とかなくて良かったね」

「え?」

「入学式の二日後に3階から落ちたって。私びっくりしたよー、初めて見たから怖くって」

「見てたの!?」

「たまたまね。ごみ捨てに行く途中で悲鳴が聞こえたから見たら人が落ちてるし…でも、あの時途中で少し見えたんだよね」

「そ、そうなの?」

「壁に突起物もないから見間違いだったのかな?」

「さっさあ、俺は何も…」

「だよね。あっごめんね、こんな事思い出させて」

「いや、別に…」


多分上山さんが見たバウンド現象は見間違いではない。死神がぶつかった瞬間だ。けれど彼女にそんな事を説明できるはずもなく、ただ誤魔化すしかなかった。

改めて、あの瞬間死神と接触しなければ俺はそのまま死んでいたのかと思うと背筋が凍った。あの後無理やり仕事を手伝わされていたこともあり、思えばまともにお礼も言えていない。いやこれお礼を言う必要あるのか…? あの死神の口ぶりからすればわざとではなくただ偶然ぶつかっただけのようにも思える。


「嘘だろ、だめだって…!」


教室の中から三村くんの慌てた声が聞こえた。廊下にいた俺たちは何事かと思いドアを開けて中を覗くと。


「「えっ」」

「あ…」


寝転がった三村くんの顔の横に手をついて覆い被さる杣谷くん。二人の服装はシャツは脱いでいるしズボンのベルトが外れてチャックも下ろしていた。それらは後からついて来た情報で、一番最初に目に入ったのは杣谷くんの手首を握っている天野さん。その移動先は三村くんの股間の上に置かれようとしていた。


「なっ中原…」

「中原くん…」

「いやあの、なんか…ゴメン」

「お前謝んじゃねえなんか変な空気になんだろがっ!」


そうは言われても、知識しかない俺にだってどう見たってこの光景はだとしか思えない。天野さんがいなければ確実にR18指定だ。


「なっちゃん〜?」

「あああああ華ごめんって! いやあちょっとやり過ぎたね…」

?」

「…かなりやり過ぎました。ごめんなさい」

「二人が何でもやってくれるからってお願いし過ぎだから。節度は守って、ね?」

「はい。三村くんと杣谷くんもすみません」


こうして上山さんの一喝で資料撮影は終了した。天野さんは途中で止めてしまったとはいえ、かなり満足したようで先程から写真をずっと眺めている。少し携帯の画面が見えてしまったが、肌色だらけで何の写真かは全く分からない。服装を整えた二人は、三村くんは少し気まずそうにしていた。俺は“脱いで”と言われた時点でかなり恥ずかしかったんだ、二人であそこまで体張れただけ凄いと思う。とは言え恥ずかしさはなかなか簡単には消せず、彼はいつもの調子とはいかなかった。

教室に荷物を取りに戻ると俺たち以外の生徒は帰宅したり部活に行ったりしていた。なんとなく黒板の日付を見て、はっと思い出す。


「ねえ二人とも。これからちょっと時間あるかな?」

「大丈夫だけど、どこか寄るの?」

「うん。天野さんたちにも声掛けてこなきゃ。あれを渡したいんだ」

「あれって…ああ、そっか。本屋と花屋にも寄って行こうか」


鞄を持って隣のクラスへ行くと、彼女たちは談笑している所だった。


「天野さん、って完成してるかな?」

「ええもちろん! 彼女に褒められたのが嬉しくて、ついつい持ち歩いています」

「それ、今日渡しに行きたいんだけど…どうかな?」

「ああ! もちろん大丈夫です」

「ありがとう」


学校の最寄り駅から電車を一回乗り換え、そこから歩くこと数十分の場所。途中にあった本屋でグリム・ウォーズの最新巻、その場所の目の前にある花屋さんで仏花、それとコンビニでお線香も買って行った。


以前に死神と出会った、グリウォー好きのあの女性のお墓参りだ。


彼女の墓前へ行き、漫画と花、そして天野さんが最後まで描き上げてくれた俺たち作のグリウォーの最終回原稿を供えた。彼女と出会った時にはすでに何日か経っていたのだろう、なのに俺の我が儘でさらに一週間現世にいたんだ。何の支障もなく安らかに眠れているだろうか。お線香も供えて、みんなで手を合わせる。


「私、彼女に褒められたことが、本当にすごく嬉しかったんです。漫画を描いている途中でネタに詰まったり軽いスランプ状態になってしまうことがあったんですが、それでも彼女の言葉を思い出して頑張ろうと思えるんです」

「僕も、佳作で賞を獲ったとはいえ、誰かに直接褒められたことがあったわけじゃなかった。けれど彼女の言葉は、なんていうか、真っ直ぐ来た。すごく嬉しかったです」


彼らは彼女の言葉を覚えていても、姿や声は知らない。俺はたまたま彼女の姿も声も視えていたけれど、亡くなった後だった。残念なことだとは思う。けれどもし彼女がまだこの世に生があったのなら、俺たちは出会うことはなかったかもしれない。彼女が死んだから良いということは全くない。出来れば生きているうちに出会って、そして色々な話を聞いてみたかった。もっとたくさん、話がしてみたかった。だからこそ、また生まれ変わったらぜひとも会いたい。そんな風に思った。


一通り終えて早々に帰宅した。三村くんと杣谷くん、天野さんと上山さん、そして俺は一人でそれぞれ帰路へ着く。三村くんは学校にいた時よりは元気になっていたけれど、杣谷くんと二人となるとどこか気恥ずかしそうだった。いつもの調子に戻れるといいけど、多分大丈夫だろう。



家に着いてご飯を食べ、テストに備えて勉強をする。学生の本分は勉強だなんてごもっともなことを言われても腹が立つが、散々な結果で留年なんてことにならないようにそこはしっかりこなさなければ。

部屋で勉強していると、母が入って来た。


「春久、今月末の日曜日なんだけど…」

「大丈夫。ちゃんと空けてあるから」

「でもあんた、友達と予定あったりとか」

「はは、残念ながら」


母よ、悲しい事実を本人の口から言わせないでくれ。それにみんな知らないし、伝えてもいない。


「母さんは、春久の誕生日の方が優先だからね。だからその日は誕生祝いだけして、あれは土曜日に母さん仕事休んで…」

「本当に大丈夫だって。大体そうやって毎年その日休み取ってるじゃん。今年は日曜だし休む必要もないんだから行こうって」

「そう…分かったわ」

「母さんの気持ちも嬉しいけど、父さんの事なんだから」

「うん。ごめんね、勉強の邪魔して。赤点取ったらはっ倒すからね」

「話の流れと雰囲気が急カーブしてんじゃねえか」


母は冗談じゃないからね、と言い残して部屋のドアを閉めて出て行った。毎年この時期になると同じことを聞いてくるが、自分の旦那のことなんだから少しはそっちも優先してやれとは思うが、母の気持ちも嬉しく思う。



俺の誕生日は、父さんの命日だ。





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