第29話 人殺し
「ねえ、サフィアっていう男を知らない?」
「サフィア? 知らんなぁ。お前は知ってるか?」
「オレも知らん知らん」
「そう……、ありがとうございました」
わたしは深い溜息をつく。二年前からずっとこうだ。全く人探しは進展してない。もちろんシャーク海賊団のみんなにも、乗り込んだ日に聞いて回った。そこでも知っている人は誰もいなかった。
もう嫌になる。最初はもう少し必死に探していたけど、あまりにも見つからなすぎて探すのもなあなあになってきてしまった。
とぼとぼと下を向きながら歩いていたら、自分の足が目に入った。
──足。
こんな足、欲しくなんてなかった。神様ってやっぱり、わたしたちのことをちゃんと見ていたのね。
わたしの呪いを解く──つまり人間の足を人魚の下半身に戻すためには、サフィアという名の男を殺さなきゃいけない。でも、一向に見つからなかった。顔も知っているけど、そんな顔もあれから見たことない。
どこに行ったんだろう。探してないところと言えば──。
わたしは立ち寄った冒険者ギルドを後にした。
冒険者として、わたしも一応ギルドに登録してある。登録しておけば、常設クエストの魔物退治なんかの報酬がもらえる。表向きの身分の保証としてもバッチリだ
(ちなみに
わたしは下から二番目の
(そういえば冒険者については話していなかったわね。冒険者はエルフと人間、
冒険者は、掲示板に書いてある「クエスト」っていう"お願い"を聞くの。魔物の退治とか、護衛の任務とかそういうの? それを達成していくと、ギルド証にポイントが貯まっていくのよ。そのポイントや実力に応じて、級位が上がっていく。級位は、F級からSSS級まであるわ。→(*1)
わたしがもしまともにクエストを受けていたら、きっとC級には来れたはずよ。頑張ればB級にも……! ジウ、ロミューはB級、
逆に一般的な海賊は、大体E級くらいでしょうね。海賊って魔法が使えない人が多いのよ。剣術に特化してるかっていうとそれほどでもないしね。そもそもDやC級に上がれるなら、海賊になってないんじゃないかな。
アイロスさんはA級冒険者でしょうね。わたしは知らない名前だったけど、エルフのノアに頼られるくらいだから。人間でA級は本当に
わたしの見立てだと、ラムズはS級もしくはSS級にはいるんじゃないかな。エルフのノアは、もちろんS級かSS級ね)。
冒険者ギルド、1年に一度更新に行って年会費を払うってのは面倒だけど、海賊の身分じゃさすがに国には入れないもの。冒険者であれば入国税もかからなくなるしね。
わたしは少し道を歩いて、次は海賊ギルドの建物に入った。
建物の中は意外と広くて、右側に掲示板がある。掲示板には、魔道具の専用のペンで少し書き込みがしてある。団の船長なんかが、船員の募集をここに書くことがあるのだ。
左は丸い机と椅子が乱雑に並べてあって、そこで海賊たちが談笑している。受付は一つしかなく、これは冒険者ギルドよりも少ない。今は受付の係の人もいないみたいだ。
わたしは海賊ギルドにも登録してある。海賊ギルドはトルティガーにしかなくて、登録をすればこの街に入る権利が得られる。初めて街に来た者は、まず砦の入口の石像で、船長と一緒に海賊として登録をする。そのあとこのギルドに来て、正式な海賊の身分を貰うってわけ。
海賊ギルドの役割なんてこれしかない。だから入会金も安いし、年会費なんてない。最初に海賊として登録できればそれで終わり。
逆に言えば、海賊じゃなくても船長の許可さえあれば誰でも登録できる。アイロスさんもきっと本当の海賊ではないんだろうな。もちろんノアもね。
机の上に足をかけ、下品な笑い声を上げている海賊がいる。二人で何やらエールを飲んでいるよう。わたしは彼らに声をかけた。
「ねえ、サフィアって男知らない? 金色の髪の毛の……」
「あぁー? お前知ってるか?」
「いや? なぁけどよ」
そう言って男は、隣の男にコソコソと耳打ちをした。
何だか知らないみたいだし、もういっか。わたしはありがとうとだけ伝えて、海賊ギルドを出た。
そういえばロミューたちもまだ見つかっていない。海賊ギルドにもいなかったし、どこかの居酒屋で飲んでるんだろうか。
わたしは辺りをキョロキョロと見渡しながら、海賊ギルドを通り過ぎた。その時、身体にまとわりつくような、粘っこい感じの声が聞こえた。
「おいお嬢ちゃん。ちょっと道に迷っちまったんだが」
「え?」
「あっちって何があるんだ?」
「どっち?」
わたしは男に指さされた方に少し歩いた。すると突然背中を叩かれて、狭い路地に身体を押し込まれた。
「ちょっと! なに?」
「お嬢ちゃん人魚なんだって? 足が付いてるのによぉ」
──ガーネット号に乗っていた人間がバラしたんだ。
いつの間にかわたしに迫る男は四人になっている。そのうち二人は、わたしがさっき海賊ギルドで声をかけた奴だ。あの時小声で話していたの、
わたしは無言で大量の水を出した。男たちは一瞬慌てて水に流されていくけど、そのうち一人がわたしの腕を掴む。
「やってくれんじゃねえか」
わたしは彼の顔に向かって氷の
でも残りの3人は体勢を持ち直して、わたしの方に向かってくる。一人の人間が叫んだ。
「【風よ、縛れ ──
──まずい。
人間の魔法で、身体が風に封じられる。周りを強い風が取り囲み、全く動けなくなった。耳元でビュンビュン風が鳴っている。
わたしは無詠唱で呪縛魔法を解いていく。でも他の男がわたしに切りかかってきた。
解けた!
間一髪でカトラスとカトラスがぶつかり合う。
「おい! 人魚は雷魔法だ!」
「【電撃よ、流れよ ──
黄色い電撃が、泳ぐように空気を伝ってこちらに迫る。わたしは身を
「痛い!」
わたしは足をくじいたみたいで、がくんと膝が折れた。左足でなんとか立ち上がって、カトラスで応戦していた男の胸を刺す。そいつも倒れた。
「やってくれるな! もう一回やれ!」
「あぁ、【
今度は
「おい、よくも仲間を殺したな。もう一度だ!」
「【
睨むわたしに怖がったのか、片方がまた電撃魔法を使う。人間だから威力はかなり低いけど、電撃ってだけで人魚は痛い。
「なんで人魚様が人間の足なんて付けてるんだ? ええ? でもそれなら、犯すこともできるってこったなあ」
「人魚の強姦なんて初めてでっせ」
「まだ戦うのか? 元気な人魚だな。陸の上なのに!」
「ギャハハハ」
片方の男がわたしに向かって剣を突き出した。それをカトラスで弾くと、わたしは闇属性の魔法で彼の腕を縛った。その男の横を抜けて、後ろにいた男にも同じ魔法をかける。足と腕に魔法がかかり、男は地面にすっ転んだ。
でもいつ魔法を解かれるか分からない。わたしは脚を引きずりながら、表の道まで出た。でも、ここで助けを呼んでも何の意味もない。
──だってここにいるのは、みんなわたしの敵なんだから。
「人魚が! 人魚が逃げた!」
転んだ男が叫んだ。案の定、それを聞いた街の人たちが、わたしを不審そうな目で見つめ始める。
「メアリ!」
わたしの腕を誰かがぎゅっと掴んだ。振り返るとジウがいた。わたしが足を怪我していることに気付いて、さっとわたしの身体を背に
「レオン、行くよ!」
レオンも隣にいたらしく、彼もなんとか頷く。彼はこの異様な光景に右往左往していたようだった。
少し走り始めたところで、さっきの男たちが魔法を解いて追いかけてきた。ジウはわたしをその場で下ろす。
「すぐ終わる」
ジウは男の方に身体を向けると、勢い良く飛び上がって
(距離はもちろんかなり離れているわ)
片方の男を押し倒し、馬乗りになった。その男の顔を手刀で一発お見舞すると、彼の目玉や顔が潰れて、一瞬にして死んだ。
もう一人の男は魔法を繰り出そうと手を掲げていたが、ジウは飛び上がってそれを足で蹴り飛ばす。そして首をぐるりと回して彼のことも殺した。
ジウは駆けて戻ってくる。
「大丈夫だった?」
「ありがとう。あの、ごめんなさい」
助けられたのは三回目だ。最初に無人島で宝石の魔物に襲われそうになった時、ラムズの魔法で倒れた時、そして今。
ジウはなんだか、身内には優しい性格、って感じがする。まぁいざとなったら容赦はなさそうだけど。
「いいよ。あとでノアに治してもらおう」
ジウはそう言って、わたしのことをまた担ごうとした。
「な、なあ……」
隣で立っていたレオンが、震える声でわたしたちに声をかけた。彼のいつもの明るい表情は消えて、わたしやジウ──もしかしたらさっきの男にも、怯えているように見えた。
「……なんで殺したんだ?」
ありえない問いに、わたしはレオンを二度見した。常識が欠如してるってラムズたちが言ってたけど、そっか。神様のことを知らないだけじゃなくて、そんなところまで分からないんだ。
ジウが呆れた声で、レオンに返事をした。
「じゃあ逆に、どうすればよかったの?」
「どうするって、そりゃ、警察とかに……」
「ケイサツってなに?」
「その、だから、国の護衛兵とか、いるだろ? 法で裁いて、あとは、そういう取り締まる人たち、とか……」
「そんなのトルティガーにいないよ。ここには法律もない。問題解決は自分たちでする。それにいてもさ、誰に引き渡すの?
ジウは半分嘲笑うような声で言った。
わたしも彼の気持ちに同感だった。
嫌われ者の人魚の言い分なんて、誰も聞いてくれない。全ての使族を取り締まる者だっていない。
それに、海賊なんてみんな元から悪さをしている。その海賊が、今更誰を頼って何に裁かれるって言うんだろう。そんなことしたって、自分たちも一緒に処刑台送りになるだけだ。
「そ、そっか。人間はダメか。じゃあその、他の使族のさ……」
「そんなのいないって言ったじゃん! 殺されたくなかったら殺す、それがこの世界のルールだよ。海賊じゃなくたってそうさ。人間同士だって殺し合ってる。王様を殺したら指名手配をされるけど、それ以外じゃボクたちのことなんて誰も見向きもしない! 他の使族? ルテミスだって、全ての使族と仲良くしているわけじゃない。ボクたちは周りはみんな敵なんだ。キミの世界とは違う!」
ジウの勢いに、レオンはぐっと息を飲んだ。一歩後ずさりはしたけど、なんとか気を持っている。目を泳がせながら、小さく返した。
「でも……人殺しは悪いことで……」
「その考えじゃ生きていけないよ。船に乗っても不快な思いをするだけかもね。ボクたち、拷問だってするんだよ」
レオンがまた何かを言い返そうとするから、思わずわたしも口を挟んだ。
「レオン、悪いけどこれがわたしたちの常識なの。わたしは人魚だから人間に襲われる。襲われたら殺す、ただそれだけよ。自分を守る術は法なんかじゃない。
「俺の国は……こんなの、なかった。人殺しとか……拷問とか、あんな、奴隷だって……。
ジウはそれを聞いて、レオンの首元をぐいっと掴んだ。レオンの足が宙に浮く。ジウの方が背は低いのに、下からの威圧でレオンは歯を震わせている。
「海賊のボクに、よくそんなことが言えるね?」
ジウがぱっと手を放すと、レオンは地面に足をつけてよろめいた。そんな様子を、ジウは冷めた目で見ている。
「ラムズ船長はまだ甘い方だよ。街を襲ったことはないし、船の皆殺しだってしていない。普通だったら船を沈没させることもあるんだ。別に船長を褒めてるわけじゃない。ボクはむしろ甘いと思ってる。今回のメアリの件だって、石を投げた人間を全員殺せばよかったんだ。そうしたらこんなことにはならなかった」
「人間を全員殺すって……?!」
レオンは一人、目を見開いて驚いている。なにが変なんだろう? わたしはジウに相槌を打った。
「たしかに、その方がよかったわね」
「メアリもそう思うよね。キミは、考え方が全然違うんだね。ボクはそれが分かんないよ」
レオンがぎゅっと拳を握っている。震える声で、でも意志を持ってわたしたちに返した。
「だって命って、大切なものだろ……? どんな者でもさ……」
「そうだね。ボクは自分の命は大切だよ。命が大事だから、ボクは人を殺すんだ。メアリも同じだよ。どうして他人の命まで気にしないといけないの?」
「それは……えっと、その……」
レオンがよく分からない。なにが言いたいんだろう? ジウの言う通りだ。そもそもわたしはさっき襲われたんだから、それを殺すのは当たり前でしょ?
異世界転移者──だから? 価値観が違いすぎるの? なんだかレオンって、ふつうの人間よりも理解できないわ。
わたしは下を向いたレオンに、冷たく返した。
「慣れてちょうだい。こういうことなのよ」
ジウはレオンから顔を背けると、わたしの事を担いだ。ジウが歩き出し、後ろからとぼとぼとレオンがついてくる。
「メアリ、キミの顔みんなにバレちゃってるかもね」
「そうね、なんとかしなきゃ。魔法で髪の毛の色とか変えられないかしら」
「さすがにそんなの無理でしょ」
「そっか、そうよね……。そういえばロミューは見つかった?」
「うん、もう宿にいるよ。ルテミスたちには出航の日を伝えた」
わたしたちは取り留めもない会話を始めたが、レオンはいつまでも、顔を上げなかった。
────────────────
*1(冒険者の級位をそれぞれ説明するわね。
SSS級冒険者はすっごく強いわ。これはエルフ以上の力を持つ使族ね。そんなのいるのかしら。ちなみにドラゴンは、もし考えるとするならSSSSS級くらいでしようね。
SS級冒険者はエルフの中でも経験を積んだ者。
S級冒険者は普通のエルフ。ここまで普通の人間は入らないわ。かなり強い獣人がここに入る。元の魔物が強ければ、獣人になったときも強いのよ。
A級冒険者には経験を積んだルテミスが入るかな。普通の人間なら、経験をよく積んだ、優秀で知識のある長老者が多いわね。
B級冒険者は魔法の威力や剣術が優れた人間。普通のルテミス。この級位の冒険者なら、
C級冒険者はそれなりの腕を持ち、多くの経験を積んでいるという感じ。C級ならとりあえず文句なしってところね。十分活躍していけるわ。
D級冒険者は数が多い。大したことは出来ないけど、まあまあ活躍できるくらいって感じ? 悪くはないかな。
E級冒険者は魔物と少し戦ったことがある程度。この人たちは弱いわね。ここの人数も多いわ。
F級冒険者はクエストを何もしていない人。いわゆる初心者。クエストを五回くらいやれば、すぐE級冒険者に上がれるわ。
こんなもんでいいかしら?)
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