第28話 ヴァンピール
[メアリ視点]
間の抜けた顔で辺りを見回すレオンという男に、わたしはかなり驚いてしまった
(名前はさっきラムズたちに教えてもらったの)。
エルフを誘う時の文句も知らないなんて、本当に彼は違う世界から来たみたいだ。さっきまでは転移なんて信じていなかったけど、さすがにこれじゃあこの世界の人とは思えない。
神様ってしょちゅうこちらに干渉してくるし、今回のレオンもそういう感じなのかな。異世界の人間を連れてくるなんて、神様もなかなかやってくれるわね。
「いいわ。わたしが誘うから。ノア、一緒にドラゴンに会いに行って」
「わかった。共に行こう」
レオンは「今のと俺のと何が違うんだ」という顔をしている。でも誰も説明してあげないみたい。わたしも面倒だし、今はいっか。また今度教えてあげよう。
ラムズは全員の顔を見渡して言う。
「よし。ドラゴンの所は行くのは、俺、メアリ、ジウ、ロゼリィ、爺さん、ノア、レオン、でいいな?」
「待ってなの! ヴァニは仲間外れなの?」
「ハァ……」
ラムズは盛大な
今叫んだ方の女の子をわたしは見てみる。彼女とはまだ話したことがないし、名前も知らない。人間で言うなら、6歳くらいの見た目だ。
ピンク色の髪の毛を耳の上辺りで二つに縛っていて、それが縦向きのロールに巻かれている。くせっ毛みたいで、前髪なんかも少しくるくるしている。アホ毛も立ってるわ。あれ、わたしも立ってたりする?! わたしは慌てて自分の頭を
「ラムズひどいの! ヴァニも連れてって!」
「お前は金がかかる」
「ラムズに言われたくないの!」
たぶんここにいる全員が、その発言に同意したと思う。宝石集めが趣味なラムズなんて、この世で一番お金がかかっている気がする。
「ヴァニ? わたしはメアリよ。よろしくね」
「ヴァニラって呼んで! メアリはヴァニが行ってもいいよね?」
「もちろん」
「おい!」
ラムズはまだ嫌がっているみたいだ。
彼女の名前はヴァニラと言うらしい。かわいげがあって、甘い雰囲気の彼女にぴったりな気がする。
向かいにいるレオンが口を挟んだ。
「どうしてヴァニラは金がかかるんだ?」
「過ごしてて気付かなかったか? こいつがいかに酒中毒か」
「……あ、あぁ……。そういえば……」
「ヴァニはラム酒でもいいの! それにお金ならあるの! お願いヴァニも旅がしたいの! 魔法は頑張るの!」
「魔法はもう間に合ってる」
「じゃあみんなをこのかわいさで癒すの!」
「ロゼリィで十分だよ」
レオンはどうやらロゼリィにご執心らしい。たしかにロゼリィは羨ましいくらいに美人だ。でも、ヴァニラっていう子もわたしは好き。元気でかわいい子だと思うんだけどな
(そうか、年齢差があったわね。たしかにレオンがヴァニラにご執心だったら少し引くわ。人魚でもそんなに歳下の人を恋人にはしないからね。ドラゴンなら別にいいと思うけど)。
レオンはちょっとタレ目で、この場にいる誰よりもおっとりとした顔をしている。ロゼリィの男版って言ったらそれでもいいかも。
でも、そのわりに発言や話し方がおっとりじゃない。「鏡見たことある?」って言ってあげたいくらい。雰囲気と全く合ってないわよ?
(鏡見たことあるんだ? それなのにこんな話し方? わざとやってるのかな)
ヴァニラは俯いて、小さな肩を震わせた。泣きそうな声で呟く。
「みんな酷いの……」
「可哀想だから入れてあげましょうよ。ラムズの宝石よりマシでしょ」
「おい……」
「わーい! メアリありがとう! ヴァニ、メアリ好きなの!」
ヴァニラはぴょんぴょん飛ぶような感じで、わたしに抱きついてくる。かわいいから頭を撫でてあげた。
「あー、ロミューも来るよね? こんな異色なメンバーじゃ、まとめ役が誰もいないよ……」
ジウが心底辛そうな顔で話している。そんなに異色かな? わたしなんてけっこう普通だと思うんだけど(ん、何か言った?)。
ラムズがジウに言い返す。
「おい、俺がまとめ役だろ? 船長だし」
「さっきまでおかしかったくせに何言ってるの?!」
「──そうだった、悪い」
「いいよ……。ルテミスは全員入れるでしょ? 船員も足りないしね」
「たしかにそうだな。あと
「獣人ってリーチェたちのこと?」
獣人と聞いて、ロコルケットシーの獣人のリーチェを思い出した。お喋りで冗談が好きな子だ。戦いも得意だし魔法もそこそこできるし、わたしはけっこうリーチェを頼りにしていた。
「ああ。そいつとフェンリルの獣人のグレンだ」
「ふむ、お
「なあなあ、
「あら、それも知らないのですね……」
「そもそもなんでレオンはこんなに無知なんだ?」
レオンは、ノアにさり気なく悪口を言われている。たしかに長寿や博識で有名なエルフ
(でもノアはあんまり博識そうには見えない。弓矢や剣なんかが得意そうだ。最初に見た時は目つきが少し怖いと思っちゃった)
からしたらレオンは物を知らなすぎよね。彼は異世界から来たらしいし、仕方ないんだけどさ。
わたしはノアに返事をする。
「レオンは違う世界から来たそうよ」
「……違う世界から来た? そんなことが有り得るのか?」
「
「記憶がおかしくなってんだろ」
「違うって、ラムズ! 俺は本当に違う世界から来たんだよ。この服がその証だ!」
全員がレオンの服を見た。
レオンの服は全身真っ黒で、首元の襟だけ立っている。上着のボタンは金で出来ているようで
(そういえばラムズが気持ちを抑えきれなくて貰ったって言ってたっけ。船長室に金細工の物もあったし、場合によっては金も宝石の代わりになるみたい。それに、このボタンは珍しい模様で精巧な作りをしている。わたしも納得したわ)、
それが縦に六つくらい並んでいる。
少し変な格好だけど、物凄く違和感というとそれほどでもない。変わった趣味の貴族なんかなら、誰か着ていそうよね。"証"ってほどじゃないわ。
「その服はここでは目立ちすぎる。これに着替えろ」
ラムズはレオンに服を投げた。海賊がよく着るような服だ。麻のダボっとしたパンツと、小汚いベストとシャツ。
レオンは不審そうな顔をしながらも、それを受け取って階段に向かっていった。男の子といえど恥ずかしいみたいね。人間って、いつも着替えとか裸を恥ずかしがるわよね。レオンの着替えなんて誰も見ないと思うんだけど。
二階に上がっていくレオンを見て、ロゼリィが声をあげた。
「レオンは何をしに行ったのでしょう?」
「ヴァニも分かんないの」
「自分も知らない」
「わしも分からんなぁ」
「俺も知らん」
「ボクもー」
「わたしも分からないわ」
最後のわたしは嘘だ。
「着替えにいくんだよ! この人外たちめ!」
階段からレオンが叫んで、わたしを含め数人が忍び笑いをした
(誰が笑ったかは予想してみて)。
ラムズは二階に消えたレオンを見て、小さく息を吐いた。
「ようやく無知が消えたな。これでスムーズに会話ができそうだ」
「たしかに。いちいち話が止まるものね」
「そうだ、ドラゴンの前にフェアリークイーンに会いに行くのはどうだろうか? 彼女なら時の属性の魔法に特化しているし、戻せるかもしれない」
「そうですわね。頼みにいく価値はありますわ」
ロゼリィが形のいい唇を緩めた。ラムズもノアに返す。
「ああ。ドラゴンよりは気が楽だ」
さすがはエルフね。色々なことをよく知っているわ。
フェアリーは風と光の属性が得意なんだけど、その二つの属性の威力はエルフ以上だ。フェアリーの女王、フェアリークイーンだけは、さらに時の属性も特化している
(「お前も知っているじゃないか」って? こういう話を必要な時にさっと出せるのが、博識っていうのよ。わたしは知っててもこんなの思いつかないから)。
ヴァニラは持っていた酒瓶を揺らして、元気よく言った。
「ヴァニはお酒をたくさん調達してくるのー! 準備が終わったら旅を始めるの!」
「今日は急だし、三日後に出港するのはどうじゃ?」
「わたしはそれでいいわ。でも、この宿屋じゃ全員は泊まれないんじゃない?」
「ヴァニは寝なくても大丈夫だから、ギリギリ足りるかの?」
ヴァニラはそう言って、ラムズの方に顔を向けている。
「ロミューたちは連れてこないの? 紹介しておいた方がいいんじゃない?」
ジウが慌てたように言った。
たしかにロミューや
ラムズは指で人数を数えた。
「ああ、そうすると部屋が足りなくなるな。仕方ない、ロミューたちには他の宿屋に泊まってもらおう」
「わしも当てがあるから大丈夫じゃ。お
「いいだろう。爺さん、色々と世話になった。次も頼む」
「いいんじゃよ」
アイロスさんは、そう言って店を出ていった。
そういえば、直接お礼言ってなかったな。ちゃんと伝えておかなきゃ。今から追いかけたら間に合うかしら?
「じゃあわたし、ロミューたちを探しに行ってくるわ。一人で調べたいこともあるの」
「体調は大丈夫なの?」
「大丈夫よ、ジウ。ありがとう。行ってくるわ」
「気をつけてくださいね」
わたしもアイロスさんと同じように店を出ていく。出る時は、ただ壁に触れるだけで出ていけるらしい。
壁なんてなかったかのように、わたしはそこを通り抜けた。一瞬身体が浮いたような感じがしたと思ったら、地面に足をつけていた。
店主にコクリと挨拶をすると、手を振って返してくれる。また入る時は普通に入れてもらえるのかしら?
わたしは、道の向こうでまだ歩いているアイロスさんを見つけた。少し駆けて彼のところに近づく。
「アイロスさん!」
「おお、メアリお嬢さんだな。どうしたんじゃ?」
「お礼を言っていないと思って。わたしを助けてくれてありがとう」
「いいんじゃよ」
「アイロスさんは、人魚を嫌っていないの?」
「ふむ、そうじゃの。わしも確かに、若い頃は噂に惑わされたよ」
アイロスさんはすまんの、と言ってわたしに謝る。わたしは手を振って笑みを返した。
「いいのよ。人間は皆そうだし、噂はそう簡単に変わらないもの」
「うむ。わしは色んな使族を調べているうちに、お主たちが誤解されているのも気付いたのじゃよ。だから今は何も思ってないわい」
「それならよかったわ。それより、色んな使族を知っているの?」
「そうじゃのう、お
わたしは気になっていることをアイロスに聞いてみることにした。わたしの知識の中には、血を飲む使族なんていなかったのだ。
わたしたちはゆっくりと歩き始めた。
「アイロスさん、血を飲む使族って知ってる?」
「ふむ……そうじゃの……」
アイロスさんが視線を逸らして考え込む。黙って待っていると、ぱっと目を開いてこちらに放った。
「おお、ヴ
やっぱり、初めて聞いた使族だ。わたしは首をかしげ、言葉を繰り返した。
「ヴァンピール?」
「うむ。ほとんど人間のような見た目じゃよ。普通の食べ物の他に、人間の血を飲むそうじゃ。闇属性の魅惑魔法を使って眠らせたり気分を良くさせたりしての、少し血を
「太陽が苦手……」
それじゃあ、ラムズはヴァンピールじゃないのかしら。太陽が苦手そうな雰囲気は感じたことがない。アイロスさんはコクリと頷いた。
「そうじゃ。でも、最近は魔道具を使って太陽の下でも歩けるようになったという話を聞いたことがある」
わたしはパアアっと顔を輝かせて、明るい声で返した。
「そうなのね! ちなみに、特化している魔法の属性は何?」
「ふむ……第一属性から第四属性の内どれかと、闇、時の属性だったはずじゃ」
「本当に! あれ、でも光属性は使えないの?」
「光属性の魔法には特化しとらんのう」
うーん、なんか上手くいかない。無人島の時は、絶対回復してたわよね。そうじゃないとあんな傷癒せないはずだもの。わたしはむうっと唇を尖らせて、小さく呟いた。
「んー……、回復してたのになぁ……」
「回復?」
アイロスさんは髭を摩って、少し考える素振りをする。そしてわたしの方に優しい瞳を向け、ニコリと笑った。
「そういえばの、ヴァンピールは《高速治癒》を持っておる」
「《高速治癒》?」
「怪我した時の治癒のスピードが、他の使族より早いんじゃ。魔法とは違う、《使族特有の能力》じゃ」
「そうなのね! ありがとう! 助かったわ」
「お安い御用じゃ。それじゃあ、次はドジを踏まんようにな」
「ほんとね、ありがとう」
わたしは手を振ってアイロスさんと別れた。
第一属性から第四属性まで、つまり地、風、水、火の内1つということだ。ラムズはよく風を使っていたし、それと闇属性と……! ぴったりじゃない! 電撃は風属性だってことも、ちゃんと覚えたもんね。結界魔法は時の属性だし。ヴァンピールの創造に関わってた神様にも、時の神ミラームがいたわね。ラムズが運命を知っているというのも合ってるわ。
ラムズはヴァンピールってことで正解かしら? 今度聞いてみなくちゃ。
日の落ちかかっている空を見て、他にやることがあったのを思い出した。
──あの人を探さないと。わたしの呪いを解くために。
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