第25話 異世界講義 #R

[#Rレオン視点]


 そういえば転移特典はやっぱりないのかな。例えばステータスが見えるとかよくある話だよな。そもそもステータスってこの世界はないのか?

 俺がそんなことを考えた瞬間、脳内に異世界の文字が並んだ。


…………………………


 名前:

  怜苑川戸れおんかわど


 使族:

  人間→殊人


 魔法属性:

  地、風、水、火、光、闇


 神力:

  金の瞳

  ステータス閲覧

  時間経過停止魔法 

  ****


…………………………


 少な! HPとかMPとか、ないんだ? なんか味気ないステータスだな。なんか伏字になってるところもある。これって、もしかしてのちのち覚醒する力とか?!

 ステータスは全て異世界語で書かれていたけど、瞬時に意味を理解できた。俺の名前も異世界語だ。でもあまり違和感は感じない。それが自分の名前を指しているってことは、すぐに分かった。名前と苗字が逆になっているのも、異世界語仕様だからだろう。


 読むことはできた──つまり発音はできるんだけど、一部言葉の意味が分からない。

 神力しんりょくというのは何だろう。特別な力ってところかな。異世界語は表音文字だけど、なんとなく意味は予想できる。例えば神力という言葉は、神と力という言葉が混ざって作られている。でも神力という言葉自体の意味は分からないな。



 せっかくだから、俺はラムズに聞いてみることにした。


「なあなあ、神力とか使族しぞくってなんだ?」

「うん? それは知ってんのか?」

「違う違う。俺のステータスに書いてあるんだ」

「ステータス?」


 ラムズはさらにいぶかしげな顔をした。もしかしてステータス見えるの、俺だけ?


「名前とか魔法属性とか書いてあるんだけど」

「どこ見てんだ?」

「ステータスだよ。ステータスないのかなぁと思ったら、俺の頭の中に浮かんできたんだ」


 ラムズは少し考える素振りをした。もしかしたら「ステータスないのかなぁ」ってラムズも考えているのかもしれない。


「そんなもん俺にはない。お前依授いじゅされてるんじゃねえか?」

「いじゅ?」

「それは知らねえのか」

「違う世界から来たって言ったじゃないか」

「俺はそれを信じてない」


 信じるも信じないも、本当にそうなんだけどな。


 ラムズは俺にも椅子に座るよううながした。そしてコートの内ポケットから羊皮紙を出した。


「使族というのは、神につくられた存在のことだ。神に使われるもの、ようなイメージで使族と名付けられてる。逆に神に創られていない存在は魔物しかない。魔物は魔力が集まって自然発生してる」

「魔物もいるのか。この世界の生物は、使族と魔物に全て分けられるってことであってる?」

「それでいい。お前、神に記憶を消されたのか?」

「だから転移してきたから知らないんだって」

「はいはい」


 ラムズは呆れ顔だ。絶対俺の話を信じてない。とりあえずはいいけどよ。俺はラムズに尋ねる。


「というか、神様がいるの?」

「お前の世界とやらにはいなかったのか?」

「信じている人もいるけど、俺はそこまで……。それに神様って架空の存在だろ?」

「架空? 違う。俺たちの世界には神がいる。実際に、いる」

「オッケー、分かったよ」


 神様いるなら俺に話しかけろよな! 「君は転移しました。こんな力を授けます」とか言ってくれたっていいだろ? 不親切な神様だ。



 ラムズは羊皮紙に何やら書き始めた。ペンのようなものだが、インクが入っているようには見えない。もしかして魔道具ってやつかな。


「まず神は全部で7人。


 第一神 地の神アルティド

 第二神 風の神セーヴィ

 第三神 水の神ポシーファル

 第四神 火の神テネイアーグ

 第五神 光の神フシューリア

 第六神 闇の神デスメイラ

 第七神 時の神ミラーム


 この7人の神が、それぞれ俺たち使族を創った」


「多いな、覚えられないよ」

「いずれ覚える。とりあえず属性だけでも覚えとけ」

「わかった。そうだ、魔法の属性なんてのもあったよ」

「まずは使族だ。話を変えんな」


 怒られた。ラムズは神の名前を書いた紙を渡してくれた。意外といい奴みたいだ。

 紙を見ると、やっぱり普通のインクとは違うように見えた。紙に書かれているっていうより、文字が浮かんでいるといった方が正しい言い方かもしれない。なんだか不思議なペンだな。


「使族には、人間、人魚、エルフ、ドラゴンなどがいる。まだ他にもいるが、あんまりたくさん言ってもな」

「そのへんはなんとなくイメージがつくよ」

「それならいい。神がその記憶は残してくれたみたいだな」


 違うんだけどな。ラムズはどうしても転移というのが理解できないらしい。

 でもよく考えれば、俺が見たことのあるアニメなんかも「転移してきたよ」ってことは伝えてなかったような気もする。うん、そうだわ。俺間違えて言っちゃった系だわ。


 ラムズは話し続ける。


「人間は6人の神様が創った使族だ。時の神ミラーム以外の神だ」

「地、風、水、火、光、闇、だな?」

「そうだ。他には、例えば人魚は、水の神ポシーファルだけで創った使族だ」

「使族によって関わる神が違うのか。人数も違うみたいだな」

「ああ。人間が一番多い」

「おおー、それはいいな」

「別に良くねえよ」

「そうなのか?」

「ああ。他にはドラゴンだと、風の神セーヴィ、水の神ポシーファル、闇の神デスメイラ、時の神ミラームが関わってる」

「へええ……」

「関わった神については、人間だけ覚えておけばいい。お前は人間らしいからな」

「分かった。とりあえず聞くだけにしておくよ」


 たしかにこんなに一気に言われても覚えきれない。人間のことは俺自身のことだしな。一番多いし、時の神だけ違うって覚えれば良さそうだ。覚えるのが楽でよかったぜ!



「使族は、関わった神によって性格などが違う。例えば水の神ポシーファルは“高潔”をつかさどる。人魚は水の神ポシーファルが関わってるから、高飛車でプライドが高い性格だ。別に他を見下してるわけじゃねえが、自分が人魚だってことに強い誇りを持ってるな」

「へ、へえ。ラムズの知り合いの人魚もそうなのか?」


 ラムズは少し考える素振りをして、そのあと頷く。


「そうだな、確かにそういうところはある」

「人間だと、どんな性格になるんだ?」

「人間は様々だ。神が多いせいで全く不定形というか、色々な性格、特徴を持つ人間がいる。それはお前もよく知るところだろ」

「たしかに、正義感のある人間もいるし、プライドの高い人間もいるな」


 ラムズは一息をついた。


 なかなか難しい話になってきて、俺も付いていくのが大変だ。神様が関わるってそういうことなのか。

 でもじゃあ逆に言えば、魔力から生まれただけの魔物は、特に性格とかないんだな。ああ、知性がないってことか。


「使族はみんな知性があるのか?」

「そうだな……。あるのかもしれない。それは分からん。クラーケンやミノタウロスという使族もいるが、彼らは話そうとはしねえからな」

「ミノタウロスなんているのか。そのへんは魔物じゃないんだな。クラーケンは海の怪物でミノタウロスは陸の怪物ってところ?」

「……まあ、そういうことでいいんじゃねえか?」


 テキトウだな。

 でもこの街って海賊の街で、このラムズは海賊なんだろ? てことはクラーケンに襲われたりすることもあるのかな。怖いな。



「次に魔法について話すか」

「魔法! 来ました! 俺は、属性が地、風、水、火、光、闇って書いてあるぞ」

「そうだな。基本的に人間はその属性の魔法が使える。それ以外は、あと時の属性がある」

「人間は、時の属性は使えないのか?」

「いや、魔法の鍛錬を積めば習得できることもある。かなり大変だがな。生まれた時から、その属性を使えるってだけだ」


 習得できたら、全部の属性が使えるじゃん! 俺頑張ろ! 時の属性ってなんだか凄いことができそうだしな。


「人魚が特化している属性は、水と闇だ。エルフは、闇属性のみ初めから使えない」

「でもそれ以外は使えるのか。そしたら、最初の数は人間と同じじゃん」

「ああ、だがエルフの方が魔法の威力はずっと高いぞ。使族によって、魔法の威力、魔力量、テクニック、特化してる属性なんかがそれぞれ違う」

「なるほど……。人間はしょぼいんだな」

「そうでもねえな。たしかに威力は低いが、低いなりにテクニックがある。6人の神が関わっているからな、色々と思いつくことがあんだろう。お前も少し使ってみたらどうだ?」

「いきなりできねえよ」


 そんな簡単に言いますけどね、お兄さん。そんな「水よでろ!」って思ったら出るはず────。



「【水よ、出現せよ ── Aque アキュー  Appares アパレス 】」


 ──出た。


「できたな」

「えっ?! 今の何? 俺?!」


 唐突に出したせいで、俺の靴は水で濡れてしまっている。大した量じゃなかったから、足元が濡れるだけで済んだみたいだ。

 水よ出ろと思って口をついて出た言葉が、さっきの呪文だ。身体の中で、水がぐるんと一周したような感じがした。なんていうか、想像と違って意外と簡単だった。



 ラムズは濡れた床を見ながら、真顔で言う。さっきからラムズはほとんど表情を変えていない。


「お前が出したんだ。人間は詠唱が必要だからな」

「急に……頭に出てきて……」

「魔法なんてそんなもんだ。極めればもっと複雑な魔法も使えるようになるかもしれねえな」

「俺の魔法の威力、やっぱり高いのか?!」

「はあ? 凡人並みだぞ?」


 ガーン。嘘だろ、凡人並みって。

 転移したら魔法の威力が最強とか、よくある話じゃないか。でも、俺だって強く願えば大量に魔法の水が出るかもしれない!


「強く念を送れば威力の高い魔法が使えるんじゃないのか?」

「水でやると被害が出るからな……。ああそうだ、飛んでみろ」


 ラムズはけっこう簡単に言った。だから俺もわりと簡単なことなのかと思って、自分が宙に浮く姿を想像してみた。

 地面っていうのかな、それが身体の中で圧迫してくるような感じがする。そこに若干風が吹いているみたいだ。



「【重力に、抗えよ ── Rete リェタ  Gravitaグラビタス】」


 ────ショボい。

 たしかに浮いた。3センチくらい。でもそれ以上飛ばない。

 もっと飛んでるイメージしているのに! 俺はあの青い猫ロボットかよ!


「やっぱり普通だな」

「うそだろ……。神様……」

「人間には3センチルも飛べないやつもいるし、正確には高い方ではある。すぐに飛べたのも、なかなかいい筋をしてる。だが例えばあの爺さんよりは、魔力量や威力が少ねえだろうな」


 爺さん、やっぱすげえやつだったんだな。

 センチルってのは……、日本語の『センチ』のことか。頭の中の記憶が整理されているのか、ぱっぱっと切り替わっていく──外国のフィートとセンチの違いみたいなものは……うん、ないんだな。3センチルと言われたら日本語の『3センチ』と同じ長さみたいだ。


「訓練すればもう少しマシな魔法が使えるようになるだろう。魔力量が増えるし、使い方も分かってくるからな。人間だから、変わった魔法も思いつくかもしれない」


 俺は一旦頷いたあと、ちょっと期待を込めて聞いてみる。


「なあなあ、無詠唱で魔法が使えたりはしないか?」

「人間には無理だ」

「えっ。『には』って、人間以外は無詠唱なのか?」

「そうだな。人間以外の使族は無詠唱でも魔法が使える」

「まじかよ……」

「魔力量でも増やすんだな」

「魔力量が増えるとどうなるんだ?」

「そんなことも分からねえのか?」


 ラムズはかなり呆れた顔をしている。俺はなぜか、つられて「ごめん」と謝ってしまった。


「……もう俺は疲れた。今度違うやつに聞け」

「爺さんに聞いてみるよ」

「ああ。その方が分かりやすく説明してくれるだろう。次に神力しんりょく殊人シューマか」


 ラムズは溜息をついた。本当に疲れているみたいだ。話すだけでそんなに疲れるもんかな。



 ラムズは口を開こうとしたが、ふと顔を上げた。


「よし。ちょうどいい、ジウが来た」

「やっほー。アイロスのお爺さん見つかったの? ん、この変わった服の人誰?」

「頭のおかしいやつだ。記憶が飛んでるらしい」

「大変だね、それは。早く記憶が戻るといいね」


 同情の欠片もない声だ。俺は声を荒らげる。


「転移だってば! 異世界から来たんだよ!」

「異世界? ボクたちと違う世界ってこと?」


 そう聞いてくるジウという男は、いつの間に店内に入ってきていたらしい。俺は話に集中していたからか気付かなかった。しかもこの店、壁から溶けだすように中に入るせいで、ドアが閉まる音とかしないんだよな。


 ジウは、男にしてはちょっと身長が低めで可愛い顔をしている。赤い髪の毛と赤い目を持っている。

 うん、きっと女にモテるだろうな。「かわいいわー!」なんて言われちゃってさ。一人称なんて“ボク”だし。

 自分がかわいいって分かっているような素振りをさっきからしている。瞳をパチクリとかわざとらしく首を傾げるとか、そういうのだ。


 でも嫉妬にまみれた男は見苦しい。俺は優しく答えてやった。


「そうそう。全然違う世界だよ。魔法はないけど、色んなものが自動で動くしな」

「へえー。いつかまた教えてね」


 全然興味ないらしい。はいはい、分かってたよ。


「いつかな。俺の名前はかわ……じゃなくて、怜苑・川戸だ」

「レオンカワド? 名前も変だね」

「失礼だな! 俺の世界はこれが普通だったんだよ」

「まあ名前は呼びやすいからいっか! よろしくねレオン!」


 ジウはまたかわいらしく笑った。男にも媚売ってるのかよ……。たしかにかわいい顔だけど。

 川戸って苗字はこの世界では馴染みにくそうだよな。怜苑って名前は学校で読みづらいと言われてたけど、こっちではむしろ分かりやすいみたいだ。外国人風に名前をつけてくれた親に、初めて感謝したぜ!



 ラムズは椅子から立ち上がると、ジウを手招きした。


「そうそう、ジウ。こいつ殊人シューマも知らないんだ。お前のこと教えてやろうと思ってさ。とりあえず殴ってくれ」

「いいよー!」


 なんて物騒なことおっしゃる! ラムズさん! 目を輝かせて喜ぶジウに、俺はやめてくれと懇願した。

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